第330話 変質 【★】
緑色をしたドレッドヘアーの女性はエトナリカと名乗って伊織たちを出迎えた。
髪型と身長、そしてへそ出しルック。
そこへ様々な装飾品を身に着けた様子に圧倒されたものの、目の形がナスカテスラにそっくりだ。一目で姉弟とわかる見た目だった。
四角い眼鏡を押し上げ、エトナリカは伊織たちを順に見る。
「よく来たね、この子……ステラから話は聞いてるよ。はい、これが倉庫の鍵」
「あっ……ありがとうございます!」
鍵を受け取って一礼した伊織にエトナリカは「あはは、素直で良い子じゃないか」と微笑む。ファンキーな見た目に反して笑った顔は優しかった。
「愚弟の私物を詰め込んだせいで探しづらくてごめんよ、家事が終わったらアタシも手伝いに行ったげるからね」
「そうそう、すぐ見つけられない事態になった原因は姉さんだ! これはしこたま手伝ってもらわ――痛いッ!」
エトナリカに両耳を思いきり引っ張られたナスカテスラは爆音で嘆いた。
「そう言うならもうちょっとウチに帰って存在をアピールしな! アンタのために家の管理してるんじゃないんだよ!」
――エトナリカを「怖い人ではないのかも」と思っていた伊織は「やっぱり身内に対しては怖い人かも」と認識を改める。
しかしエトナリカの言い分ももっともであった。
兎にも角にもベルクエルフの里での初仕事、倉庫整理の始まりである。
***
ドライバーを取ろうと手を伸ばし、その手に水色の髪が絡んでセトラスは眉根を寄せた。
これでもう五回目だ。
面倒だが髪を縛ろう、とようやく重い腰を上げてヘアゴムを手に取り、面倒くさそうに動いていたわりには手慣れた手つきで髪を結い上げる。
それをイス代わりの木の根に腰掛けて眺めていたシェミリザは、頬杖をつき直して口を開いた。
「そんなに面倒なら切っちゃえばいいんじゃない?」
「短いと短いで頬に毛先が当たって集中が途切れるんですよ」
「どのみち繊細なのね」
面倒くさがりな性格だが、それでいて繊細。
そんな自分の一面を指摘されたようでセトラスは眉根を寄せる。放っておいてくれというのが本音だった。
セトラスはこの会話こそ気が散る原因だなと思いながら作業台へと戻る。
「あなたの依頼品を作ってるんですから、余計なこと言わないでください」
「うふふ、ごめんなさいね。お茶を淹れてあげるから許してちょうだい」
重さを感じさせない動きで立ち上がったシェミリザは茶葉とポッドを用意し、水魔法で作り出した水と火魔法で作り出した火でお茶を淹れ始めた。
それを横目で見ながらセトラスは無言になる。
ナレッジメカニクスの構成員の素性に興味はないが、こうも多種多様な魔法を使われると好奇心くらいは刺激されるものだ。
何百年も前から見せつけられているため今更訊ねようとは思わないが、毎回目にするたび気になるものは気になる。
(エルフノワールは魔導師の才に溢れた者が多い……が、ここまで様々な属性の魔法を難なく操れるのは年の功というやつですかね)
エルフノワールの魔導師は大抵が闇属性だ。
複数の属性を使える者も他種族より頻出しているが、そもそも闇は水と相性が宜しくないため、水属性だけは不得手としていることが多い。
セトラスは組織内でも比較的――あくまで比較的若い部類であるため、シェミリザの本当の年齢も、なんのためにナレッジメカニクスにいるのかも知らなかった。
単純に好奇心を満たす研究目的にしてはなにもしていない時間が長いし、探し物や探し人などの目的があるようにも見えない。オルバートには従っているが対等な立場に見え、協力はするがそれが主目的とも思えない。
そんな掴みどころのない人物だ。
しかし、セトラスは彼女の実力だけは認めていた。
(もしその才能を私の研究に活かせるなら、原理を解き明かしたいものですがね)
そう考えているとシェミリザがカップを差し出してきた。
そういえば特に飲みたいとも思っていなかったのに断り損ねていたな、とセトラスは苦々しい気持ちになりながら受け取る。
ここで断って気に障るリアクションをされても困るため致し方ない。
「それで、もうちょっとで終わる?」
「今まで例がないのでもう少し時間が欲しいところですね。……なんです、急いでるんですか?」
「そこまで急いてはいなかったのだけど……」
ふう、とシェミリザはため息をついてみせ、そして言った。
「今、ラタナアラートに例の聖女一行が来てるらしいのよね」
「――今?」
そう、今。とシェミリザは自身の頬に手を当てる。
「騎士団と一緒に来たの。王都での動向はわからないけれど、魔獣の調査となにかの道具を取りにきたみたいね」
「道具……この里に便利な道具なんてありましたかね」
「ふふ、聖女の息子の呪いを解くのに必要らしいわ」
呪い? とセトラスは片目を細めた。
シェミリザはそんな様子が面白いといった様子でセトラスを指す。
「詳しく聞けたわけじゃないけれど……多分あなたが組み込んだものじゃない? 防衛機構に加えておいたんでしょう、シァシァの呪い」
「ああ……至極嫌がりながら提供してくれたものですね。しかし、もしそのせいなら動くことすらままならないはずですが」
ビームで仕留められずとも付与された呪いで足止めをし、その間に今度こそ確実に息の根を止めるために仕込んだものだ。
対象を捕獲する場合でも活躍する機能のはずだった。
しかし、聖女の息子が行動不能に陥ったという情報はない。
セトラスが訝しんでいるとシェミリザが目元を愉快げに細めた。
「けれどあの子と呪いの交わる点なんてそこくらいよ。知らないところで呪われてたら話は別だけれど、もしあなたの技術で仕込んだものが変質したのだとしたら……ちょっと面白いでしょう?」
「……」
セトラスはしばし考え込み、ふいっと顔をそむけると茶を一口だけ啜ってデスクに置いた。
自分が調整して仕込んだものが変質して別物になったのだとしたら、それを解き明かしたい気持ちになるのは職業病のようなもの。
それに加えてセトラスは自分の作品を勝手に弄られることが気に障る気質をしている。今回の件は正確には異なるものの、あまり良い気分ではない。
前者なら『ちょっと面白い』には当てはまるが、後者がそれを打ち消していた。
しかしわざわざそれを説明するのも億劫である。
そんな思考からの仕草ついでに、セトラスは顔をそむけた先にあったドライバーを今度こそ手に取った。
「ひとまず今は作業が忙しいので他のことは考えられませんね。そっちこそいいんですか、魔獣はオルバートが見ているんじゃ?」
「また拒絶反応が出て鎮静剤を打ったから、今日は碌に実験できないみたいよ」
「ああ……」
魔獣の傀儡化実験はこれがあるから牛歩なのだ。
セトラスは納得しつつも「作業の邪魔です」ときっぱり言い放ってシェミリザを追い出した。
組織の頭であるオルバートの側近に対して取るにはあまりにもな態度だったが、ここはそういう組織でもある。
シェミリザも慣れた様子で「また様子見にくるわね、今度はおやつでも持って」と去っていった。
きっとセトラスが食に対して前向きではないことを知った上での発言だ。
「……」
セトラスは静かになった部屋――木の根により形作られた部屋の天井を見る。
シェミリザは技術者としての好奇心のみを擽ったつもりのようだが、先ほど嫌な気分になったように、セトラスは自分の作ったものに手を加えられるのが心底嫌いだ。
もはや憎んでいるといってもいい。
だからこそ、好奇心とはまた違った方向から『変質した自分の作品の一部』について意識を向けていた。
今回変質したと思しきものは元はシァシァ由来のものだ。
だが、それでもきちんと発動するように仕込んで調整したのはセトラスである。シァシァの呪いはただの材料でしかない。
――なんだかとても不快だ。
ふと、自分と同じ髪色の人間が脳裏にちらついてセトラスは頭を振る。
これはシェミリザがいなくても気が散りそうである。
そうやってうんざりとしながら、セトラスは天井から視線を外した。
名前ありのモブ(ベラ、ミカテラ、モスターシェ)
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