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【本編完結】マッシヴ様のいうとおり  作者: 縁代まと
第九章

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第385話 僕も堂々とすべきだ

 魔獣はリーヴァの炎のブレスにより体毛と鱗を炙られ、皮膚は爛れ落ちたが苦悶の声を上げることなく突き進んでくる。

 負った火傷は次から次へと回復し、再度炙られ爛れ落ちるのを繰り返していた。


 魔獣の目にはリーヴァしか映っていない。

 そう思えるほど接近した瞬間、目前にあったはずの巨体が瞬きの間に消えた。

 突如目標を見失い、そして自身の勢いを殺していたブレスまで消失したことにより、魔獣はブレーキをかけられず虚空に突っ込む。

 リーヴァが消えた――否、再び少女の姿に化けて飛び退いたのだ。

 視界を占める質量の差は歴然であり、ワイバーンが変身能力を持っていると理解していても一瞬面食らう。


 伊織たちはリーヴァが再び変身する直前にバイクに乗って離脱していた。

 恐らく魔獣からは死角になっていただろう。狼狽える魔獣の背後に回り、ヨルシャミとセルジェスを下ろす。

「セルジェスさんは回復を宜しくお願いします。ヨルシャミは――」

「言わずもがな。任せておけ」

「……! うん、ありがとう。僕はリーヴァの支援をしてくる!」

 魔獣はようやく少女姿のリーヴァに気がつき交戦を開始していた。

 そこへバイクで向かう伊織の背を見送り、セルジェスは少し慌てた様子を見せた。

「せ、聖女の息子とはいえ前衛として動くのは難があるのでは?」

 あの奇妙な乗り物も攻撃に向いたものとは思えない。そして伊織本人はまだ子供であり、屈強な成人男性と比べればどうしても見劣りする。

 そう言外に言うとヨルシャミは「難など山ほどあるわ」と前を向いたまま言った。

「だがあの魔獣は後衛の我々に気づけばあっという間に距離を詰めるだろう。その危険を抑えるためには前衛は必須。しかしリーヴァやサメだけでは不利だ。……あの恐ろしい生命力故にな」

「だから助力に向かったと……」

「まぁ本人がいくら前衛向きではなくとも前に出る奴であるが。何にせよ我々はそのサポートをするまでだ。セルジェスよ、あの生命力は前々からか? 一度は倒したのだろう?」

 ヨルシャミが支援の準備をしながら問うと、セルジェスはハッとして首を横に振った。

「傷をつければきちんとダメージを負っていました。だからこそ被害を出しながらも勝てたのです」

「ふむ、ということは生命力を活かして蘇ったのではなく何らかの後付けか……?」

 セルジェスは無言のまま魔獣を凝視する。

 熊のような部分は見覚えがある。しかしドラゴンのような部分はひとつも見覚えがない。


 ――初めにリラアミラードに現れた熊の魔獣は数多の住人を食い殺し、腕に覚えのある者にも大きな傷を負わせた。

 父のエルセオーゼも今こそ回復しているが、当時は酷い状態だったことをセルジェスは覚えている。

 自分も怯えながらも戦ったが、目の前で死んでいく友人や親族を見て途中から足が動かなくなった。その時と似た気分になりながらも平常心を保てているのは、果敢に戦う少年と妹に似た少女がいるからだろうか。

 恐る恐る当時の記憶を掘り返す。

 不用意に触れるのが恐ろしい記憶だった。勝手に湧き出てくるのはいつも記憶の方からで、自分から率先して思い出そうとしたことは少ない。しかし今なら大丈夫な気がしたのだ。


「……そう……たしか魔獣を討伐し、死体はそのままにして負傷者の治療と死者の埋葬、そして二つの里の被害確認を優先したんです」

「む? 妥当だな、あの巨体をどうこうするには時間と人手が必要だが、どの道魔獣は放っておけばそのうち消える」

「はい、父も当時同じ判断をしたようです。僕はしばらく、その……気絶していたんで詳しくは知らないんですが、半日後には死体がなくなっていたと」

 しかしセルジェスは恐ろしいからこそ初めは信じられなかったという。

 魔獣はじつは生きており、ある日また里を襲いに――復讐しにくるのではないかと何度も夢に見た。

 ある日耐えかねて死体のあった現場を自分の目で見に行った時、そこに今しがた落ちたと錯覚するほど新鮮な血痕を見つけたらしい。

 まさか魔獣のものでは、とセルジェスはすぐに父たちに報告し、数名で確認しに戻ったがその時には血痕はなくなっていた。

「幻覚を見るほど疲れていたのだろう、ゆっくり休めと言ってくれた父は僕より疲れて見えて……あれは幻覚だったんだ、と僕も思い直して今まで信じていたんですが、……」

「今回の件で生きていた可能性がまた浮上したわけか」

 ヨルシャミの声にセルジェスは頷く。

 では、とヨルシャミは口角を上げて笑った。


「今回完膚なきまでに叩き潰してやれば、そのしつこい不安も拭えるわけであるな!」


 言うのは簡単だがそんなに上手くいくだろうか。

 そう言いかけたセルジェスの前でヨルシャミは黒いクラゲのようなものを数体召喚した。

 続けて影の針を一本だけ用意する。

「クラゲは天然爆弾だ。あの魔獣に対してのみ反応するよう言ったおいた」

 このクラゲたちは空気中を漂うことしかできず獲物に素早く接近することは不得手だが、ひとたび獲物に触れれば爆発するのだという。

 そしてクラゲたち自身はその爆発で死なずに残る。爆発すること自体はストレス発散のようで好きらしい。

「あとは急所を見つけて射貫きたいところだが――認識阻害がまだ効いているな、魂もオーラもよく見えん」

「み、見えたところでどうにかなるものなんですか」

「急所に防衛魔法に近いものを使っていれば一発でわかるぞ」

 言いながらヨルシャミは人差し指で魔獣を指すようにして影の針を飛ばした。

 巧みに伊織たちに当たらないよう飛んだ影の針だったが、軽くしか刺さらない。やはり分厚い毛皮と固い鱗が両方揃っているあの魔獣には効かないのだ、とセルジェスは眉根を寄せたがヨルシャミは笑っていた。

「なに、あれは特別製だ」

「特別製?」

「見ろ」

 刺さった針が中で両左右に分かれ、返しの付いた釣り針のように変質する。

 そして本体を固定した針はその場でじぐざぐに根を伸ばすようにして魔獣を体内から蹂躙した。まるで大きなハリガネムシに襲われているかのようだ。


「アレンジだ。普段ああいった使い方はしないのでな、準備に少し時間がかかった」

「ふ、普段とは」

「? 針を吹き矢のようにして飛ばす。耐久度の低いものや繊細なものにはよく効くぞ」

「そこからあそこまで変質させるのはアレンジではなく新規魔法の創造では……!?」


 思わぬ天才ぶりを見せられセルジェスはぎょっとしたが、ヨルシャミは「この程度で創造とはおこがましい」と嫌そうな顔をした。

「さあ、あの生命力ではとどめまでは刺せないだろうが、これで魔獣も痛みで集中できまい」

 たしかに動きが鈍くなっており、ヨルシャミがそう言う目の前で魔獣の羽にクラゲが触れて爆発する。

 それだけで羽に大穴が開いたが、見る見るうちにそれが塞がっていった。

 伊織はバイクで時折アタックをかけながら魔獣を翻弄し、リーヴァは恐ろしいほど強靭な歯で噛みつき、時に再びブレスを吐く。サメも青い炎を纏い俊敏な動きで逃げ回ったかと思えば、タックルで魔獣を吹き飛ばしていた。

(しかし決定打に欠ける……体力をじわじわ削れているならいいが、ふむ……)

 そう考え込んでいると、セルジェスが回復魔法を伊織たちにかけながらも自分を見ていることにヨルシャミは気づく。

 なんだ? と問うとセルジェスはばつの悪そうな顔をした。

「いえ……こんな時にすみません。やはりヨルシャミさんは妹と似ているのに別人だな、と思って」

「……当たり前であろう」

「そうですよね」

 セルジェスは眉をハの字にしつつも笑う。

「妹は回復魔法以外はからっきしでしたし、こんなにも堂々と動ける子じゃなかった。ヨルシャミさんはヨルシャミさんだ」

「……」

 セラアニスも堂々としたものだ、と言いかけてヨルシャミは言葉を飲み込んだ。

 セルジェスは信用してもいいのかもしれない。しかしセラアニスの件を明かすのに適したタイミングではなかった。

 そんなヨルシャミの逡巡も知らずにセルジェスは一歩前に出る。


「……お世話かけてすみません。僕も堂々とすべきだ」


 回復を担当しつつ前衛としても前に出ます、とセルジェスはまっすぐ前を見て言った。

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