第374話 私は弱くとも 【★】
「おやまぁ……」
合流したセトラスを見たオルバートの第一声である。
髪は右側の一部が千切れ、左耳からは流血。加えて右目はすでに眼帯で蓋をしてあるものの乾いた血が周辺にこびりついていた。
なにをしたのか手にもいくつか傷がある。
セトラスは据わった目のまましばらく言葉を考え、そして口を開く。
「ライフルを破壊されました。今後は超遠距離狙撃はできないのでそのつもりで」
「なるほど、わかったよ。ところでモニターを修理できないかな?」
「修理? それくらいならそちらで可能なのでは?」
セトラスとオルバートの技術は拮抗している。
それどころか知識の多さでオルバートのほうが優位に動けることもあるほどだ。
それがどうにも体調が優れなくて上手くできないんだ、とオルバートは困ったように――しかしどこか淡々と言った。
例の体調不良はまだ続いていたらしい。
それを知ってセトラスはオルバートからノートパソコンを受け取る。
「これは……替えの部品がないとどうにもなりませんね」
「うーん、そうか。シァシァなら部品がなくても直せるから、セトラスもできるんじゃないかと思ったんだが」
「あんな化け物といっしょにすんな、……」
セトラスはまだぼうっとする頭を振り、細く長く息を吐く。
「……私は部品のない所でこんな高性能なものを作り出す力はありませんよ」
「残念だが今回は諦めようか。そっちの体調は?」
オルバートの問いにセトラスは自分の胸元を軽くトントンと叩いた。
「延命装置でなんとか。しかしさっき最後の魔石を一気飲みしました。それでも足りなくて耳の回復が追いついてません」
延命のために常に使用されている魔力だけでなく、負傷があればそれを癒すために追加で使われる。しかし今回はそれが追いつかず、命に別条のない傷はそのまま放置されているというわけだ。
ふむ、とオルバートは考えながら歩きだす。
「魔獣の替えは効くけど、君の替えはすぐ用意はできないからね……あまり無茶はさせられないか。よし、核の部屋に帰っていいよ。大百足は僕ひとりで追おう」
「いや、なんのためにここに来たと思ってるんですか」
セトラスは眉を吊り上げてオルバートの後に続く。
オルバートが人材を失うと困るように、セトラスも居場所の提供者がいなくなると困るのだ。
彼自身を心配しているわけではないが、ここでついていかない選択肢はなかった。
「それに……そもそも追いついたところで捕獲できるんですか?」
「シェミリザが戻ってくるまでの時間稼ぎくらいならできるさ。多分ね」
指揮役の予定だったから攻撃手段はないけれど、とオルバートはさらりと言いながら足を進める。
いくら死なないといってもこの無謀さは如何なものか。
そうセトラスは眉根を寄せつつ懐から自分の拳銃を取り出すと、いつでも撃てるように準備した。
「私も行きます」
「君も頑固だね。……あっ、そうだ」
忘れてた、と言いながらオルバートはセトラスに手招きする。
「ちょっとしゃがむか座ってくれないか」
「……?」
まさか傷の様子でも見ようというのか。
オルバートらしくもない、と思いつつセトラスは片膝を立てる形で座る。
するとオルバートはセトラスの水色の髪ごとよしよしと頭を撫でた。
「合流したら褒めてあげるって約束だったからね」
「……律儀な」
「今は泣いてないね、偉いよセトラス」
――父親にすらそんな言葉なんてかけられたことはない。
セトラスは言葉に詰まるとオルバートの手の平を剥がすように立ち上がる。
特に動揺した様子もなくオルバートは首を傾げた。
「もういいのかい?」
「十分ですよ。道に落ちている血と体毛を追っていけば迷わなくて済みそうですが、先を急ぐに越したことはありません」
わかった、と答えるオルバートの声を聞きながらセトラスはラビリンスの道を進んでいった。
***
——狙撃が止んだ。
それを確認できたのと、ランイヴァルが崩れ落ちたのは同時だった。
「ランイヴァル!」
咄嗟に助け起こした静夏の周りに隠れていた騎士団員たちが駆け寄る。
ランイヴァルは体の各所に傷を受けていたが、特に酷いのが最後の一撃である腹部の銃創だ。
重要な血管を傷つけでもしたのか小さな穴から血が流れ続けている。
貫通しているようだが止血の方法など静夏は知らない。ただ、さすがに内臓の出血を外から圧迫止血は難しいだろう、ということはわかる。
他の騎士団も止血法の知識はあっても現在の姿では上手くできず、オロオロとしていると――うっすらと目を開けたランイヴァルが「……大丈夫だ」と回復魔法を自分自身にかけた。
ミカテラがホッとした顔をする。
「よ、よかった、これで助かっ……」
「いや、魔力が枯渇している。恐らく……応急処置程度の効果だ」
「えっ……」
ランイヴァルは冷や汗の滲む顔で静夏を見上げた。
「シズカ様、私は自力で歩くことが叶いません。しかしここに留まっていてもし敵が戻ってきたら今度こそ反撃の手がないでしょう」
「ランイヴァル」
「幻覚の効果もいつまで続くかわからない。……私のことはここへ置いていってください」
「ランイヴァル、それはできない」
隠れておきます、とランイヴァルは言ったが遮蔽物などほとんどないのだ。
静夏は渋面を作ると首を横に振った。
「お前は国にとって必要な人材だ。私が保証しよう。それをここで置き去りにするなど――父や母のためにもできない」
「シズカ様……それは」
他の騎士団員がいる前で口にするにはあまりにも危うい言葉ではないか。
しかし静夏はそれを承知の上で、それでもランイヴァルに伝えたいと思って口にしたのだと直後に気がつく。
「それに、私のためにも。兄のように思うお前を置き去りになどさせないでほしい」
「……」
「そして」
静夏はよろめきながらもランイヴァルの腕を引いて起き上がらせると、肩を貸して立ち上がった。
まるでそれだけで崩れ落ちてしまいそうな姿だったが、細い二本の足はしっかりと地面を踏みしめている。それがランイヴァルからも見えた。
「私はこの姿をしていた頃に願ったんだ。強くありたい、と」
ひとりで出来ないことが次々と増えていく。
その恐ろしさを胸に抱きながら、あの頃の静夏は生きていた。
まだ幼い息子の手を煩わせることでしか生活できない。
その情けなさを、申し訳なさを両腕いっぱいに抱えていた。
そんなどうしようもない状況の中、手に届くことはないと知りながらも静夏は願い続け、そしてこの世界で実現させたのだ。
いくら過去の姿に戻ったとしても、その時に得た強さを静夏は覚えている。
そして、弱さの中にある強さの存在も。
「私は弱くとも――強い!」
そうまっすぐ前を見つめて前進する静夏をランイヴァルは止められなかった。
謝ることすら憚られる雰囲気。そのありがたさに涙が出そうになる。
そこへ騎士団員たちも手を伸ばした。
「ベ、ベラを抱いてても片手は空けられるんで! 掴まってください!」
「らんいばるさま、わたしもほんのちょっとですが、かいふくまほーをつかえそうです! いまかけますね!」
「ワンッワンッ!」
「モスターシェは応援かなこれ……」
「ワンッ!」
「応援だな!」
そこへ老人姿や怪我人姿の騎士団員も加わり、ランイヴァルと静夏を支える。
支えは成人男性ひとりによるものより弱々しく、ベラの回復魔法も擦り傷の痛みを軽減する程度のものだ。
しかし言葉で言い表せないほどの力強さを感じたランイヴァルは瞼を下ろし、笑みを浮かべて噛み締めるように言った。
「……ありがとう」
謝罪の言葉ではなく、感謝の言葉を。
ランイヴァル(絵:縁代まと)
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