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【本編完結】マッシヴ様のいうとおり  作者: 縁代まと
第九章

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第372話 きっとカメラアイのせい

 水の弾はどんどん近い場所を突き抜けていくようになり、ついには風圧で髪がなびくほどの距離になった。

 それでもセトラスが撤退しなかったのは打算があったのことではなく、初めて経験する白熱した撃ち合いにのめり込んでいたからだ。


 徐々に精度を上げていく相手の弾。

 当たればただでは済まない緊張感。

 望んだ威力ではないが、自分の弾が当たるようになった高揚感。


 そのすべてが『ここで引き下がるなんてもったいない』『撤退するとしても、あともう少しだけ』という思考の後押しをしている。

 自分の意思で遊びをやめることができない子供のような思考だったが、それを咎める者はこの場にはいない。


 撃って、当てる。

 相手もこちらの実力に追いつきつつある。

 滅多にないことだ。楽しくて仕方ない。もっと撃ち合っていたい。


 ――そう、楽しくて楽しくて堪らないのだ。


 延命処置をして永い時を生きている間に感情を負の方向へ動かすことはあれど、逆の現象はなかなか起こらなかった。

 人間の精神構造で長命種並みに生きると精神が摩耗するため、それが原因のひとつでもあったのだろう。

 目元だけをぎらつかせ、普段は見せない笑みを口元を浮かべながらセトラスは連続して発砲する。


 それはランイヴァルの膝に命中したが、彼がその場に崩れることはなかった。

 雨水を集めて足下で高質化し、固めて固定しているのだ。

 しかしこれでは避けることもままならなくなるだろう。


 次の一発で決める。

 左目に痛みを感じながらもセトラスは引き金を引こうとし――


「!」


 カメラアイが異変を察知した。

 現在ランイヴァルが生成しているものは先ほどまでの水の弾とは違い、砲丸ほどの大きさがある。

 ただ大きくしただけなら特に問題はない。

 少しでも当たる確率を上げようという悪足掻きにしか思えなかっただろう。


 しかしカメラアイは先ほどまでとは違う魔力の流れをその弾に見た。

 不穏さを感じ取ったセトラスは僅かに冷静になり、水の魔法をすべて制御しているらしいランイヴァルを集中して狙う。


 その間も詳しく探ろうとしたが、それより前に砲丸じみた水の弾が撃ち出された。

 先ほどまでと変わらぬ速度だ。

 重量は増しているようなので、聖女が力を更に強く込めたらしい。

 余力あってのことではないのか肩で息をしている。


「こんなもの……」


 自分に真っ直ぐ向かってきているが、速度は同じでも大きいぶん風の抵抗を受けるのか予測ではやや下に逸れて落ちるはず。

 そう読み取ったセトラスは素早く次の攻撃の準備に移ったが、途中で水の弾の表面が突如ぱしゃりとただの水に戻った。


 目を見開いている間に中から現れた大量の弾が周囲に広がる。


 それらはセトラスに直接当たらない代わりに彼が陣取っている巨木の幹に当たり、鐘をついたような衝撃を上下へと伝えた。


「ッ……!」


 セトラスのいる場所はそれなりに安定した場所だ。

 シェミリザの魔法を付与した装置でバランスを取る補助もしている。


 しかしあまりにも大きな衝撃に、落ちることはなくとも気が逸れた。

 一瞬だけ目を離している間に撃ち出されたらしい次なる水の弾。それを左の視界の端に捉えたセトラスはライフルを支える手に力を込めて発砲する。


 セトラスの弾は水の弾の脇を通り抜け、ランイヴァルの腹を貫いた。

 入れ替わりで水の弾はセトラスの頭に目掛けて一直線に飛んだが、途中で接触したライフルにより僅かに逸れる。


 右耳を根こそぎ持っていかれたかと思うほどの衝撃。

 しかし流血はしていても耳そのものは残っていた。代わりに鼓膜がやられたのか、薄気味悪い耳鳴りの他にはなにも聞こえない。

 髪は何房か駄目になったようだ。銃弾と異なり水の弾は面積が広く、巻き込むようにしてちぎれたようだ。

 しかし致命傷になっていないならそれでいい、とセトラスは気にせずふらつきながら立ち上がった。


(ライフルは……もう使えないか。即興で直すには時間が足りない)


 通常の拳銃ならあるが、さすがに弾が届かないだろう。

 こんな手を使ってくるとは。もう少し撃ち合っていたかった。

 そう下唇を噛んでいると、聴力の残った右耳に音声が届く。インカムだ。


『セトラス、聞こえるかい。アラートが鳴ってね、様子を見に行ったんだが大百足がまた脱走してしまったようだ』


 シェミリザは熊の魔獣のほうへ向かっているはず。

 協力者は核となる部屋から動けない。

 ということはオルバートひとりで? とセトラスは眉を顰める。

 首魁の無謀な行動については先ほど諫めたつもりだったが、早速ものの見事に無視されたらしい。


『逃げたとなっては僕ひとりだけでは対応できない。こっちへ来てもらえるかい』

「やだ」


 じつに素直な回答が口から出た。


 折角楽しくなってきたところだ。

 次の手がない状況だが、ここからどうするか考えるのも楽しい。

 なのに離れることになるのは嫌だ、というのはセトラスの本音だった。

 オルバートは困ったような声音で言う。


『そう言わないで頼むよ』

「じぶんでやって。……あ? あ……でも、あぶないか、ああくそっ、……」

『音声しかわからないが、そっちも相当消耗しているようだ。一旦引いて態勢を立て直すことの有用さを君はよく知っているはずだよ、セトラス』

「……」


 動きの鈍い頭でどうにか考える。

 オルバートの言うことも最もだ。しかし。


「でも……せっかくたのしくなってきたのに……」

『おや、楽しさを見出せたのか。それは残念だろうね……けれど改良すべき部分を見直し、万全の状態で再戦を挑むのも楽しいと思うよ』


 その言葉でセトラスはパトレアを思い出した。

 競争で負けた彼女は再戦の間にも自分の脚を磨き、そして更に速さを追求した。

 それは後ろ向きの気持ちではなく、恐ろしいほど前向きな気持ちでのことで、パトレアはその時間すら楽しんでいるようだった。


 その時は圧倒的な向上心とポジティブさに「やはり世話がかかる子だ」という印象を強めたが、今ならその気持ちが少しは理解できる。


「わか、った……」


 カメラアイを休ませねばならないため確認はできていないが、恐らくひとりは戦闘不能になっただろう。

 幻覚もあと三十分は続く上、そこから完璧に解くには当人の強い意志が必要になるため、効果のある時間を越えた後もそれなりに移動の足枷にもなる。


 それでも悔しくて子供のように――まさに子供の心境で涙を流していると、インカムの向こうでオルバートに『ほら、泣かないでおくれ。合流したら褒めてあげるよ』と慰められた。


 自分の父親よりよっぽど父親らしいんじゃないか。


 そう思いながらも、オルバートの言葉に気持ちなんてほとんど籠っていないことをセトラスは知っている。

 しかし素直に頷いてしまったのは――きっと、カメラアイの多用のせいだ。

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