第363話 一番弱いと思っている姿
こちらからの攻撃手段がないというのがもどかしい。
ミュゲイラならもしかすると狙撃手に向かってなにか投擲できたかもしれないが、それはフォレストエルフだからこそ。
多少の距離ならともかく、静夏はパワーはあれど狙うことには長けていない。
ならば騎士団を守ることに全力を尽くそうと心に決める。
(あれは――私の知っているものと同じではないかもしれないが、恐らく銃、ライフルだ。こちらの世界でメジャーな武器ではない)
騎士団の実力は信頼しているが、知らない武器が相手では分が悪いだろう。そう静夏は思う。
ならば騎士団は守るべき対象だ。
そう思っていたのだが――奇妙な動きをする弾が飛んできた。
あまりにも跳弾の回数が多い。
普通はここまで跳ねないものだろう。
弾に細工をしてあるのかもしれないが、理由はなんであれ狙撃手の意図したものなら撹乱が目的かもしれない。
それはランイヴァルも同じことを考えたようで、騎士団員たちに惑わされず逃げることを優先するように指示していた。
(いや、しかし、これは)
跳ねた先に確実に人がいない。
あれだけ跳弾を利用して狙ってきたというのに?
それすら撹乱のためであり、本命の弾がこれから飛んでくる可能性もあったが、静夏は弾に込められた得体の知れない意思を感じて喉を鳴らした。
(まさか跳ねさせること自体が目的だということはないだろうが、……)
全員を抱えて全速力で逃げる、という獣の本能じみた案が自然と浮かぶ。
これまでは急停止ができないこと、的が大きくなること、動きが直線的になり向かう先を予想されやすくなることから避けていた方法だ。
それを選びたくなるほど『ここから離れたい』のだと気がついたのと、十二回跳ねた弾が地面に当たったのは同時だった。
かちん、と。
そんな固い音が全員の耳に届き、そして銃弾から真っ白な煙が一気に噴き出す。
毒ガスの危険を真っ先に想像した静夏は咄嗟に息を止めたが、辺りはあっという間に濃霧に包まれたような視界に変化した。
慌てふためく騎士団員たちの声だけがする。
しかし、唯一感じ取れるそんな声にも数秒で変化が訪れた。
「……!?」
「なんで背が低くなってるんだ!? っていうかこの声……」
「ワンワンワンッ!」
「いぬがいる! まじゅう!? ……なにこのからだ!?」
子供の声、犬の声、舌足らずな幼児じみた声、しわがれた老人の声。
様々な『ここにいるはずのない者たち』の声がするのだ。
面食らった静夏は一部だけでも煙を晴らそうと腕を大きく振るおうとして――その腕があまりにも弱々しいことにようやく気がついた。
戸惑っている間に勢いのある少年の声が割り込む。
「皆、落ち着け! 恐らく先ほどの弾になにか仕込まれていた。得体が知れないがここでパニックになっていては思うつぼだ!」
「ラ、ランイヴァル様?」
「そうだ。なぜか子供の姿になっている。……鎧すら消えて普段着らしい。肉体の変化を伴う魔法は衣服はそのままであることが多いと聞く」
つまりこれは幻覚の可能性がある、と続けて言うとランイヴァルは騎士団員たちを呼んだ。
「とりあえず声がするほうへ来い、少し煙が薄い。煙がすべて晴れれば敵が行動を起こす可能性も高くなる。今のうちに現状を把握しておくぞ」
「わ、わかりました」
「うわ! 道の途中に赤ちゃんがいる!」
「わたしよ! はってくのたいへんだからつれてって!」
「ワンッ!」
「やっぱり犬がいる……」
様々な声が聞こえるが元の面影を残している者は少ない。
静夏もランイヴァルの声がした方向へと足を向けた。
視界が悪いせいか平衡感覚がおかしく、ふらつきかけて壁代わりの植物に手をつく。硬すぎない程よい弾力に押し返される。こんな柔らかそうな植物を取り除けないのだから不思議だ。
そこで静夏は眉根を寄せた。
「……?」
あと少しというところでなかなか前に進めない。足が重いのだ。
(皆も違う姿になっている、ということは私も例外ではないということか)
先ほどの細腕を思い出して静夏は言い知れぬ不安を感じた。
これでは皆を守れない。一時的なものならいいのだが――と思っている間に自分以外の全員が合流したと会話で気がつく。
「ランイヴァル! すまない、どうにも体が上手く動かな……」
聞き覚えのある、しかし久しく聞いていなかった声。
自分の声に気を取られた静夏は足をもつれさせて前へと飛び出した。
あわや転倒か、というところで茶髪の少年が慌てて両腕を差し出し駆け寄り、静夏の体を支える。その姿に伊織が重なって見えたのは今の自分の姿のせいか。
判断のつかないまま静夏は瞬きを繰り返す。
飛び出したことで煙の薄い場所へ出たようだ。
「これは……」
片方の肩から前へ流れる黒髪は柔らかく、細い腕は血色が悪い。
その髪質や肌の色も、爪の白さも形も、煙が薄くなって尚続く呼吸の苦しさも。
なにもかも静夏には覚えがあったが、遠い昔すぎて現実味を感じるのが一呼吸遅れた。それでも頭は理解する。
これは、前世の藤石静夏の姿だ。
***
――数秒前。
ランイヴァルは表情に出ないよう苦心しながら部下たちを見ていた。
ベラは赤ん坊の姿になっている。ハイハイができるか否か、といった年齢だ。
その赤ん坊を心底重そうに抱いているのがフォレストエルフの少女の姿になったミカテラ。本人曰く「着ているものから恐らく妹です」とのことだった。
他の騎士団員も子供や老人になっている中、走り回るポメラニアンのような犬だけが誰なのかわからなかった。
が、各々が名乗って消去法で辿り着く。
モスターシェか静夏である。
(自分は子供の頃の姿、か。他人の姿になっている者もいるが、共通点は……)
弱い立場の者だろうか。
統一性がないのが気になるが戦力や機動力を削られたのは手痛い。
そう思っていると煙の中から声をかけられ、女性が飛び出してきたので慌てて体を支えた。
「ま、まさかシズカ様……?」
犬でなかったのは幸いだが、予想外の姿にランイヴァルは言葉を失う。
不健康に痩せた女性だ。眼差しは元の――聖女マッシヴ様である静夏と変わらないが、走れるか怪しいほど弱々しい。
ランイヴァルは呆然としていたが、はっとして表情を正すと静夏に手を貸した。
「恐らく幻覚の類ですが、見た目に則した状態になるようです。筋力が子供であったり、犬だから喋れなかったり――シズカ様はお体の具合が悪いのですか」
「あ――ああ、この頃はまだある程度は自力で動けてはいたが……見目に沿うなら走ることは難しい」
「では私が背負います」
そこまでしてもらうわけには、と静夏は断ろうとしたが、他に適した人物がいない。この中で一番筋力のある子供がランイヴァルだ。
もたもたしていては敵の標的になるだけ。
「……わかった。宜しく頼む」
息子の世話になるような心苦しさを感じながら、静夏はそう頷いた。





