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【本編完結】マッシヴ様のいうとおり  作者: 縁代まと
第九章

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第362話 セトラスはがんばった 【★】

 静夏が銃弾に気がついたのは本当に直前になってからだった。

 それでも狙って落とせたのは考えるより先に動いた腕の速度があまりにも凄まじかったからだ。

 銃弾はまるで鋼鉄で叩いたような音と共に叩き落され、騎士団員のいない方角に向かって跳ね返って消える。


「い――今のはいったいなにが……」

「恐らく狙撃された。方向から考えてあの木だ」

「三キロは離れてますよ!?」


 ベラは銃を知らないが、弓矢や魔法による遠距離攻撃は知っている。

 それでもここまで離れた距離から正確に頭を狙ってくるというのは初めて聞いた。

 背筋に冷たいものを感じながら隠れられる物陰を探すも、ここはただの道のど真ん中。適した場所はない。


 きょろきょろしている間に次の弾が飛んできた。

 耳元をかすめた銃弾は再び跳弾し、今度はベラの持つ荷物に命中する。

 幸いにも体には当たらなかったが、一方的に狙われる感覚にベラはゾッとした。


「ひとまず走れ! 止まっているとただの的だ!」


 ランイヴァルの一言で呆然としていた騎士団員たちが一斉に走り始める。


「これ、一発でも頭に食らえば戦闘不能になるやつですよね!?」

「確実にそう――ぎえっ!」


 静夏と騎士団を追うように放たれていた銃弾は一瞬反応を消した後、モスターシェの肩をかすめていった。

 ――肩を狙ったのではない。頭を狙ってぎりぎり逸れたのだ。


 追っていたはずの銃弾が騎士団員たちの向かう先を予測し放たれるようになった、と身を以て知る。

 八秒先の予想をされる恐怖にミカテラが慌ててジグザグに走ってみたが、それも法則を見出したのか近い位置に当たるようになった。


「こ、こんなの逃げられませんよ!」

「落ち着け、ミカテラ。こちらの壁寄りなら角度的に見づらいようだ」

「それに相手は高所からこちらを狙ってくる関係上、どうやら頭以外はなかなか撃つことができないらしい」


 静夏とランイヴァル、それぞれの落ち着いた声にミカテラたちは恐怖に染まりかけていた心を奮い立たせて走り出す。

 たしかに壁際は狙われにくく、狙いは頭に絞られているように感じられた。

 胴体を狙う際はわざわざ跳弾させている。それも恐ろしいことだが、一工程挟まるぶん僅かな猶予があった。とはいえ一般人は反応すら追いつかない速度だ。


「死角を狙って可能な限り離れるしかありませんね……」


 ランイヴァルはちらりと静夏を見上げる。

 守るべき対象だというのに、先ほどは守られてしまった。

 静夏はなんてことない顔をしているが手は赤いまま。ランイヴァルは水属性のため簡単な回復魔法なら使えるが、逃げながらでは集中できず、なかなか癒せないことを過去の体験から知っている。


 今は可能な限り隙を見せてはならない。

 しかし本心は守られたことへの礼を言い、謝り、早く怪我を癒したかった。


(……これ以上オリヴィア様に迷惑をかけるわけにはいかない)


 ランイヴァルは身を低くして走りながらそう強く思う。

 その昔、ランイヴァルは母親に野犬から守られたことがあった。

 今感じているものはあの時の無力感に似ている。


 もう二度とあんな思いをしたくないと騎士団に入って己を鍛えてきたというのに、これではなにも変わっていないではないか、という気持ちが不意に湧く。

 静夏はランイヴァルよりも年下だが、母という立場にいるからこそより強くそう感じたのだろう。


(今度こそこちらから……、……いや、しかし……)


 聖女マッシヴ様を魔導師長が身を挺して守る。

 そんな行動に騎士団員たちが違和感を覚えるのではないかという予想が思考の邪魔をする。

 聖女マッシヴ様=第一王女オリヴィアだと正体に感づかれるのも困るのだ。


 銃弾を素手で落とす人物だ、守る必要はない。

 静夏の正体を知らない者はそう感じているに違いない。


 板挟みになったランイヴァルは小さく唸る。


(水魔法の障壁で全員を覆い守る、という手はあるが、果たして貫通させない強度をどれくらいの時間保てるのか……)


 防御に使用する魔法は一時的なものであり、長時間の使用を想定していない。

 それは魔力の消費が激しいからだ。そのためここぞという時、もしく戦闘中に防御を重視した時にのみ使用するスタイルだった。出し入れ可能な盾のような扱いだ。

 今のように遠くから継続的に狙われる状況には向いていない。


 ひとまず現状を維持し魔力消費をセーブしながら離れる、それを優先しよう――と考えたところで着込んでいた鎧がカンッと音をさせた。


 膝を狙われた。

 瞬時にそう理解する。


「……!」


 銃弾をわざと跳弾させ、水溜まりに映る人影から割り出した位置を参考に撃ったのだ。ベラの時は偶然だったようだが今回は意図的なものを強く感じる。

 人間――ここはそう想定しておくが、人間にこんな芸当が可能なのだろうか。

 跳ねたことにより勢いが削られていたが、鎧越しでも関節にダメージが出るほどの衝撃だった。

 ランイヴァルはよろめいて手をつきそうになりながら逆の足で踏み止まる。


「ランイヴァル」

「大丈夫です、……移動スピードを早めましょう。対策も任せてください」


 ランイヴァルは水溜まりの水を操って波紋を起こす。

 植物と違い、雨は実際の雨と同じで不動ではないのが幸いだった。

 数多と存在する水溜まりの水を対象にしているため、魔力の消費を考えても波紋を起こすくらいしかできないが、これで敵が位置を割り出す参考にするにしても時間を稼げるはずだ。


 ランイヴァルは今自分にできる方法で静夏を守れるよう考えながら、必死に撹乱を続けた。


     ***


 セトラスはふわふわとし始めた頭を叩いて目を開き直す。


 存外早い段階で死角に気づかれた。

 外なら茂みごと撃ち抜くのだが、ラビリンス内では銃弾程度なら弾き返されてしまうだろう。


(難儀なことですね……、……)


 いくつか足止めに向いた弾も用意してある。

 ただし正確な手順を踏まなくては発動しない。

 そんな面倒な条件が付いているからこそ発動する特殊さだ。魔法の条件を付けて効果を増す手法の応用である。

 セトラスは他人の魔法を別のものに付与することができるが、調整が難しくて普段はやらないだけで複数の魔法を組み合わせることも可能だ。


 そっと手に取った弾の効果は――幻覚。


 手順を間違えず発動すれば相手に『一番弱いと思っている姿になる』という幻覚を見せられる。

 しかもその幻覚は普通の幻覚という枠を越えており、他の人間にも同じように見えるようになるのだ。

 そして最も有用な点はそれを足掛かりに脳に作用し、まるで本当に弱くなったかのように思わせるところである。


(子供の姿になれば当時の運動能力に、経験したことがなくとも弱いと思っていれば手足を無くしたり他人の姿にもなる。ただ……)


 手順を成功させるにはカメラアイをフル活用しなくてはならないため、自分が動ける時間も減るのだ。

 しかし使うなら早めに決断しなくては消耗しすぎて機会がなくなる。

 セトラスは呼吸を整えるとライフルを構え直した。迷っている時間は無駄だ。


「……」


 カメラアイだけでいいというのに、無意識に両眼で狙いを定める。


 この、なにかを狙うという行為が嫌いだ。

 ――昔はとても好きだった。ほんの僅かでも評価されるから、というのもあったが、本心から狙うことを楽しんでいたように思う。

 しかし古い記憶だ。すぐに蓋をできる。


 セトラスは数秒間息を止めた後、今だ、と感じた瞬間に弾を放った。


 まず無風でなくてはならない。

 疑似的なものなのかラビリンス内でも風が吹くため、タイミングを見計らう必要がある。

 次に引き金は中指で引くこと。

 これは儀式めいた条件だ。なお、中指は生身であることに限る。


 そして弾は合計十二回跳弾させ、速度を一定に保つ。

 速度は弾そのものにも風魔法を仕込むことで調整が可能になったが、通常弾に使うにはコストのかかりすぎる手法だ。

 最後に四十五度の角度から、弾頭の片側に刻まれた刻印を下に向けて着弾するよう調整する。


 狙うのは人間ではなく地面。

 そこで跳弾せず発動する。


 セトラスの放った特殊弾はその条件を順にクリアしていった。

 カメラアイの生体部分から流血しながら、しかしそんな状態でも瞬きひとつせずにセトラスは弾の行方を目で追う。


 騎士団たちはあまりにも多い跳弾を撹乱、もしくは水溜まりから正確な位置を割り出せなくなったため当てずっぽうでも被弾率が上がるようにしたのかもしれない、と予想したようだ。弾そのものを落とさずその場から離れることを優先している。

 しかし発動時の効果範囲は半径十メートル。

 彼らは範囲内に十分入っている。

 そして弾は狙い通りの角度から地面に触れ――跳ねることなく、その場で真っ白な煙を放った。


 セトラスはふらつきながら木の幹に手をつき、インカムをONにする。


「オルバート」

『セトラスか。首尾はどうだい? じつはやっぱりさっき濡らしたせいかモニターの調子が――』

「ぼくがんばった」

『……』


 セトラスはこう言いたかった。

 特殊弾が無事発動したので次の工程に移ります、と。


 しかしぼうっとしていると言動が幼稚になるのだ。

 頭の中では比較的まともに思考しているため地獄だった。


「あとすこし。また撃つ」

『それは……頑張ったね。偉いじゃないか』


 事情はオルバートも知っているはずだが、普通に子供に言うように褒められてしまった。

 いっそ無言でいてくれとセトラスは思う。


「じゃあやってくる。ちゃんと見てて」

『すぐ見れるよう修理を急ぐよ』

「うん」


 子供の電話かと思うほど不器用なタイミングで通話を切り、セトラスは眉間にしわを寄せた。

 もう少しどうにかならないかとシァシァに言いたいところだが――もう二百四回は改善要請をスルーされているので無駄だろう。


 煙が晴れたところで攻撃を再開する。

 その時を待ちながら、セトラスは引き金に指をかけた。







挿絵(By みてみん)

セトラスの義眼(絵:縁代まと)


※イラストがリンクのみの場合は左上の「表示調整」から挿絵を表示するにチェックを入れると見えるようになります(みてみんメンテ時を除く)

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