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【本編完結】マッシヴ様のいうとおり  作者: 縁代まと
第九章

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第393話 それは罠か否か 【★】

 他とは雰囲気の違うフロア。

 木々と大きな木の根の合間でうつ伏せに倒れていた人物は緑の髪をしており、その髪の間から覗く尖った耳を見るにベルクエルフであろうことが窺い知れた。

 セルジェスはその人物を父と呼び駆け寄ろうとする。


「ま、待て、罠の可能性も――」

「あの服、あの背格好は確実にお父様です!」

「だから様子を見に行くにしても少し落ち着け……!」


 木の根などひとっ飛びで駆けつけようとするセルジェス。

 そんな彼をヨルシャミは腕を引いて宥める。

 声音は少し咎めたものだが、それでもゆっくりと言い聞かせるようにヨルシャミは言った。

「セルジェスよ、よく考えろ。気絶した身内を囮に罠にかけるつもりかもしれないだろう」

 周囲に争った形跡はない。

 そんな場所に一人で倒れているのは不自然だ。

 エルセオーゼを囮に使った罠、もしくはセルジェスと同じように引き込まれたエルセオーゼがここで何らかの罠を踏んだ可能性がある。

 魔法を使った仕掛けなら普段のヨルシャミなら見ることが可能だが、今はまだ認識阻害の魔法が効果を保っており即座に確認することができないのだ。

 心配でも慎重に動くべきだとヨルシャミは重ねて言う。

 しかしセルジェスは眉根を寄せて嫌がった。


「ですがっ……僕はこれ以上家族を失いたくないんです、ヨルシャミさんだって同じ立場ならそう思うでしょう?」

「私は家族など五歳の頃にすべて失ったわ。――が、気持ちはわかる。イオリらが倒れていたら同じ気持ちになるだろう」


 だからこそだ、とヨルシャミはセルジェスの背を叩く。

「罠なら囮役も危ない。まずは周囲を警戒しながら進むのだ。我々も協力する」

 ヨルシャミをじっと見つめたセルジェスはしばし無言だったが、根負けしたのか「……この言い合っている時間こそ無駄ですね」と耳を倒して頷いた。

「協力感謝する。よし、セルジェス、イオリよ。これを貸そう。何かあった場合はそれを目印に即座に防壁を張る」

「ええと、これって……ヨルシャミがたまに使ってる影の針?」

「うむ。用途が違う故、殺傷能力はないがな。障壁は座標指定が必要だが目印を置いておけば即座に動ける。……まあ普通なら必要ないが、今は消費を抑えねばならないからな」

 本当は全方向に常時張り続けたいが、今は叶わんとヨルシャミは少し悔しげにしながら前へと進む。


 セルジェスは会話することで自分を落ち着けようとしているのか、父へと近づく間に小さな声で訊ねた。

「……ヨルシャミさんは何か制限の付くような呪いでも受けているんですか?」

「呪い……ああ、ナスカテスラからの着想か。呪いではないが、忌々しい制限はある」

 だが、とヨルシャミは足下を確認しながらゆっくりと歩く。

「私が枷を付けられる過程で、より一層酷い枷を付けられた者がいたと最近になって知った。その者を再び自由にするためにも、私は倒れるわけにはいかない。故に必要以上に慎重になっている節はあるな」

 セラアニスのことだ、と伊織は口には出さずに思った。

 ヨルシャミはセラアニスを再び自由にしたいと考えている。

 そのためにはまず自分が死なないようにしなくてはならない。ヨルシャミが死ねばセラアニスもろとも道連れだろう。


(ローズライカによる再移植の道は閉ざされたけれど……やっぱり諦めてはないんだな)


 どこか安堵しつつ、伊織は自分もそれを支えたいと考えを巡らせた。

 伊織としてもセラアニスにはもう一度生身での人生を得てほしい。

 夢路魔法の世界には様々なものがあるが、意志を持ち会話できる人間はニルヴァーレくらいのもの。伊織とヨルシャミも限られた時間しか滞在できない。

 セラアニスは仲良くなったリータや仲間たちとも、そして今こうして目の前にいる実の兄とも話すことができないのだ。

 きっとヨルシャミはいくつか方法を思いついているだろう。しかし可能な限り危険を冒さずできる道を探している。恐らく思いついたものは効果があるとしても危険がつきまとうのかもしれない。

 それだけセラアニスの存在が過去に例がなく、そして不安定なのだ。


 今は奇跡的に安定しているが、それ故に危ない方法は試せない。

 しかし試してみないとデータも取れなければ指針にもならない。


 そういった矛盾する考えに板挟みになっているのも慎重さの原因のひとつになっていると伊織には感じられた。



 そう各々考えながらも周囲へ注意を払い、ようやく倒れたエルセオーゼの前まで辿り着いた。

 ヨルシャミと伊織の二人が見張り役になり、セルジェスが父を助け起こす。

 呼吸はしている。そのことに安心していると、助け起こされた刺激でエルセオーゼが目を開いた。

「……セルジェスか……?」

「お父様! 一体なぜこんな場所で倒れていたんですか? ナレッジメカニクスという妙な組織の仕業ですか?」

 わからん、とエルセオーゼは低く呻きながら自分の意思で体を起こす。

「いつの間にかここにいた……というよりは捕まっていた。あの部屋から逃げ出してきたが魔力を抜かれていてな、体力的には問題はないがバランスが取れずに一時的に気絶していたようだ……」

 そうエルセオーゼが指したのは太い木の向こうにあるドアだった。

「そうだ、あの部屋には他に王都の人間も捕まっていた」

「えっ……!? それってもしかして調査員の人たちですか?」

 伊織がそう問うとエルセオーゼは「恐らくな」と頷く。

「顔はもうあまり覚えていないが、服に見覚えがある。儂などより酷い状態だ」

 まさか拷問でもされていたのか。それとも魔獣に襲われたままの状態で手当てもされずに監禁されていたのか。

 どちらにせよ生きているなら早く助けてあげたい。

 伊織はヨルシャミと頷き合うとドアへ足を向けた。

「エルセオーゼのことはセルジェスに任せた。魔力不足が原因ならしばらく休めば立てるようになるだろう」

「わかりました」

 頷くセルジェスたちに背を向け、ヨルシャミは慎重にドアへと進んでいく。

 鍵はないようだ。それだけ逃げる心配のいらない者が閉じ込められているのだろう。魔力が枯渇していてもエルセオーゼがここまで動けたのはナレッジメカニクスの計算外だったのかもしれない。


 そう考えたのと――ヨルシャミの背中に突如小さな針が刺さったのは、同時だった。









挿絵(By みてみん)

Twitterでバニーの日に描いたヨルシャミ(絵:縁代まと)


※イラストがリンクのみの場合は左上の「表示調整」から挿絵を表示するにチェックを入れると見えるようになります(みてみんメンテ時を除く)

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