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【本編完結】マッシヴ様のいうとおり  作者: 縁代まと
第九章

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第347話 オルバートの仮面 【★】

 急遽、藤石伊織の洗脳計画をラタナアラートで進めることになった。


 それにより一番影響を受けたのはセトラスである。

 とにかく消化すべきタスクが多いのだ。


 しかも計画実行の際に聖女と一戦交えることになるのは目に見えている。

 その対策も急ごしらえで考えなくてはならない。

 少しくらい休ませてほしい、とセトラスが顔には出さずに思っているとシェミリザがにっこりと笑った。


「心配いらないわ、大規模な特殊空間系の魔法を使える魔導師がいるんだもの。分断も他の場所より容易よ」

「つまり、ここでダメなら他でもダメってことですね」

「それはみんなの頑張り次第かしら」


 セトラスが睨むとシェミリザは目を細めて「もちろんわたしも頑張るわよ」と手を振った。緊張感が皆無だ。

 溜息をつきつつセトラスは数少ない自分の荷物を手繰り寄せる。


「私も応戦の準備をしておきます。あなたが守ってくれるとは思えないので」

「あら、ふふ、守ってほしいならちゃんと守ってあげるわ」

「どうでしょうね。非戦闘員がこんな危険に晒される計画を進めている時点で信用なりませんが」


 シェミリザは綺麗な緑色をした、しかしゾッとするほどハイライトのない瞳でセトラスを見ると静かに言った。


「セトラス、あなたは今も昔も非戦闘員じゃないでしょう?」

「……」


 無言のままセトラスはシェミリザを振り返る。


 途中から不本意ながらそうなった――というわけではない。

 シェミリザが言っていることは事実だ。

 しかしセトラスは極力戦いたくはない。平和主義というわけではなく、自分の戦うための手段が好ましくないのだ。


「私の認識では非戦闘員なんですよ」


 やや間を空けてそう答えたセトラスは機械の警報音を耳にしてハッとした。

 機械的なブザーの音が響いている。


 見回さずともわかった。この部屋に設置された警報器ではない。

 しかしシェミリザが担当している魔獣の部屋とも方角が違う。

 ――ということはオルバートがいる部屋からだ。


「オルバ……?」


 笑みを消したシェミリザが先に駆け出す。

 セトラスも躊躇いつつその後に続いた。


 木の根で作られた通路を抜けた先にオルバートの担当している魔獣、毛深い大百足を閉じ込めた檻が設置された部屋がある。

 その中央に鎮座した檻の扉が開き、辺りが血まみれになっているのを見てセトラスは眉根を寄せた。床も壁も天井さえも赤々とした色に染まっている。


 そして檻の脇で倒れているのは自分たちの長であるオルバートではないか、と目を細めた。

 ――赤く染まった白衣に隠れているが、片足がないように見える。


「その、さすがに、これは」


 死んでいるのでは、とセトラスは思った。

 オルバートは延命装置なしで永い時を生き永らえている。

 それは知っているが、このレベルの外傷はどうなのか。


 恐らく魔獣が脱走してオルバートに危害を加えたのだろう。

 当の魔獣の姿はすでに室内にはなく、魔獣を追うのが先かオルバートの救命が先か迷いながらセトラスは足を進める。


 戸惑いを隠せないセトラスとは違い、なぜかシェミリザには余裕があるように見えたが、普段から表情に変化が少ないため見たまんまの心境ではないかもしれない。


 とりあえず生死の確認だけしておこう。


 そう思い、セトラスは小さな体を抱き起こす。

 普段は触れ合うことなど皆無だが、予想以上に軽い体はオルバートの肉体がまだ成長途上の少年なのだと強く感じさせた。

 だからといって哀れに思うような部分ではない。

 セトラスは淡々と事実を受け止める。


 すると目が合った。


 血濡れで赤みの増した赤紫色の右目と――真っ暗でなにもないのに、なぜかそこから視線を感じてしまうような眼窩。

 いつも顔の左側に付けている仮面がない、と気がついたのはその瞬間だった。

 がらんどうの眼窩に目が釘付けになっていると、それをそうっと伸びてきたシェミリザの手の平が隠し、足元に落ちていた仮面を拾い上げる。


 仮面の裏にはアンカーとなるいくつかの突起があり、シェミリザをそれを躊躇いなくオルバートの顔に刺し込んだ。

 常人なら拷問として成立するほどの行為だが、オルバートはぴくりともしない。


「……驚いたわ。大百足に弾かれたのね」


 その声は珍しく本当に驚いているように思えた。

 セトラス、とシェミリザが名前を呼んだところで食い気味にセトラスは言う。


「深く追求はしませんよ。我々はそういう組織でしょう」

「……いい子ね」

「それより、あなたはオルバートの治療を。私は大百足を探します」


 放置して新しい検体を探してもいいが、まだ捕獲が間に合うならそれに越したことはない。

 セトラスは己の荷物を背負ったまま出入口を見る。

 自分たちが来た方向を除くと通れる場所は一ヶ所しかない。通路の大きさ的にぎりぎりだと思われるので、逃げる速度も少しは落ちるだろう。


 そう考えながら走り出そうとしたところで、真後ろから声がした。


「ああ――まったく、久しぶりだと堪えるね」

「……オルバート?」


 まさかもう治癒したのだろうか。

 シェミリザはエルフノワールだ。恐らく本人も闇属性のはず。

 つまり回復魔法は不得手である。


 あの重傷をこんなにも短時間で?


 そうセトラスが怪訝な顔をしつつも「シェミリザなら納得してしまうな」と思いながら振り返るとオルバートが立っていた。足が両方とも生えている。

 飛び散った血液だけはしっかりと残っており、白衣も髪も空気に晒されて固まりつつある赤黒い血で汚れていた。


「大丈夫、なんですか」

「大丈夫だよ。いや、うっかり薬の分量を間違えてしまってね、苦しんだ魔獣の動きが激しくて檻の錠を壊されてしまったんだ」


 恥ずかしながらヒューマンエラーだよ、とオルバートは言った。


「だが逃げられる直前に麻酔を打ち込んでおいた。恐らくそろそろ効く頃だ、誰かに見つかる前に回収しよう」


 どうやらオルバートも大百足の回収に同行するつもりのようだ。

 表面上は治ったように見えるが、動いて大丈夫なのだろうかという疑問が湧く。

 だがシェミリザは止めようとしていないため、セトラスもそれに倣うことにした。



 オルバートは分断されたズボンの切れ端を捨て、木の根の通路を進んでいく。

 片足だけハーフパンツのようになっているが本人は気にしていない様子だ。彼に羞恥心があるとはセトラスも思ってはいないが、随分と慣れているように感じられた。


 通路はところどころ損傷しており、大百足がここを通ったのは確かなようだ。


「セトラス、そこに毒の針が落ちてるから気をつけておくれ」


 さり気ない警告にセトラスは口元を引き攣らせて指された場所を避ける。

 オルバートは頬に付着した血を拭いながら言った。


「僕も刺されなくてよかったよ、さすがに排出には少し時間がかかるからね」


 セトラスは眉根を寄せる。

 その方法は解毒魔法でも科学的な方法でも、ましてや医学的な方法でもない、そんな気がしたのだ。

 セトラスの表情からそれを感じ取ったのかオルバートは「ああ」と頷く。


「比較的最近ウチに入った新しい子は知らないんだったか。隠してるつもりのないことだから気づくのが遅れてしまった。ごめんよ」


 セトラスはナレッジメカニクスの幹部としてはヘルベールの次に若い。

 しかしそれでも相当の時間を過ごしているが――オルバートにとってはまだ新しい子扱いだったようだ。

 オルバートは自分の体をまるで無機物でも扱うかのように叩いてみせる。


「僕は死なないんだ」

「……死なない?」

「延命装置は使っていないよ。そもそもあれが出来たのは僕がシァシァと知り合って随分してからだしね」


 なぜかはわからないけれど死ぬことだけはない、とオルバートは断言した。


「でも毒は効くから厄介なんだ。延々と苦しむんじゃなくて、しばらく待ってれば体外へ排出されるけれど……今みたいに少し急いてる時は困るだろう?」

「まあ、そうですね」

「ひとまず今回は心配いらない。……さあ、外だ。シェミリザ、すまないが認識阻害魔法は頼んだよ」


 常に使ってるから大丈夫よ、とシェミリザは微笑む。


 効果範囲が狭いためオルバートたちは安易に地上に出られなかったが、使用者であるシェミリザ本人が同行するなら話は別だ。

 ただし施設が無人になるため、早々にかたを付ける必要があった。

 普段は魔獣の世話を任せている協力者に留守を任せる手もあるが、緊急事態だ。そこまで丁寧に呼び出しと引き継ぎをしている時間はない。


 三人は暗い森の中に出た。


 時刻は夜。雨が降っており見通しが悪い。

 しかしそんな視界の中でもすぐにわかった。


「よし、きちんと眠っているようだ」


 毛をしっとりと濡らした大百足がすべての脚をだらしなく広げて倒れている。

 顔部分には雨でも流しきれないほどの血が付いており、オルバートを襲った時のものであろうことが見て取れた。

 オルバートは明かり用の魔石を使って周囲を照らす。


「シェミリザ、風の魔法で運べるかい?」

「ふふ、今日はよく働かされるわね。いいわ、毒針が落ちるかもしれないから少し離れていて」


 シェミリザが魔法を発動させ、大百足の体をふわりと浮かせる。

 その時、浮いた大百足の真横にある茂みの中に光るものがちらりとふたつ覗いた。


 『それ』が無防備なシェミリザを見ている、と判断するなりセトラスは荷物の中からグリップパネルに己の刻印が入った拳銃を引き抜くと瞬時に安全装置を外した。

 サイレンサー機能が標準で付いているため大した音はしない。


 一瞬で定められた標準。定まった瞬間に撃ち出された弾丸は二発。


 一発目は一対の光の間に、二発目はそのやや上に着弾して闇に消えた。

 セトラスは拳銃を下ろすと茂みに近寄る。

 下ろしたのは対象が戦闘不能になったと確信しているからこそだ。


「……野犬ですね。はぐれのようですが他に群れの仲間がいるかもしれません、さっさと戻りましょう」

「里のエルフだったら大変だったわね」

「あんな低い位置に頭があったら碌なもんじゃありませんよ」


 里のベルクエルフである可能性もあるにはあったが、あの光は魔石の光を反射したものだ。

 こういった光を反射するのは犬猫のように網膜の裏に反射層を持つ動物である。

 この層は人間やエルフ種にはない。


「……シェミリザ、たまにおかしな病気で凶暴化してる奴がいるので警戒は必要です。あなた以外だと主に私が対処するはめになるんで注意してください」

「転生者の知識にあった犬の病気みたいなものね。……わかったわ。ありがとう、セトラス」


 まだ人類が知識として得ていない病や、そもそも認識していない病はこの世にごまんとある。いくら長命種でも体を蝕む病魔すべてに勝てるわけではないだろう。

 セトラスは保身として忠告したが、素直に礼を言いながらシェミリザはにっこりと笑った。








挿絵(By みてみん)

笑い下手のオルバート(絵:縁代まと)


※イラストがリンクのみの場合は左上の「表示調整」から挿絵を表示するにチェックを入れると見えるようになります(みてみんメンテ時を除く)

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