第384話 セルジェスは恐ろしい 【★】
何者かの魔法により作り出されたラビリンス。
そこへ引き込まれたラタナアラートの里長の息子、セルジェスと合流した伊織、ヨルシャミ、リーヴァたちは熊ともドラゴンともつかないツギハギだらけの魔獣と対峙していた。
魔獣は人の気配を感じ取ったのか顔をこちらに向け、白目を剥いていた目を片方だけぐるんと戻して伊織たちを認識する。
冷や汗を流したセルジェスは「逃げましょう!」と道の先を指して走り出した。
「たしかにこんな道のど真ん中でやりあえるものではないな……広い場所を探すぞ!」
「戦うつもりですか!?」
「撒ければ御の字だが、あのようなものを徘徊させるのは気が引ける。なにせここには我々の仲間も取り込まれている故な」
僕も同意だ、と伊織はヨルシャミに頷く。
「誰がどこに居るかわかってないし、もし一人であれと対峙することになったら大変だもんな」
「ですが……」
セルジェスもつい先ほどまで一人きりで居たからこそ伊織たちの意見も理解しているようだが、煮え切らない顔で振り返る。
魔獣は全身のあちこちを痙攣させながらこちらに向かって走り出していた。
「何かあるのか?」
セルジェスの様子を訝しんだヨルシャミがそう問うと、彼は眉根を寄せながら答える。
「確信は持てないんですが……あの魔獣、我々の故郷を……リラアミラードを襲ったものに似ているんです」
リラアミラードを? とヨルシャミと伊織も振り返って魔獣を見た。
セルジェスは「似てはいないのですが」と付け加える。
「あんなツギハギだらけじゃありませんでしたし、ドラゴンのような要素も混じっていませんでした。純粋に熊のみをベースにしたような魔獣で……けれどあの爪の傷跡がわかりますか?」
問われて見れば魔獣の爪には数多の小さな傷が付いていた。
「あれが里の防衛戦の際につけたものそっくりなんです。……中には僕や父がつけたものもあります」
本来なら生え変わっているほど時が経っているが、魔獣は新陳代謝を行なわない可能性が高い。そのまま残っていてもおかしくはないだろう。
自分がつけた傷を覚えている者をヨルシャミは何人か知っていた。他人から見れば些細な差しかないが、付けた時の光景ごと目に焼き付いている者、傷そのものに固執する者、細部をよく見ており記憶力に長ける者と理由は様々である。
セルジェスもその類なのかもしれない。
「もしそれが本当ならば――対峙するのは恐ろしいか」
「……情けないですが、恐ろしいです」
素直にそう口にしたセルジェスに頷き、ヨルシャミは「だが」と改めて言う。
「我々も倒す試みを一度はしたい。セルジェスよ、助力せよとは言わん。戦う我々の後ろで待っていてくれないか」
「見てるのも嫌かもしれませんけど、これでもしセルジェスさんがまたはぐれたら危険なので……」
我慢させてしまうのは心苦しいですけど、と伊織は眉根を寄せる。
セルジェスはしばし口を半開きにして言葉を失った後、目を泳がせつつも意を決して言った。
「――そ、それはさすがに、あれに里を潰された者として相応しい立ち位置ではありません。……逃げるのも相応しいとは思えませんが、それより罪深い」
ただ僕は、とセルジェスは視線を落とす。
「接近すれば足が竦んでしまうかもしれない。そうなれば余計な世話をかけます。後衛になりますが……回復支援をさせてください」
「いいんですか!?」
「セルジェスが良いなら頼みたい。だが無理はするな、私も完全に回復魔法を使えないというわけではない故な、……っと」
そう話していると大きな木が生えたフロアに出た。
広さはあるが中央の木の葉が広く茂り、まるで屋根のようになっている。木陰は他所より薄暗く、雨は
防がれていたが湿度があった。各所に生えているのは小さなキノコだろうか。
ラビリンス由来のキノコだとすると今の位置が動かないことになる。つまり障害物が多い。
「しかし他のフロアを探している暇はないか……」
魔獣はすでに真後ろに差し迫っており、ここで対応せねばならないと肌で感じられた。
それは伊織も同様のものを感じ取っている。ヨルシャミをちらりと見た後、頷き合うと伊織はリーヴァに声をかけた。
「リーヴァ、この広さならワイバーンの姿になれるか?」
「はい。しかし飛ぶことは難しいでしょう。とするとイオリ様たちから見ても邪魔な壁となってしまう可能性が――」
「邪魔なんかじゃないよ」
伊織はリーヴァ、ヨルシャミ、セルジェスに魔獣を迎え撃つ際の初手について提案した。
ヨルシャミは「サメの時といい無茶振りをするな……!」と言いつつも否定はせずに頷く。
「リーヴァはゆけそうか?」
「はい、インターバルは御座いませんので」
「よし、あとはサメにも協力してもらおう」
リーヴァはどこか殺気を放ちつつ隻眼を細め「……負けません」と口にした。これは恐らく魔獣に対してではなくサメに対してだ。
ほどほどにな、と苦笑しつつ伊織は踵を返す。
位置は大きな木の根元まであと少しといったところ。
魔獣はこのフロアに入るなり不格好な羽で空気を掻き、しかし上手くは飛べずにふらついていた。代わりに力任せで豪速のタックルが可能になっている。
伊織はぎゅっと拳を握ると大きな声で言う。
「――今だ!」
その声と同時にリーヴァはワイバーン本来の姿に戻り、巨大な口を開いて炎のブレスを吐き出した。
ヨルシャミ(絵:縁代まと)
※イラストがリンクのみの場合は左上の「表示調整」から挿絵を表示するにチェックを入れると見えるようになります(みてみんメンテ時を除く)





