第30話 ロアーナレディス
ヨルシャミはどこへ行ったのか?
それがわかったのは伊織が静夏たちと分かれて二十分ほど経った頃で、向かう先の右手側にある店が騒々しいことに気がついた時だった。
ワインレッドの壁が目を引く店で、店名が白い文字で書かれている。
ショーウィンドウの向こうには個性的なポーズを取るマネキンが並んでおり、服屋さんかな、と伊織は視線を向けた。
「待て! 掴むな! こんな派手なもの着れるはずがないであろう、がっ!」
「ヨルシャミ……?」
漏れ聞こえる声は明らかに聞き覚えのあるものだ。
恐る恐る中を覗き込もうとしたところで出入口のドアがバンッ! と開いて伊織の鼻先を掠める。
冷や汗を流しているとドアの向こうから現れたヨルシャミが髪を綺麗に結い上げられ、フリル満載の桃色のドレスを着ていることに気づいて二度見した。
「は!? イオリ!? なぜここに――ぐわっ!」
「うぎゃっ!?」
飛び出したヨルシャミは呆けた伊織に激突して倒れ込む。
急いで起き上がって逃げようとするが、慣れない服のせいでもたついていた。そこへ店の中から男女様々ないくつもの声がかかる。
「お待ちなさい、まだイヤリングとネックレスが残ってるわよ!」
「クリスちゃ~ん、ネイルの用意もお願い!」
「イエッサー!」
「メロネちゃんは髪飾りを! 突き当りの棚のA-7の箱よ!」
「アイアイサー!」
凄まじい勢いとコンビネーションである。
伊織が呆然としているとヨルシャミがガバッと顔を上げた。
「イオリ! 助けろ! 最高にヤバい奴らに目をつけられてしまった!」
「なんなんだこの状況!?」
今まで聞いた中で一番切羽詰まったヨルシャミの声。
夢の中で助けを求めてきた時よりも必死に見える。否、あの時よりも必死だ。
伊織は慌てつつも状況を整理しようとするが、脳が追いつかない。
ヨルシャミを店内へ引き戻そうとしているのは禿頭の大男と扇を持った煌びやかな女性で、指示を受けて忙しなく動き回っているのはモヒカン頭の女性と癖毛の男性だった。
恐らくモヒカン頭の女性がクリスで、パンク衣装のような黒を基調とした服を着ている。短いスカートから覗く足には刺青が入っていた。
癖毛の男性はメロネだろう。一目で男性とわかる体つきだったが、体のラインにフィットするタイプのドレスを着ていた。薄化粧でそれがよく似合っている。
禿頭の大男はメイク担当らしく、腰にメイク道具一式をベルトでつけていた。
伊織の聞き間違いでなければ女言葉を喋っていた気がする。
「あら? そちらの方はお知り合い?」
伊織に気がついた煌びやかな女性が首を傾けた。
返答に困りながらも伊織はこくこくと頷く。
「驚かせてごめんなさい、わたくしファッションショップ『ロアーナレディス』の店長ロアーナよ。ヨルシャミさんには同意の上でモデルをお願いしていたの」
「ど、同意の上……?」
「なにやら珍しい服が見えたから中を覗いていたのだ、するとロアーナが出てきてここでも好きなものを選んで良いと言う。しかし私はどうしてもすぐには選べぬほど気に入ったものがふたつ出来てしまった!」
「そこで片方をモデルのお代として差し上げる契約を結んだのよ」
なるほど、と納得した伊織はヨルシャミの肩を叩く。
「約束したならちゃんと果たさないと」
「こんなヒラヒラフリフリキラキラばかり着せられるとは思っていなかったのだ!」
最高に後悔しているという顔でヨルシャミは両手で顔を覆った。
ナレッジメカニクスから拝借してきたという元々着ていた服もガウチョのようになっておりヒラヒラとしていたが、ヨルシャミはヒラヒラフリフリキラキラと三つも揃っているのが引っ掛かるらしい。
要するに童話のお姫様のような状態になるのが嫌な様子だ。
しかしきちんと契約したのならそれは守らなくてはならない、と伊織は思う。
店内には様々なジャンルの服がひしめきあっており、必ずしも好みの服を着ることができるとは限らないとわかっていたはずだ。
居場所もわかったことだし自分は母さんたちのところへ戻ろうか。
そう伊織が考えているとロアーナが「そうだわ!」と手を叩いた。
「じつは試作品のペアの服があるの。けれどイメージが固まりきらなくて煮詰まってて……イオリ君、だったかしら。この子とペアを組んで協力してくださらない?」
「えっ!? ぼ、僕も?」
「もちろんあなたにもお礼は差し上げるわ。お願い、あの服はあなたたちくらいの年齢の子にピッタリなの……!」
心底困っている。
協力してくれたらとても嬉しい。
そんな感情を駄々流しにしながらロアーナは言う。
これも人助けになるのだろうかと伊織は思案した。ちょっと違う気がする。
しかし断ればロアーナは再び困ってしまうだろう。何にでもYESと言ってしまうのは優しさではない、とわかってはいるが――伊織はしばらく悩み、しかしどうしても断る言葉が出てこず、少しの間でよければと頷いたのだった。
***
ピンク色のドレスを着たヨルシャミと組まされ、伊織が身に着けることになったのは薄青いタキシードだった。奇抜なデザインではないが衣装に着られているような気分になり気が気でない。
胸ポケットに薄ピンクの薔薇を挿し、しばらくふたりで並んで静止する。
「いいわ、思った通りの出来! 色は淡いのにデザインをうるさくしたのも正解ね、わたくしの好きな雰囲気に仕上がっているわ」
「ロアーナさん、スケッチ完了したっす」
クリスの描いた絵を受け取り、ロアーナはその周りに感じたことや改善点などを高速で書き込み始めた。
写真技術がないためこういう形で保存しておくらしい。
ヨルシャミが小さく溜息をつく。
「どうやらそろそろ終わるらしいな、やっと解放される……」
「そういえばヨルシャミが欲しかったものって何なんだ?」
「ああ、杖を背負って持ち運べるホルダーがあったのだ、珍しい故に目に留まってな……私の杖は今は手元にないが、いつかは取り戻すつもりだ。その時に使いたい。この体だと常に手に持っているのも疲れる故な」
ヨルシャミの愛用していた混沌従者の杖イデアスクワィア。
恐らく夢路で伊織が痛い目を見た杖だろうが、置いてきたもののいつかは取り戻したいと思っている程度には愛着があるらしい。
(そういや我が愛する~とか言ってたもんな……愛用の杖だったってことか)
早く取り戻せるといいな、という気分になっているとヨルシャミが部屋の奥に置いてあるマネキンを指した。
正しくはそのマネキンに着せられている服を。
「二つ目はあれだ」
袖が広がった上着に、一見してスカートのようだがガウチョに近い形状のパンツ。
その上に黒く短いケープを着ており、ケープの合わせ部分には赤い封蝋を模した装飾が付いていた。どうやらセットの商品のようだ。
「故郷の民族衣装に似ていてな、どうせ選ぶなら似たものにしようかと思ったのだ」
まあどれでもいいのだが、などとヨルシャミは言う。
しかしモデルの仕事を受けるほど二択から選べない状態だったのだ。自分で言ったことも忘れてちょっと余裕を見せようとしてるなこれ、と伊織は察した。
「……なんだ? 妙な顔をして」
「あ、いや、べつに」
伊織は誤魔化すようにもう一度マネキンの服を見る。
日本人の感覚で見るとだいぶ女物に近い服だが、今着ている服も形状が近いためヨルシャミが住んでいた地方のファッションには男女差があまりないのかもしれない。
なんであれ個人個人が好きな服を楽しめればいいな、と伊織は思う。
その時ロアーナの嬉々とした声が聞こえてきた。
「できた! 完成ですわ!」
「おお! では私たちもお役御免――」
「いいえ、次の服が待っているわよ!」
は!? とヨルシャミは口を半開きにする。
まさか一着だけではなかったとは。
たしかに試作品とは言っていたが一着だけとは言っていない。
ヨルシャミに関しては完全に契約内容の確認不足だったが、それは自分にも言えることではないか。
そう小さな後悔をしながら、伊織は次に手渡された服を見下ろして唸った。





