第356話 叔父と姪、ドン引きする
静夏は空中で騎士団のメンバーを両腕で抱え、凄まじい轟音と共に着地した。
足を地面から引き抜き、周囲を確認する。
その昔とあるテーマパークでふしぎの国のアリスをモチーフにした迷路に入ったことがあるが、それに似ていた。ただし規模はまったく違う。
ひとまず静夏はぐったりしながら青い顔をしているランイヴァルたちを地面に下ろすと笑みを浮かべた。
「大丈夫だ、怯えることはない。まずは皆と合流しよう」
「は、はい」
――実際は万力で抱えられていたため息ができずに青ざめていたのだが、騎士団員たちは全員それを秘密にすることにしたのだった。
それにしても不思議な場所だ。
空から落ちてきたというのに静夏がジャンプしても見えない天井に阻まれ、左右を挟む植物はか弱く見えても傷ひとつ付けられない。
静夏がパンチを放った時など銅鑼を鳴らしたような音が響き渡り、植物はびくともしなかったというのに余波で騎士団員たちが吹き飛ばされたくらいだ。
「しかし道を進むという行動が制限されない辺り、なんらかのルールに則っていれば自由に動けるらしいな」
「なんらかのルール……」
道に沿ってのみ進むことができる。
つまり迷路――迷宮として攻略するなら制約はない、ということだろうか。そう考えを巡らせながらランイヴァルは周囲を見回した。
はぐれてしまった仲間たちと合流するには道なりに進むしかないわけだ。
「不可思議な空間です、目に見えない位置にいる状態だと声も届くか怪しいですね」
「召喚獣を呼んで先行させて探りましょうか?」
モスターシェの問いに静夏は「いや」と首を横に振った。
「魔力にも限りがあるだろう。今は温存し、まずは自分の目で確かめてみよう」
危険があれば率先して守る。
そう約束して静夏は先頭に立つと道をズンズンと進み始めたが、一番慌てたのはランイヴァルだった。
聖女マッシヴ様はベレリヤの王女である。
いわば守るべき対象だ。
しかしそれを知っているのはこの中ではランイヴァルのみ。
屈強と名高い聖女マッシヴ様を庇うように行動するのはいささか違和感が出てしまうが、ランイヴァルとしては自分が前に出て危険から守りたい。それこそが騎士団員の使命でもある。
だが、他のメンバーには明かせないのだ。
静夏の素性が明らかになれば国を跨いで活動する際に大きな足枷となる。
故に必要最低限の者しか知らない。
「ランイヴァル様、どうしました?」
ベラが不思議そうな顔をして問う。
ランイヴァルは頭を軽く振り「いや、なんでもない」と静夏の後ろに続いた。
***
バルドが目を開けるなりドン引き顔のナスカテスラが見えた。
その後ろでは無意識なのかナスカテスラのマントを握ったステラリカが同じ表情をしている。こういう時はさすが叔父と姪、よく似ていた。
なんか変なことしたっけ?
と、そう考えたところでバルドは納得しながら勢いよく立ち上がった。
「すまん! グロいもの見せたか!?」
「あー……そうだな! ダメ元で回復魔法をかけようとしたら勝手に治った!」
やっぱりか、とバルドは申し訳なさそうにした。
不老不死のことはナスカテスラやステラリカには伝えていない。
恐らく先ほど放り出された空中から受け身も取らずに落下して地面に激突したのだろう。血がほとんど出ていない、そしてあのナスカテスラが『ダメ元で』と言うくらいだ、大変致命的な部分がおかしな方向に曲がっていた可能性がある。
「なんというか、特異体質みたいなものなんだ。伊織も知ってるから安心してくれ」
ほら、ステラリカもそんな怯えるな、という言葉を聞いてステラリカはようやく自分の表情に気がついたのか、慌ててそれを正した。
「す、すみません、大丈夫です」
しかし大分びくびくして見える。
反対にひとまず納得したらしいナスカテスラは素早く切り替えた。
「興味深いがゆっくり話を聞いてられる場所でもないみたいだからね、他のみんなを探しつつ脱出方法を探ろう!」
「壁代わりになってるのって植物だよな、穴開けてショートカットしまくるか?」
「いや、それが残念なことにできないみたいなんだ! 君が再生してから目覚めるまでの間に試してみたんだが――植物と侮るなかれ、これ王宮の壁より丈夫だよ!」
「え、ええぇ……」
そんな植物が存在するのだろうか。
バルドは試しに自分のナイフで枝を切りつけてみたが、刃は枝の表面をなめらかに滑っただけで傷ひとつ付かなかった。
触れると普通の植物のように柔らかいのにじつに謎である。
「うわ、マジだ」
「だろう? しかも魔法もろくすっぽ効きやしない! これは地道にみんなを探すしかないね! 五万年くらい!」
「五時間で済めばいいですけど……」
それ五時間のことだったのか、と思いつつバルドは左右を見る。
「直線のど真ん中みたいだな、じゃあどっちから行く?」
「俺様はどっちでもいいよ!」
「わ、私もです」
なら俺が決めていいのか? とバルドは再び左右を見てから唸った。
こういうことはさっさと決めるに限るが、もしかすると明暗を分けるかもしれないと思うと慎重になってしまう。
そう言うとナスカテスラは「たしかに!」と笑った。
「方角を見ようにも空の様子がアテにならないしね!」
「そうなんだよなぁ、……でも、うん、しっかりと俺が決める! 慎重にな!」
バルドは鼻を鳴らすと荷物に手を突っ込む。そして言った。
「よーし、それじゃ……このナイフが倒れたほうに行こう!」
「慎重か!?」
「慎重ですか!?」
――進む方向はバルドたちから見て右側になったという。





