第371話 なにがあろうと
水の障壁は使用者の全面に展開することも可能だ。
しかしそうすると――どこに当たっても受け止められる代わりに弾くようにして防ぐのではなく威力を殺しつつも貫通させることになる。それだけ薄く弱くなるのだ。
第三者を守りながらの防御が目的の場合は意図にそぐわない。
そのため、弾が貫通することを避けるべくランイヴァルは降り注ぐ雨をレーダーの代わりにしていた。
弾丸が雨粒に触れる僅かな感覚を頼りにピンポイントで厚い障壁を作り出すという神業である。
これは水の魔法を応用した感知法だが高度な技術が必要となる。
幻覚で子供の姿になっていても使用はできたものの、時折自分の思う感覚とズレが生じて集中力が削げていた。
(しかし……それはきっとシズカ様も同じ)
目線が違えば撃ち出す位置も変わってくる。
ぶっつけ本番のため慣れる暇はなかった。
それでも静夏はランイヴァルの作り出した水の弾を正確に拳で殴りつけているのだ。尋常ではない集中力が必要だろう。
――今の静夏は雨の弾は殴れても敵の弾丸は殴れない。
そして、もし一発でも食らえばダメージは元の肉体が受けたものではなく、今の肉体が受けたもののように通るだろう。
それがもし脳の錯覚だとしても、その錯覚で命を落とすほど幻覚は精巧だ。
ランイヴァルはまた一発、弾丸を防ぐと息を整えて精神を研ぎ澄ませた。
そんな中、静夏は徐々に方向を修正しながら狙撃手を狙い続ける。
相手がどの位置にいるかはっきりとわかっているわけではないが、それも弾の飛んでくる角度から徐々に近づけていった。
その目に捉えられるほど真っ直ぐに弾丸が飛んでくるが、ランイヴァルの障壁が固い音をさせて受け止める。
静夏は怯えて目を閉じることなく水の弾を再び撃ち出した。
「……ランイヴァルよ、大丈夫か」
魔力の消費から呼吸を乱しつつあるランイヴァルを静夏が気遣う。
そんな静夏自身も白い顔をして冷や汗を流していた。
いくら元のように雨を撃てても疲労はそのまま今の肉体を参考に蓄積されるのだ。
「シズカ様こそご無理は――」
無理をするな、というのはここで口にするのは野暮だろう。
ランイヴァルは言葉を飲み込むと「いえ、次は複数撃ち出してみましょう」と提案する。
「散弾のようなものか」
「散弾……?」
「む、簡単に言えば入れ物の中に小さな弾が沢山入っているもの……だろうか」
静夏の拙い説明にランイヴァルは「なるほど」と目を瞬かせる。
「普通にそのまま複数用意するつもりでした。シズカ様のおっしゃる形式のほうがいいかもしれません。……名称から察するに、触れた瞬間ではなく少し前に中身をばら撒く感じですね?」
「私もあまり詳しくはないが、恐らくそうだ。理解が早くて助かる」
「ではそのように生成してみま――」
チッ! となにかがランイヴァルの頬をかすめ、後から切り傷とはまた違った食い込むような痛みが襲ってきた。
障壁は展開してある。位置も合っていた。
だというのに弾が貫通したのだ。
「威力が増した……? それとも私の余力の問題か……?」
「……どちらにせよもうあまり時間はないようだ。ランイヴァル、散弾の後に本命を撃ち出す。つらいだろうが用意を頼みたい」
「! もちろんです!」
お安い御用です、とランイヴァルは頷いた。
***
水の弾に更に圧縮した複数の弾を内包させ、標的に届くよりも少し早くに中身をばら撒くように調節をする。
その作業中にも容赦なく銃弾が飛んできた。明らかにランイヴァルを狙う頻度が上がっているのは敵もなにかを察したからだろうか。
障壁を抜けた銃弾が今度は肩に命中する。
「ッぐ!」
今度は障壁を抜ける直前に理解した。
簡単な話だ。弾をふたつ飛ばし、まったく同じ場所に連続で当てたのだ。
「化け物め……」
似たような技術をフォレストエルフの矢を用いた攻撃で何度か見たことがあるが、この距離でやってのけるとは、とランイヴァルは冷や汗を流した。
ランイヴァルは水の障壁に銃弾が当たった瞬間の振動だけを頼りに必要最低限の動きで避ける。
しかしそれも成功率は高くなく、幼い手足や脇腹を物理的に削っていった。
幻覚のせいで見えないだけのはずの鎧は機能していない。
やはり脳が『鎧を着ていない。生身である』と思い込んで実際に当たったものとして自ら傷を作っているのか、それとも実際に鎧すら貫通しているのか。
なんにせよランイヴァルはこのダメージで膝を折るわけにはいかない。
今この瞬間だけは、敵は静夏よりもこちらを先に叩く選択を選んでいる。
障壁と水の弾さえなければ反撃の手はなくなるのだから当たり前だ。
「ランイヴァル……!」
「私は平気です! それよりも……シズカ様、散弾と次の弾ができました。これをお使いください」
そう答えながらランイヴァルは己の名を呼ぶ静夏に再び母を重ねていた。
――傷のせいで日常生活すらままならなくなった母。
才能を評価され、騎士団入りを勧められたランイヴァルは母の元から離れたくなかったが、そんな彼の背を押したのは母本人だった。
せめてあの日の母のような人たちを守れる存在になろう。
そんな一心で騎士団員として努力し、各地で活躍し、そして魔導師長にまで上りつめたのである。
自分の力が足りないせいで救いの手を差し伸べられなかった人々も多くいたが、ランイヴァルの決意は初めから少しもブレていない。
ならば、今こそ奮い立つ時。
「……この姿は弱さの象徴ではない。強さを目指す気持ちの象徴だ」
静夏は己の母と同じく『母親』であり、そしてどのような姿をしていようが強い。
強いが、ランイヴァルは幼い頃から見てきた彼女を守りたいと思う。
王族であることも、母と同質の存在であることも、人間として尊敬していることも、すべて守りたい理由だった。
「シズカ様。如何なる姿でも貴女は守るべき存在、守りたい存在です。なにがあろうと最後までお供致します!」





