第323話 裁縫マイスター 【★】
「セラアニスさん、ちゃんと目が覚めたんですね!?」
あれから一晩明けた翌日のこと。
夢路魔法の世界で眠り続けていたセラアニスが目覚めたことを知らせると、リータは「よかったぁ」と胸を撫で下ろした。目元にはうっすらと涙が滲んでいる。
傍目から見ても仲が良さそうだったふたりだ。
リータはセラアニスが眠りについてからもずっと気にかけていたのだろう。
そう考えながら伊織もつられてホッとする。
「話しながら一通り調べてみたが、魂の状態は安定しているようだ。今はまだ大事を取って動き回らないよう伝えているが、そのうち夢路魔法で作った空間という縛りはあるものの自由に動き回れるようになるだろう」
「本当に良かったです、あのまま消えてしまっていたら……あんまりにもあんまりでしたから」
私もそう思う、とヨルシャミは頷いた。
セラアニスはこの世界にヨルシャミを『返す』ために消えたがっていた。
元から不安定な存在だったため、自ら消える真似をせずともその時は近かっただろう。しかし一分一秒でも早く、という気持ちから自分の足で消滅への道を歩もうとしていたのだ。
その気持ちを変え、魂を回復させて安定させる道に導いたのはヨルシャミである。
何十年、何百年とかかる可能性もあった。
それでもやり遂げよう、見守り続けようと考えていたことだ。
結果的に短い期間でそれは成り、後遺症もなく会話できるところまで回復したのは僥倖に他ならない。
「あとは肉体をどうするかだが、旅の道中で良い情報がないか集めつつといったところだ。皆もなにかあれば噂話程度でもいい、知らせてくれ」
「体を作り出す魔法とか魂を移す魔法とか、そういうやつだな?」
「そこまでピンポイントなものがあるかはわからんが、まあそういうものであるな」
ヨルシャミはミュゲイラの言葉に首を縦に振った。
もし惜しい性質の魔法でも、自らそういった魔法を作り出すことになった際の参考やベースになるかもしれない。
せっかく様々な土地を旅しているのだ、情報収集に活かさないのはもったいないなと静夏も頷いた。
「……まだ直接は会えないけれど……いつかまたお喋りできるのを楽しみにしてます、って伝えておいてください」
あと頂いた巾着を大切にしてるってことも、とリータは言う。
最後にセラアニスが贈った巾着は各々好きな目的に使っている。
伊織は「次に会った時にしっかり伝えます」と笑みを返した。
***
王都にも『旅人を見送るために祭りを開く』という習わしがある。
この習わしが根付いていない地域や元から影も形もない地域も存在しているが、どうやら王都はベタ村のように盛んなようだった。
結果、伊織たちは一部の近しい親戚と王族からは王の長女と孫の一行として、そして事情を知らない者には一時滞在していた聖女マッシヴ様一行として見送られることとなった。
これが長い。
とても長い。
下手をすると見送りの祭りで滞在期間が一日伸びてしまうのではないか、と心配するほどだった。
――なお、この祭りでもミリエルダのオニオンフライじみたクッキーが振る舞われ、ついに伊織だけでなくバルドやサルサムも強烈な洗礼を浴びることになった。
見た目はただのクッキーなので伊織も油断して事前に注意できなかったのである。
聞いたところでは『お茶会』は王族や貴族の間では菓子を楽しむ場というより、会話や情報交換の場として開かれることが多いらしい。
ミリエルダも伊織の味覚の件は知っているはずだ。
伊織は気にしていなかったのだが――複雑怪奇な表情を浮かべるバルドとサルサムに「香りも楽しめるようにしたの、如何?」と本心からの善意といった笑顔で訊ねているミリエルダを見るに、それなりの配慮はされていたらしいと後から気づいた。
(配慮が配慮になっていたかはともかく……!)
ふたりにお茶を運びつつ伊織はそう何度も思った。
***
祭りの最中、なにやら大量のメイドたちに囲まれていたのはリータだった。
骨付きチキンを豪快に齧っていたミュゲイラは遠目にそれを見つけ、妹が詰め寄られているような雰囲気だったため、のしのしと大股で近づいて声をかける。
「おう、どーしたー? なんか厄介ごとか?」
「お姉ちゃん! その、じつはこの人たちが――」
そこでメイド数人がずいずいっと前に出た。
「王宮へ来られた際に着ていた召し物をお預かりしていたのですが……」
「その裁縫技術が素晴らしくて!」
「しかもベル様から聞きました、驚くほど短い時間で完成されたとか……!」
「今日やっとあれをリータ様が作られたと突き止めたので、ぜひ技術の伝授をしてほしいとお願いしていたのです!」
先ほどリータに押し合いへし合い話しかけていたのと同じ勢いで説明され、ミュゲイラは思わず半歩退いた。
肉体的にはここにいるメイド全員を纏めて持ち上げられるが、それでもこれだけ押せ押せだとたじろぐというものである。それを見てリータは両耳を下げた。
「こ、こんな感じなの。本当に伝授するほどのものじゃないんですってば……!」
あたふたとするリータにミュゲイラは目を細めて笑った。
メイドたちの勢いはともかく、妹の技術が認められるのはやはり嬉しいものだ。
「えっと、あの服は差し上げるので、どうか独自に研究を――」
「さすがに完成品から調べろっつーのは難しいだろ~。なあリータ、まだ時間もあるし後で実演してやったらどうだ? お前ならできると思うぞ」
「実演?」
「教えるほどのことじゃないと思ってるんだろ? でもこの人らは知りたがってる。そんなに知りたいなら……実際に目にすりゃ学べることのひとつやふたつあるんじゃないかと思ってな」
まあ実演も面倒だろうし決めるのはリータだが、とミュゲイラは付け加えた。
そしてこっそりと耳打ちする。
「……みっちり教えるのは時間がかかるだろ、メイドたちがとりあえずこれで納得してくれるならいいと思ってさ。けどもしマジで嫌ならなんとかする。どうする?」
たしかにこのままだと出発するまで追い縋られそうだ。
リータはしばらく思案し、そして「……うん、わかった。じゃあこれから使う夏服を一着作りますね!」と頷いた。
祭りが予定通りに終わるなら明日の朝に出発することになる。
今の時刻は昼を少し過ぎた辺りだ。
つまり、リータはこの短い期間で服を一着作ると言ったのだ。
しかも手抜きのものではない。メイドたちの学びになるほど精巧なものを、だ。
それが伝わったのかメイドたちは目をキラキラさせる。
結果、リータが王宮内のメイドたちに『裁縫マイスター』なる謎の称号で呼ばれることになるのはまた別の話である。
リータ(絵:縁代まと)
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