第329話 ラタナアラートで行動開始! 【★】
「そういえば、里長と族長ってどう違うんだ?」
朝の食事の席でそんな疑問を口にしたのはバルドだった。
向かいの席に座ったリータが「ああ、大体同じ意味ですよ」と答える。
「里長は里の中で一番偉いエルフ、もとい総責任者を指します。族長は一族の長って意味も含めた感じなんですが……里ってそもそも全員親戚みたいなものなんで、まあどのみち指すところは一緒なんですよね」
とりあえず族長は種族の長って意味じゃないので注意してください、とリータは笑った。
例えばフォレストエルフの里長や族長がいたとしても、あくまで『その里の長』であり『フォレストエルフの長』ではないということだ。人間と同じである。
ただし異種族、特に人数の少ない稀少種の中には種族全体の長を据えているものもいるため、そういった異種族と交流するなら事前に文化を調べておいたほうがいいかもしれない。
そう話を続けたリータにバルドが感心したような顔をする。
「へー、なるほどな……」
「ああ、それ、元は里長のほうがポピュラーだったように記憶しているな! 我々は長命だが使う言葉の流行り廃りは人間と同じようにあるから、単語がごちゃ混ぜになりやすいんだよ!」
ナスカテスラは「里によると思うが!」と付け加えながらソーセージを齧る。
種族としての傾向で各里の風習は似やすいが、それでも完全に一致するものではない。姉妹里であるリラアミラードとラタナアラートですら外からの客人に対する対応が異なっていたくらいである。
リータは「たしかに里によって変わってきますよね」とうんうんと頷いた。
そして手元の料理へと視線を移す。
「……その、私としてはこれだけ肉料理を出すエルフ種の里があるってこともびっくりなんですが」
肉料理、といっても数種のソーセージと野菜と一緒に炒めた肉などだが、そういったものがずらりと並ぶエルフ種の食卓というのがリータには新鮮に見えるらしい。
しかもラタナアラートには食肉用の動物の飼育施設もあるそうだ。
そういえばフォレストエルフの里ミストガルデ以外のエルフ種の里に行くのは初めてのことだな、と思いながら伊織は肉を口に運ぶ。
相変わらず味は感じられないが、香草も含めて良い香りである。
そこへミカテラがリータに同意するように頷いた。
「フォレストエルフは菜食ですもんね。僕らもそうでしたけど、騎士団の任務で赴いた他のエルフ種の里は結構普通に肉とか食べてましたよ」
「う……羨ましい……、っあ、じゃなくて! ぶ、文化の違いがわかって羨まし……面白いですね!」
「リータ、隠しきれてないぞ」
ヨルシャミの笑い混じりの声にリータは真っ赤になって耳をぱたぱたと揺らす。
大食いというほどでもないが、リータは肉類も含めて食べることが好きだ。
伊織はベタ村の見送りの祭りで大層食べ過ぎていた彼女の姿を思い出して笑った。
「そ、それはさておき! 今日はどんな予定ですか?」
「真っ向から話題を変えたな……! ひとまずランイヴァルたちは当初の予定通り調査……まずは聞き込みか? 住人たちに当たってみるそうだ。私とイオリはナスカテスラの実家へ『呪われた魔力』を見極めるのに必要な道具を探しに行く」
「あ、俺もそっち行ってもいいか? なんか部屋で話を聞いてた限り、ナスカテスラの家の倉庫ってデカいみたいだしさ。力仕事要員ってことで」
バルドがそう提案するとヨルシャミは「願ってもない申し出だ!」と喜んだ。
ナスカテスラの実家は大きく、倉庫も相応の広さがあるらしい。
そして、昨晩ナスカテスラはまず最初にその倉庫を覗いた。先に道具を回収しておけば翌日からすぐに治療に当たれるから、と。
しかし記憶にあるより雑然とした倉庫はそれはもう整理整頓のせの字も見合わないような有様だったという。
恐らく追加で仕舞われた品々と、自室から移された物品でこのような状態になったんだろうとナスカテスラは予想していたが、ヨルシャミはヨルシャミで「元から酷い有様だったのだろうな……」と予想していた。
「日用品の物置にするなら自宅のほうが便利なのはわかるけど、ごそっと移すのは暴君が過ぎるよね……!」
「ナスカおじさんがなかなか帰らないからですよ。私もお母さんの立場だったら同じことしますし」
「くっ、この似たもの親子!」
叔父を迎えにきたついでに同席することになったステラリカは半眼でナスカテスラを見ている。
数百年も家を空けていればこうもなるだろう。
(そういえば……)
実家にお邪魔するということはステラリカの母、そしてナスカテスラの姉とも会うことになるのか、と伊織ははたと気づく。
ステラリカに似ているらしいが、ナスカテスラは尻に敷かれているようだ。
どんな人か気になるなと思いながら伊織は豆のスープを飲み干した。
***
――その後の話し合いにより、聖女一行の残りのメンバーは思い思いの行動をすることと相成った。
サルサムとリータはランイヴァルたちに同行して聞き込みをする。
人間は警戒されるかもしれないがサルサムの話術は高く、リータとミカテラと合わせて同じエルフ種なら警戒も薄まるのではないかという考えの結果だ。
静夏とミュゲイラはランイヴァルたちとは別行動で魔獣について探るという。
また、里長は聖女マッシヴ様には態度を軟化させているため、彼からも直接話を聞こうという目的もあった。
伊織たちは予定通りナスカテスラの実家へと向かう。
ウサウミウシは食事の席で肉類を凄まじい勢いで食べた後にカバンの中で寛いでいた――のが、最後に見た姿だ。静かなので恐らく今は寝ている。
(意思確認か……もうちょっと落ち着いてから訊こうかな、うん、夜にでも)
ウサウミウシの言葉がわからなくても、簡単な問いならどんな答えか伊織も理解ができるはずだ。
ただ、ウサウミウシに合わせるならこういった気遣いこそ不要なのだろう。
好きな時に好きなように問い掛けていいはずだ。しかし伊織としてはどうしても慎重に進めたい事柄だった。
(……きっと、帰してやりたいけど僕個人としては離れたくないんだろうな)
自分自身の気持ちは今までスルーしてきたが、ウサウミウシと離れるのはやはり寂しい。
とんでもないトラブルを起こすこともあった。
窒息させられそうになったこともあった。
だが仲間としてシァシァに立ち向かい助けてくれたこと、いつも傍にいて和ませてくれたこと、まるで自分とヨルシャミを祝うような仕草をしてくれたことを伊織は忘れていない。
コミュニケーションの必要性が薄いかもしれない、そんな生き物が見せてくれた交流は大切なものだとわかる。
そう考えている間に先行して進んでいたナスカテスラが「あそこだよ!」と指をさした。
白い壁のツリーハウスだ。
ただしツリーハウスだけでなく、下へと伸びたハシゴの先には家がもう一軒建っていた。樹上と地上の両方を利用した建物らしい。
そんな地上の家の傍らには丈夫な作りの倉庫が鎮座していた。こちらも大きい。
「上が実家、そこから繋がってる地上の家が後から増築したところだね!」
「昇り降りが地味に大変そうだな~……」
「倉庫は普段は鍵をかけてるんで、まずお母さんから鍵を貰いましょうか」
そう言ってステラリカは地上にある家へと入っていく。
しばらく経って共に出てきたのは――眼鏡をかけ、緑色のドレッドヘアーをポニーテールにした、ナスカテスラに負けず劣らずの高身長な女性だった。
※今回の収録イラストは女装要素があります
メイド服ネロとネコウモリ(イラスト:縁代まと)
※イラストがリンクのみの場合は左上の「表示調整」から挿絵を表示するにチェックを入れると見えるようになります(みてみんメンテ時を除く)





