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【本編完結】マッシヴ様のいうとおり  作者: 縁代まと
第九章

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第399話 繋がりは汚せない

 ナスカテスラは窓から突っ込むなり回復魔法を自分にかけたままセトラスの懐へと潜り込む。


 近接は厄介だ。

 セトラスはすぐさまそう判断して身を引きながら発砲したが――ナスカテスラが風魔法を応用し、あまりにも予測のつかない動きをしたため着弾したのは狙った脳天ではなく肩だった。

 それすら回復魔法で癒されていく。

 しかしこれだけの出力を出していれば枯渇もすぐそこのはず。

 セトラスはカメラアイで凝視し、相手の動きを更に詳しく読もうとした。だが。


「武器はその鉄の矢だけか!」


 関節の可動域を無視した位置からの蹴り。

 それは風魔法のブーストにより無理やり関節を外したものだった。

 つま先がセトラスの手から拳銃を掻っ攫う。天井に当たったそれは数段下の階段へと固い音をさせて落下した。

 セトラスは負傷も厭わずそれに飛びつこうとしたが、その前にナスカテスラがわざと全身を脱力させるようにして圧し掛かる。

 さほど身長差はない。だが体格の差による優劣はナスカテスラの方に傾いていた。

「まっ……たく、これだから捨て身のベルクエルフは……!」

「俺様は戦う手段としては気に入ってるよ! さて」

 馬乗りになった形でセトラスの手足を押さえつけ、ナスカテスラは一息ついて問い掛けた。

「一体何が起こった……というのは君たちのボスに訊いた方が早そうだね! そのための人質になってもらおう、君の名前は?」

「人質にするのに名を問うんですか」

「人質だからこそ名を知らなくては交渉しづらいじゃないか!」

 随分と平和的な交渉をするつもりのようだ、とセトラスは顔を歪めて笑う。

 会話で時間を稼ぐのも無しではない。ちらり、と拳銃の位置を確認しつつセトラスはナスカテスラに名乗った。

「……セトラス」

「セトラス? ――イオリにかかったあの呪いの製作者か! ヨルシャミから聞いたよ!」

 防衛機構を介して伊織にかけられた呪い。

 それについてセトラスはシェミリザとの会話で言及したことがある。

「随分と趣味の悪い呪いだった! 味覚を奪うなんてさ!」

「趣味の悪さへの文句は提供元のドライアドに言ってください」

 自分の作品が変質した不快感を思い出し、当てつけ気味にそう返した。そう、一時的に感情がそちらに向きすぎたのだ。


 気がつけば聖女がすぐそこまで迫っていた。

 この長ったらしい階段を恐るべきスピードで走ってきたようだ。


 さすがにこの二人を相手にするのは無理だ。きっと騎士団の面々もこの後駆けつけるのだろう。

 セトラスは即座にわざと階段を蹴ることで下へとずり落ち、僅かにできた隙間に膝を入れ込んでナスカテスラを押し返す。

 足場の悪さも相俟ってナスカテスラは階段に手をつき、拘束から逃れたセトラスは転がった拳銃を手に取ると銃口をナスカテスラと静夏のふたりに向けて立ち上がった。

 肩で息をし、髪がその肩を流れていく感触を感じながらふたりを睨む。

 その時セトラスは過ちを犯していた。


 自分から狙撃するためでもないのに、窓の真横に陣取ってしまったのである。


     ***


 螺旋階段を駆け下りていたリータがそれを見つけたのは偶然だった。

 窓の向こうに青い髪の男が立ち、ナスカテスラと静夏に銃口を向けている。

 リータは拳銃を知らないが武器だということは察せた。しかも機械製の武器だ。そんなものをふたりに向けているとすれば、それは十中八九ナレッジメカニクスの関係者だろう。


 敵が見える位置にいる。

 そしてこちらに気がついていない。


「……あ」

 今だ。

 今ここの時この場所がベストだ、と肌で感じた。

 それは狩りをする際に獲物の隙を目にした瞬間に似ていたが――相手は人間。

 野盗相手に牽制で射ったことはあるが、殺したことはない。魔法弓術の腕を磨いた後なら尚のこと。

 殺さない程度になどと生温いことを言っていられる状況ではない。人間を殺す、そのつもりで力を使わなくてはならない。

 リータは炎の爆ぜる音をさせて緑の炎で形作られた弓と矢を作り出した。


 それに気がついたサルサムは視線の先を見て瞬時に事態を把握する。

(リータさんの遠距離攻撃を活かす良い選択だ、……が)

 なぜこんなにも抵抗感があるのだろうか。

 リータは今、ヒトを殺す覚悟を持って行動している。なのにこんな気持ちになるのは、彼女にはそんなことをしてほしくないなどと思っているからなのだろうか。

 さすがに勝手が過ぎる。

 そうサルサムは思ったが、リータの手が震えているのを見て思わず駆け寄った。

 止めるためではない。


「――初めはべつに一人で背負わなくていい」

「サルサムさん」

「ほら、よく狙え」


 炎の弓を引く手に後ろから自分の手を重ねる。

 炎に熱さがないのが不思議な感覚だった。

 ともすれば邪魔になるだけの行為。しかしこんなことでリータの狙いがぶれるとはサルサムは思っていない。

 リータは真剣な顔のまま頷くと真っ直ぐ敵を見据え、そして。

「……いきます」

 鋭く研ぎ澄まされた炎の矢を放った。


     ***


 視界の端に煌めくもの。

 セトラスのカメラアイはそれが『矢』だと見て把握した。

 炎で作られてはいるがれっきとした矢だ。自分が酷く昔から親しんだ弓矢だった。


 自分が狙われている。

 思わず窓側へ体を向けたセトラスだったが、防御も間に合わずにその矢が胸に突き刺さる。

 それでも仁王立ちのままだったのは矢の貫通力が高いが故に抵抗が少なかったからだ。

「……」

 セトラスは揺らめく視界で自分の胸元を見下ろす。

 胸骨体からやや左に逸れた部分。普通の人間なら心臓や肺を損傷し大出血しているだろう。

 否、セトラスもまさに大出血に見舞われていたが、延命装置により致死性はない。だがそれは魔力が潤沢にあり、そして。


(……この感覚は初めてですね)


 ――延命装置そのものに損傷がなければの話だ。

 矢は傷口を焼き、しかしその程度で止まるような量ではない出血を引き起こし、そして胸部に埋め込まれた延命装置の一部を傷つけた。

 延命処置を受けた人間の一番の急所は心臓でも脳でもなく装置そのものである。

 更には最後の魔石を使い切り補給が滞っていたこともあり、セトラスは急速に視界が暗く狭まるのを感じた。


 よりにもよって弓矢にやられるのか。

 そんな気持ちが湧いてくる。

 頭の中に浮かんだ弓矢のイメージのせいか、手の平にそれを握っていた時の感覚が蘇った。

 なぜ弓ではなく銃を握っているのだろう。そう再び前と同じ疑問を持ちながら窓枠に手をついて外を見る。

 自分を射った人物が目に入った。

(……ああ、弓の握り方が母さんそっくりだ)

 母は友人のフォレストエルフに弓術を習っていた。そのせいだろう。

 最後に一発くらいなら撃てるかもしれない。しかしセトラスは眉根を寄せてカメラアイごと目を伏せた。

 狙うことに固執したままだというのに、銃を手に取り弓矢を置いたのは利便性のためではない。

 やっと気がついた。

 弓矢は母との繋がりだ。それを『今の自分』に汚させないために遠ざけたのだ。

 カメラアイのせいなどと言えないほど幼稚な理由だった。

「――たし、かに……こんな手で、持つわけにはいかない、か」

 今、ここで誰かを狙って当てられたとしても、母は笑わないだろうなと。

 そう不意に理解し、セトラスは青い髪を風に引かれながら窓の外へと身を躍らせ消えた。


 拳銃だけを、そこに残して。

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