第324話 姉妹里
セラアニスが目覚めたこと。
それを知った仲間たちは大層喜んでおり、リータから預かった伝言として「いつかまたお喋りできることを楽しみにしている」「貰った巾着を今も大切にしている」ことを伝えると、セラアニスは涙ぐみながら嬉しそうに微笑んだ。
今夜は出発前夜となる。
夢路魔法は眠りの質がいいほどヨルシャミの負担も軽くなるらしく、更には寝ている間に周囲を警戒しなくて済む環境は貴重ということで、今日は伊織の訓練の続きをすることになった。
セラアニスに報告を終えた伊織たちは小屋から出ながら彼女を見る。
「すまないな、セラアニス。まだ大事をとって休んでいてくれ」
「はい、ゆっくりさせていただきますね。……明日出発なんですよね、次はどこへ行かれるんですか?」
そう問われたヨルシャミは少し迷った様子を見せた。
次なる目的地はラタナアラート。セラアニスと同じベルクエルフの住む里である。
そこへと向かう理由は剣呑なもの。
彼女の故郷に関係あろうがあるまいが、今は負担にならないように伏せておこうと思っていたのだが――ラタナアラートには恐らく数日以内に到着することになる。
到着したところで黙っておけばいいが、ヨルシャミにはそれが良い選択肢にも思えなかった。
(もし故郷に関わる場所なら、セラアニスにとっては思い出したくないこともあるだろう。だが逆も然り。……ならばギリギリになってから伝えるのも酷だな)
ヨルシャミはセラアニスをしっかりと見た。
「次の目的地はベルクエルフの里、ラタナアラートだ。念のために訊くが、ここはお前の里——故郷ではないか?」
「私の……?」
きょとんとしていたセラアニスはハッとして手を叩く。
「そういえば里の名前を口にした時、ヨルシャミさんはまだ意識が覚醒してなかったんですね。私の住んでいた里はリラアミラードです。今も変わっていなければ……ラタナアラートとは姉妹里になりますね」
今度はヨルシャミがきょとんとする番だった。
エルフノワールもベルクエルフやフォレストエルフのように里を作って暮らすが、姉妹里というシステムとは馴染みがなかった。
「姉妹里とな?」
「私たちは里の外との交流を忌避しがちなんですが、天災等でどうしても立ち行かなくなった時にお互い頼るための同族の同盟……みたいなものです。特にリラアミラードとラタナアラートは同じ山の中にあったので、他の姉妹里よりも縁が深かったはず……」
私はあまり他の里の人と喋ったことはないんですが、とセラアニスは頬を掻く。
「ふむ、少し思っていたのと違っていたが……故郷が近いならば様子を見に行ってもいいな。セラアニスよ。お前はどうしたい?」
「私、ですか?」
「死の真相やその後の里について気になるならば、私は出来る限り明かしたいと思っている。逆に恐ろしくて蓋をしたいならばそれでもいい。この世には知らなくてもいいことがごまんとある故な」
これはお前の決めていいことだ、とヨルシャミは言いきる。
セラアニスはヨルシャミを見上げて目を瞬かせた後、やっぱりヨルシャミさんはお優しいですねと微笑んだ。
「……死んだ時のことは、今思い出しても怖いです。それが明瞭になったらもっと恐ろしいかもしれない。けれど気にならないと言えば嘘になりますし、それに……きっと、裏にいるのは皆さんの敵のナレッジメカニクスって組織だと思うんです」
セラアニスにとって目を背けたい記憶。
彼女の肉体がヨルシャミの檻として使われている以上、死の瞬間の記憶にはナレッジメカニクスが確実に関わっている。
恐ろしい記憶だ。真実を知ればその恐ろしさを補強してしまうことになるだろう。
だが、逃げていては得難い情報もたしかにあるのだ。
「私は……それを逃したくありません」
「――わかった、ではなにかわかり次第伝えよう。セラアニスはこの世界から外の音を聞いたり映像を見ることはできないのだな?」
「お、お恥ずかしながら……」
「ではその都度報告に来る。それまで、……」
ヨルシャミは苦虫を噛み潰したような顔をすると嫌々といった様子で指をさす。
人差し指の先にいたのは腕組みをして待機していたニルヴァーレだ。
「じつに、じっつに不本意ではあるが、そこのニルヴァーレという男にこの世界についてレクチャーを受けてくれ。知識があれば混乱することも減るであろう」
「おっ、やっとこの件で僕を頼ったね! 任せろ、もはや夢路魔法の世界に関してはヨルシャミより熟知してるぞ!」
やる気を漲らせるニルヴァーレを見ながらヨルシャミは口をひん曲げた。
張り切っている彼からは嫌な予感しかしない。
「それはいいが、くれぐれもおかしなことは教えるんじゃないぞ! あとなにがあろうとも脱ぐな! 絶対に!」
「ま、まあまあヨルシャミ、さすがにニルヴァーレさんもセラアニスさんの前なら脱いだりは――」
「ふぅん? まあいいけど……目の保養になるのにおかしなことを言うなぁ」
「……」
たった一言でフォローの言葉の意味が吹き飛んでしまった。
伊織は遠くを見つつヨルシャミの隣に立つ。
「……ニルヴァーレさん、脱ぐ展開は僕らふたりだけの時にしてくださいね」
「おやおや、イオリまでそんな――」
「僕らがふたりじめしたいので!」
本心ではない。
本心ではないが、ニルヴァーレが脱ぐ分にはもはや慣れたので自分たちの前でだけ行なわれるならいいかとは思っている。
伊織のその言葉を聞いたニルヴァーレは天啓でも受けたかのような顔をした。
そして「そうかそうか、なるほど!」となにやら嬉しそうに鼻の下を擦る。
それは調子に乗った時のヨルシャミに似ていた。
「そういうことなら仕ッ方ないね! 可能な限り君たちだけに披露するとしよう! 不可抗力は許してほしいが!」
「イオリ、さらりと私まで巻き込むな……!」
まあニルヴァーレの扱いは上手くなったようだが、とヨルシャミは小声で付け足し、伊織は褒められてるのかどうか悩みつつふたりに対して曖昧に笑ったのだった。





