第33話 追う者へ 【★】
「キカイ? そういう名前の種族ですか?」
ここは機械技術が浸透していない世界だ。
キカイという単語を聞いても一体どういったものなのか想像がつかなかったらしいリータが不思議そうな表情でそう訊ねる。以前機械学という単語を聞いて見せたリアクションと同じだった。
あの時は結局ヨルシャミから詳しい回答はなかったため、今回の機械という音ともすぐには頭の中で結びつかなかったらしい。
機械という存在を根本から知らない者にどう説明すればいいのだろうか。
そう伊織が迷っているとヨルシャミが助け舟を出した。
「水車やポンプくらいは知っているだろう、あれも機械の一種で流体機械という」
「! それならわかります」
「例外もあるが、要するに人力以外の動力で動く装置のことだな。それをより高度に発展させるとロボット――生き物のように様々な動作を行なう機械となる。シズカはその集団の乗っていたものが機械の馬だ、と言いたいのであろう」
「つまり……生き物じゃないんですね?」
「うむ」
説明を聞きながら伊織は感心した。
初めてナレッジメカニクスの説明をした時、ヨルシャミは科学や機械学のことにも言及していたが、昔はそういったものがもっと身近だったのだろうか。
そう問うとヨルシャミは「あやつらに追われて目にすることが多かったせいだ」と肩を竦めた。
しかしナレッジメカニクスは当たり前のように機械類を使用しており、逃げる過程で世間から遠ざかっていたヨルシャミは王都など都市部では普及している技術なのではないかと勘違いしていたという。
しかし実際は今より不便なことも多い世の中だったようだ。
そこで伊織はハッとした。
「ナレッジメカニクス……ヨルシャミの脳移植をした上に千年も肉体を保管していた奴らなら、機械の馬を持っていてもおかしくない……?」
そうだ、と静夏が頷く。
「手元にあるだけの情報で断言することはできないが、あのような技術を持つ組織が多数存在するようにも思えない。この大規模な誘拐はナレッジメカニクスの仕業である、と仮定してもいいだろう」
「ふん、大方『材料』集めであろう。あの組織は知識収集の過程で実証実験を繰り返す故、検体を多く必要とするようだからな。もしくは……その知識を活かして新たな目的に向けた準備をしているか」
「新たな目的?」
ヨルシャミは片眉を吊り上げて答えた。
「私から情報を聞き出すことより優先したことがあるのだろう。規模が小さくなりつつある組織では両立は難しく、目覚める目途のつかない私の案件は保留となった。今は存在しないはずの神と接触するための新たな方法を得たか、またはそれとは根本から別の標的ができたか――まあ、仮定の仮定であるが」
なにを考えていたのか伏せ目がちになったヨルシャミを見て静夏がゆっくりと口を開いた。
「ずっと考えていたんだが、ヨルシャミよ。ナレッジメカニクスから逃げるのではなく立ち向かうという手もないだろうか」
「立ち向かう? 規模がわからぬとはいえ未だに村ひとつ一晩で潰せる組織かもしれないのだぞ、それに救世の旅には邪魔な目的であろう」
いいや、と静夏は首を横に振る。
ナレッジメカニクスの目的、もしくは目的のひとつに『存在しないはずの神』が含まれているなら静夏と伊織にとっても無関係ではない。
そう説明してから「そして」と静夏は続けた。
「ナレッジメカニクスは一般人に被害を与える存在だということもわかった。私はそれを見過ごせん。あちらがヨルシャミを探し出し追ってくることを心配するならば、いっそこちらから出向いて――そう、我々で潰しにゆくのも選択肢として存在しているのではないか」
「ナレッジメカニクスを潰す……は……はははっ! 豪胆ではないか!」
伊織はぎゅっとシーツを握ってヨルシャミと静夏を見た。
「僕もそんな組織を野放しにしておくわけにはいかないと思う。もし村の件がそいつらのせいでないとしても、知識を得るために使っている手段が許せない」
いくら口を割らなかったからといって、脳移植までするなんて人道に反するどころではない。きっとヨルシャミ以外にも被害者は数多といるだろう。
魔法だけでなく科学や機械を駆使する相手にどう動けるか見当もつかないが、救世を目的とするなら魔獣や世界の穴と同じくらい放っておけない存在だった。
「キカイ……機械のことはよくわかりませんけど、ヨルシャミさんがやられたことを思うと私も賛成です。お供させてください。ねっ、お姉ちゃんもそう思――」
真剣な顔で隣を見たリータが固まる。
何事かと伊織たちもそちらを見、そして同じように固まった。
「ね……寝てる……!」
「この流れで!? 普通寝れるか!?」
「なんかさっきから一言も発さないと思ったら!」
ミュゲイラがベッドの上で仰向けになってすやすやと眠っている。
そういえば話の最中にゆっくりと体が傾いていたような気がしないでもないが、あまりにもスローモーション状態だったため違和感を感じなかった。
仰向けに倒れる動作をゆっくりと行なうのは筋肉の負担が凄まじそうだが、実現できたのは鍛えているせいだろう。予想の斜め上に筋肉が仕事をしている。
静夏は「きっと頭も体も使って疲れたんだろう」と寝息をたてるミュゲイラに毛布をかけていたが、甘やかしすぎではないかと我が母のことながら伊織は思った。
「……ふ、ふふふ、本当にお人好しばかりだな」
愉快げな声に伊織が視線を戻すと、ヨルシャミは薄緑の目を細めてこの部屋にいる全員を見ていた。
そして一呼吸置いてから再び口を開く。
「いいだろう、こちらが追う側になってみせようではないか。私もやられたらやり返したいと思っていたところだ」
肩を揺らして笑ったヨルシャミは細い腕をすいっと静夏に向けて持ち上げた。
そして真剣な声音で言う。
「――宜しく頼む」
「任せるといい」
静夏は小さな手を優しく握り、力強く頷いてそう言い切った。
リータのイメージ画です(イラスト:縁代まと)





