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【本編完結】マッシヴ様のいうとおり  作者: 縁代まと
第八章

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第297話 無理に消さなくてもいい

 全員総出でウサウミウシを確保し、着替えてから夕飯を済ませる。

 イリアスは色々と――まさに色々と堪えたらしく、夕飯の席に姿を見せなかった。


 ゴーストスライムの侵入経路についてはまだ調査中だが、恐らく例の王都近くで起こったゴーストスライム大量発生事件の現場を通りかかった旅人の中に潜んでいたのではないか、というのがナスカテスラの予想だ。

 そちらの調査はメルキアトラ主導で進められ、詳細がわかり次第伊織たちにも知らせてくれるという。


 静夏たちは討伐からの連戦だったため、今夜は早く休もうという話になったが――休むことになったからといって、すぐにリラックスなどできない者も中にはいた。

 その中のひとりがリータである。


(部屋にひとりでいるのも落ち着かないし、だからといって寝るには早いから出てきちゃったけれど……)


 勝手に出歩いて怒られないかな、と思いながら周囲を見る。

 王宮の中には中庭の他にもいくつかの庭や開けた場所が作られており、それは伊織の祖母であるミリエルダが緑を好むからだと人づてに聞いていた。

 幼い頃から森の中で暮らしてきたリータとしても落ち着く空間だ。


 特に今立っている庭には青々とした木が多くほっとする。

 剪定された木は故郷のものとは様子が違っていたが、生きる糧としても自然の一部としても木々を大切にする文化で育った影響か、栄養状態が良い木を見るとそれだけで心安らぐのだ。

 人間の感覚に当て嵌めると、愛情を注いで育てた可愛い家畜を見ている時のそれに近い。


(ここの木は病気の兆候もないし土も質がいいし、日光が当たる角度も考えられてて元気みたい)


 いい場所に植えてもらってよかったね、と幹を撫でつつ考える。

 緑に愛情を注げるミリエルダとは会話してみたいが――リータは姉ほど王族に分け隔てなく接することができないでいた。

 ミリエルダやアイズザーラより遥かに長く生きているが、身分や階級というものは大切なシステムだと理解している。


 それでも伊織や静夏への接し方を変えないのは、彼ら彼女らがそれを絶対に望まないから。

 そしてリータも望まないからだ。


(私が望まないのは……うん、好きだから)


 伊織のことも、静夏のこともリータは好きだ。

 そして伊織へ向ける憧れから芽吹いた感情は――ヨルシャミとの関係の成就を知った後も、なぜかそのままだった。

 やっぱり簡単には諦めきれないんだなぁ、とリータは木の幹に額を寄せる。


 ふたりが上手くいけば諦められるかもと漠然と考えていたが、その予想は外れたわけだ。

 だからといって絶望はしていない。

 次はどんな手で諦めよう、などと考えながら心の揺れを楽しんでいる。


(これは恋を知らなかった私にはなかったもの。長い時間得ることすら頭になかったこと)


 だからこそ、楽しいのである。

 しかし心が落ち着かないのは少し疲れたからだろうか。

 楽しいこともやりすぎればいつかは疲労する。


 子供の頃、ミュゲイラと共に時間を忘れて遊び回り、帰るなり疲れて眠ってしまったことを思い出していると――後ろから声をかけられてぎょっとした。


「ああ、すまない。驚かせたか」

「サ、サルサムさん?」


 振り返るとどこか所在なさげな顔をしたサルサムが立っており、きょとんとしたリータはすぐ理由に思い当って破顔する。


「今回はすぐわかりましたよ、心配して来てくれたんです?」

「まあ……そんなところだな。それに王都は北のほうより暖かいとはいえ、夜はまだ肌寒いだろ」


 サルサムは部屋から持ってきたらしい替えの上着をリータに差し出す。

 ということは部屋を出た時から気取られていたのだろう。すぐに声をかけなかったのは気遣いによるものかもしれない。

 リータは上着を受け取りながら、随分と心配をかけてしまっているんだなと視線を落とした。一般的な人間にとってはきっとつらい状況なのかもしれない。


 いや、リータとしてもつらいのだ。

 その中に楽しさを見出しているというだけである。


 サルサムは自分を妹のように感じて気をかけてくれているようだが、何度も向けられる心配する心はいつも的確なタイミングで、それだけわかりやすく表に出ているのかなとリータは思った。


「サルサムさん、私、ちゃんと今のこの心境も楽しんでるんですよ。だから……」

「楽しんでることを疑ってはない。あー……その、心配するのは性分のようなものなんだ。ミュゲイラが妹を心配するようなものだと思ってほしい」

「……お姉ちゃんも心配してました?」

「妙にべたべたくっついてたろ」


 ああ、あれが……とリータは頬を掻く。

 たしかに言われてみればそうだ。

 そこまで考えてリータはゆっくりした動作で口元を手で覆った。


 普段のリータなら姉の挙動からなんとなくなにを言いたいのか、なにをしたいのか感じ取ることができる。

 もちろんすべてではないが、今回ほどあからさまなら気がついたはず。

 それがサルサムに言われるまでちっともわからなかった。


「それに心配するなってほうが無茶だぞ」

「え?」

「夕飯はほとんど食べてなかったし、気がついたら廊下を逆走してるし、なんだか常にボーッとしてるし、あと……」


 一瞬言葉に詰まったサルサムは「言わないのも酷か」と軽くリータの服を指さした。


「前後逆」

「……っえ!? 前後逆!?」

「わかりにくいデザインだから初めは気づかなかっ――ここで直そうとするな、落ち着け!」


 その場で服を反転させようとするリータをサルサムは慌てて止める。

 ハッとしたリータはこれすらミスに思えて両耳を下げた。


「じ、自覚してないだけで結構動揺してたんですね、私」

「やっとわかったか……」


 上着を持ってきてくれたのは服の前後の件もあったのかもしれない。

 そう思うと途端に恥ずかしくなり、リータは赤くなって俯いた。


 サルサムは自分の頭に触れつつリータを見下ろす。


「……本心から楽しめるとしても、つらいものはつらいんだろ。どこかで息抜きすべきだと俺は思う」

「つらいものは、つらい……」

「今は第三者目線の意見を信じてもいいんじゃないか?」

「……」


 リータは下げた視線を自分とサルサムの足元で行き来させ、少し冷えた夜風が頬を撫でたところで顔を上げた。


「失恋が確定したことは、たしかにつらいんです。その……今まで合間合間にイオリさんに感じていた恋心からの嬉しさとか、そういうものを今後もし感じてしまったら、それが罪になりそうで怖い。けどイオリさんがヨルシャミさんと一緒になって、これからもふたりで生きてくれることが心から嬉しい」


 その両方が本心であるが故に、リータはどうにも気持ちの置き所がわからなくなっていた。

 セラアニスもこんな気持ちだったのだろうか。そんなことを思う。


「本当ならそういうつらさを感じた時点で距離を置くのが良いんだろうが……この状況じゃ難しいからな。しんどいだろ」

「……本当はもっと嫌だなって思うことがあって……」

「もっと嫌なこと?」


 自然な口調で先を促しながらサルサムは首を傾げる。

 サルサムはサルサムで、ここでリータがやっと吐露しようとした言葉を止めないほうがいいと感じていた。

 一度せき止めたものは次に発散するタイミングをよく逃してしまうものだ。


 リータは逡巡した後、木の葉のざわめきを聞きながら、しかしそれに掻き消されない声ではっきりと言った。


「だっ……だめな奴って思われるかもしれませんけど、失恋が確定した後も私……イオリさんが好きで、諦められてなくって」


 楽しいと思う反面、リータはそれが申し訳なくてつらかった。

 どうしても心配をかけてしまうことに対する申し訳なさに似ている。


 サルサムは極力困った様子を見せないようにしながらリータの頭を軽く撫でた。

 許可なく触れるのは失礼だが、リータは気にしないと知っているからこそ撫でておきたいと思ったのだ。

 妹のように思っている者が落ち込んで悩んでいるなら、これくらいはしたい。

 そんな気持ちで撫でながら言う。


「そんな簡単に切り替えられるものじゃないだろ、それは人間もエルフ種も一緒だ。それに俺は……」


 サルサムはイオリを想い、ヨルシャミを気遣い、セラアニスを応援しているリータを思い返す。

 じつに不可思議な生き方だった。

 当初は理解不能だったが、その新鮮さは目を瞠るほどのもので、今では好ましくさえある。


「……リータさんのその気持ち、無理に消さなくてもいいと思うぞ」

「消さなくていい……?」

「つらいのをつらいまま放っておくのは良くないが、リータさんは楽しめてる。ただ今回はちょっと器から零れたみたいだな。そんな時に発散が必要ならいつでも付き合ってやる。話すだけでも楽になるかもしれないしな」


 本当にどうしようもなくなって、楽しむことができなくなったら、その時はミュゲイラも含めて一緒に考えよう、とサルサムはぎこちなく笑った。


「だから、その気持ちも無理に消すな。心に残ってるからってすぐに迷惑に繋がるわけじゃない」

「けど、もしふたりに知られたら――」

「心許ないかもしれないが、俺たちがサポートする。……で、これはさっき言ったんだが」


 サルサムはリータの頭から手を放して言った。


「ここまでするのも、それが俺の性分ってだけだ。こっちも無理はしてない」

「……」


 リータは目を瞬かせ、そして気が抜けたように笑うと頷く。


「はい、わかりました。これから自然と想いが変わるまで、イオリさんが好きだって気持ちはそのままに――っえ……あれ、あれ?」


 笑んでいたというのに目からぽたぽたと涙が零れ落ち、リータは驚いた様子で目元を拭った。

 しかし涙は止まらず、拭ってもただ目元が赤くなるだけでどうしようもない。


「す、すみません、……っその、好きだって、失恋してから直接口に出したのが初めてで、なんか……っあ、わー、情けないですねこれっ……!」


 笑って誤魔化すリータにサルサムは面食らいながらハンカチを探したが、普段着ではないこともありそんな気の利いたものは持ち合わせていなかった。


「さ、さっきも言った通り、発散は必要だ。いいか、泣くことは情けないことじゃない。今のリータさんに必要なことだって体が判断しただけだ。……だから我慢しなくていい」

「けど私、こんなことで泣くなん、……ッて、……っふ」


 我慢強い、というのがリータ自身が自覚している性格だ。

 その自負が打ち砕かれる不安と、ここでなら良いんじゃないかという気持ちが湧いてきたところで、リータは堪えきれなくなって口元を押さえたままよろよろと前進し――サルサムの胸元に寄り掛かった。


「!?」


 サルサムにとっては青天の霹靂である。

 両腕を跳ね上げるもリータを引き剥がすわけにもいかず、アタフタとしている間にリータが声を上げて泣き始めて余計に慌ててしまう。

 泣いていいと言ったのはサルサムだがこれは想定外だった。


(こ……こういう状況になった場合、どうするのが正解なんだ……!?)


 落ち込んでいる妹を元気づけるために相談に乗り、励ますくらいはしたことがある。その体験を元にさっきは対応することができた。

 しかしサルサムの妹たちは泣かない。

 サルサムを嫌っている妹も、兄として普通に接してくれる妹も、どちらも泣いたことがないのだ。


 これは自分に寄り掛かり大泣きする女の子に自分の考えだけで接しなくてはならないという、そんな状況だった。


「……」


 こんなにも泣くほどつらかったんだな、とサルサムはリータを見下ろす。

 そして両手をしばらく彷徨わせた後、それを緩く背中に回してぽんぽんと叩くように撫でた。

 色々とかけたい言葉が浮かんできたが、今はなにも言わずに泣きたいままにしておいたほうがいい。そう思ったのだ。


 両手は自分が拒絶していないことを示したかったのと――なぜかこうしたかった。

 自分の考えで接し方を決めたらこうなったのだ。


 冷たい夜風がふたりを避けるように吹いていく。

 部屋に戻る頃には冷え切っているかもしれないなと思い――しかし撫でる手から伝わってくる体温があまりにも温かくて、サルサムはその考えをすぐに取り払った。


     ***


 ――と。


 たまたまだ。たまたまちょっとお酒でも貰おうかなと部屋を出たのだ。

 おかしな夢を思い出してしまい、今夜は上手く寝付けない気がした。

 その問題への先行投資である。


 しかしとんでもない光景を目撃してしまったバルドは曲がり角に隠れて驚愕の表情を露わにしていた。


(っえー! えーッ!! あのふたりそういう感じだったのか!? 伊織とヨルシャミはともかく!?)


 庭の木下で抱き合うふたり。

 バルドにはリータとサルサムがそう見えていた。

 体勢としてはさほど間違いではないが、関係としては正解とは言い難い。


 バルドはじりじりと壁沿いに移動すると、物陰に隠れつつリータとサルサムたちから離れて厨房へと向かった。

 普段のサルサムなら気づかれそうだが、どうやら今回は本人もそれどころではないのか成功したようだ。


(いやー……そういうのに全然興味ないのかと思ってたが、そうかー……)


 伊織たちと合流するまではバルドはサルサムを妻子持ちだと思っていたが、認識を改めてからは女っ気のない奴だと思っていた。

 それがいつの間にかリータと悪くない仲になっていたのなら仰天ものだ。

 しかしバルドとしては悪い気持ちにはならない。


(面と向かって祝福してやりたいところだが、ふたりとも言ってないってことは隠したいのかもしれないしなぁ)


 伊織とヨルシャミがカミングアウトしたこのタイミングこそ狙い時だぞサルサム、と心の中でアドバイスしつつ、でもなにか理由があるのかもしれないしなとバルドは思い直す。

 見当違いな気遣いだったが本人は知る由もない。


 思いがけず得た衝撃でなんだか酒無しで眠れる気がしてきたが、まあとりあえず厨房には行ってみよう。

 そう思いバルドが足を進めていると、道行く先――廊下の突き当りに三人の人影が見えた。


(なんだ? 静夏とミュゲイラと……ええと、シエルギータ?)


 こちらの世界における静夏の弟だ。

 静夏とミュゲイラはともかく不思議な組み合わせだな、と思いつつ、挨拶でもしようと歩み寄っていると。


「ミュゲイラ、今日の共闘はとても価値あるものだった。どうだ、俺の伴侶にならないか!」


 シエルギータがミュゲイラと同じくらい大きな手で片腕を握り、快活な笑みを浮かべてそんなことを口にした。

 聞き間違いなど起こるはずもないくらいはっきりと言った。

 バルドは再び驚愕の表情を露わにする。


「こっちも!? なんなんださっきから!?」

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