第342話 呪いを駆逐せよ! 【★】
ナスカテスラの部屋を倉庫と同じ要領で整理整頓し、不要なものを倉庫の空いたスペースへと移す。
倉庫ほど広いわけではないため、二時間ほどで終わるだろう。
――と思いきや、前述の『不要なもの』か否かをナスカテスラに判別してもらう必要があるため、予想していた時間の倍はかかってしまった。
すべての作業が完了したのはとっぷりと日が暮れた夜中で、窓の外には魔石灯の明かりがちらついている。
「はぁ、長丁場になってしまったな……」
「まあ丁度いい、このまま選別作業に移ろうじゃないか! みんなウチに泊ってくといいよ、姉さんも君たちなら許すだろう多分!」
「え、でもそんな、急だし迷惑かけるんじゃ」
「迷惑はかけてナンボだ……よ……いたたた!」
ナスカテスラの後ろから現れたエトナリカがジト目のまま両耳を引っ張った。
この家におけるお仕置きの常套手段だということが見て取れる。
手はそのままにエトナリカはにっこりと伊織たちに笑いかけた。
「部屋は余ってるから気にしなくていいよ。あんたたちの仲間にも後で知らせに行ってあげるからさ」
「よいのか? ふむ、イオリよ、ここは甘えさせてもらおうではないか。早く作業に移れるのも魅力的だ。それに……」
ヨルシャミはちらりとバルドを見る。
なぜか倉庫整理より部屋の整理整頓のほうが堪えたのか、イスに座ってぐったりとしていた。
ここしばらくは似たような状態だったが、それに輪をかけて疲れ果てている。
「……あれ、もう帰る余力がないだろう」
「た、たしかに」
「というわけだ、一晩世話になる。代わりに魔法でこなせる雑務があれば言ってくれ、明日になるが可能な限り応えよう」
「あ、じゃあ水魔法で井戸の掃除とかできるかい? なかなか手が回らなくてね」
水属性はヨルシャミの不得手とするところ。
しかしエトナリカは彼を水属性と相性のいいベルクエルフだと思っている。
これは比較的簡単な、それでいてやってもらえたら嬉しい作業を選び出してくれたということだ。
ヨルシャミは一瞬言葉に詰まったものの、男に二言はないと快諾した。
「さあて、そうと決まったら早速選別作業だ! ナスカテスラよ、夜でも遮光カーテンはあったほうがいいか?」
「魔石の明かりが入るからね、あるに越したことはない! 準備するよ、君たちは香の準備をしておくれ!」
その棚の二段目の端にあるビンだよ、とナスカテスラが指して言う。
すぐにわかった。なにせ整理中に伊織がしまったものだ。
「あとは――バルドよ、ステラリカに案内してもらって別室で休んでおけ」
「……」
「……バルド!」
「ハッ! ……やっべ、座ったまま寝てた」
眠そうな目でふらつきながらバルドは立ち上がる。
昼間に子供の運動会に駆り出されてヘトヘトになったお父さんといった風体だ。
「悪いな、それじゃあ俺は先に休ませてもらうぞ」
「うん、僕たちも後で行くよ」
「ふはは、まあ選別がスムーズにゆけばだがな」
「ス、スムーズにいけば……」
ヨルシャミの言葉から検査の時のように朝までかかる可能性を感じ取り、伊織はぶるりと小さく震えざるをえなかったのだった。
***
――カーテンを引き、部屋の明かりを落とし、真っ暗闇の中で伊織、ヨルシャミ、ナスカテスラの三人は向き合ってイスに座っていた。
指示されて焚いたお香は白檀のような香りだ。
ナスカテスラ曰く一時的に魔力を視認しやすくなるものだという。
「南の国に行った時に得た香木を加工したものでね、元となった木が他の種類より魔力を溜めやすい性質だったせいか、加工後もこんな副次的効果があったんだ!」
「副次的?」
「元々は香り目当てで入手したからね!」
それは棚からぼた餅だ、と納得しつつ伊織はナスカテスラの声がした方向を見た。
そろそろ目が慣れてきたところだ。
それにふたりとも明るい髪色のため、暗闇でもぼんやりと浮いて見える。
さあ始めよう、と言ったのはヨルシャミだった。
「いいかイオリよ。まず私がモノクルで呪いの付与された魔力を見つけ、自分の魔力をお前に流してひっ捕らえる」
「わ、わりと物理的な方法だった……」
「正確に捕まえに行かねば逃げられることが予想される。少し時間を要する……上に、恐らく私の摩耗が酷いだろうが気にしなくていい。その場から動くな」
摩耗が? と伊織が心配げな顔をすると、碌に見えていないだろうにヨルシャミは笑って「だから気にしなくていい」と伊織の頭を撫でた。
「ただ単純に魔力を流し込んだだけではお前の魂にすぐ焼き尽くされてしまう故な、それなりの出力と……効果があるかはわからないが、高位の強化魔法を私の魔力にかけておく」
「恐ろしいな、魔力そのものに強化魔法とか前代未聞だよ!」
長く生きてみるものだなぁと肩を揺らしながらナスカテスラが言う。
「ヨルシャミの言う通り心配ご無用さ、ある程度は俺様の回復魔法で軽減させられるからね!」
自分のためにそこまでしてもらうなんて。
伊織はそう感じて気が引けたが、今まで試行錯誤をしてきたことは全てひっくるめて、みんなで頑張ってきたことなのだ。
このままでも我慢できるんでやっぱりいいですよ、などと言ってそれを無駄にするわけにはいかない。
ふたりに見えているかどうかはわからないが、伊織は静かに頭を下げた。
「……ふたりともすみません、宜しくお願いします」
そうして選別作業は厳かな雰囲気で始まった――と、伊織がそう思ったのは最初の数分だけだった。
伊織の手を握ったヨルシャミから彼の魔力が流れ込んでくる。
それはニルヴァーレの時と似た感覚だった。
ただし、入ってくる速度がとても早い。どうやらニルヴァーレはそれなりに優しく扱ってくれていたようだ。
性急ですまないなと言ったヨルシャミはモノクル越しに伊織の内側へと目を凝らし、呪われた魔力を見つけるなり己の魔力をそこへ急行させた。
「……ええい! 数匹固まっていたというのに一匹しか捕まえられなかった! ちょこまかと逃げ回るな……!」
「ま、待って!? なんかめちゃくちゃ手の届かないところが擽ったいんだけど!? 僕の中でミジンコが暴れてる……!?」
「くっ、一気に足のほうに逃げた!」
「足が擽ったくなるのはホント勘弁し……っ」
イオリ、たえろ、とナスカテスラが優しい声音で言ったが、その顔は優しげなものではなく珍事を目の当たりにして笑うのを堪えている顔だった。
もう完全に暗闇に目が慣れたためよくわかる。
なんだか憎らしくなって伸ばした手をナスカテスラにがっしりと掴まれ、違うそうじゃないと思っている間に今度は足から顔にむずむずしたものが上がってきてくしゃみが出そうになった。
伊織としては勘弁してほしいことの連続だ。
「よーし、五匹捕まえたぞ! 一旦出す!」
ヨルシャミは魚でも釣るようにピッと片腕を引く。
その瞬間、伊織は自分の体の中からなにかが出ていくのを感じた。
魔力は伊織の目には映らないが、ヨルシャミにはありありと見えているのか空中を凝視し、そして突然発動させた闇属性の魔法――闇で対象を包み込み圧縮する魔法を使って魔力を掻き消す。
その闇は周囲に広がる闇より更に暗い色をしていた。
「本来は影で行なうが、今は多少の無理が利く故な。アレンジしてその辺の闇を使って包んで消した」
「それ、並みの魔導師なら新しい魔法を創造したって認識するところだよ!」
「こんなものを新しい魔法などと呼ぶなんておこがましい! 創造するならもっとオリジナリティをだな……ふぐっ」
鼻血でも出たのかぼたぼたと床に液体が落ちる音がする。
慌てた伊織をよそにナスカテスラが冷静に回復魔法をかけた。
「……すまんな。ここから先は常時発動してもらってもいいか?」
「お安い御用さ! ただ上限は一時間ってところかな!」
「上等だ」
ヨルシャミはぎゅっと伊織の手を握り直す。
思わずどきりとしそうになったが、ヨルシャミは血濡れの顔で眉根に力を込めているため、なかなかに壮絶な光景だ。
伊織は闇に目が慣れたことをほんの少し後悔した。
「さあイオリ……もうしばらく耐えるのだぞ」
「ヨ、ヨルシャミ、その呪われた魔力ってあとどれくらいの数がいるんだ……?」
思わずそう訊ねると、ヨルシャミは不敵に笑って答えた。
「三百二十四匹だ!」
ヨルシャミと鼻血(絵:縁代まと)
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