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【本編完結】マッシヴ様のいうとおり  作者: 縁代まと
第八章

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第294話 嫌なものは嫌なので

「ヨルシャミ、そのっ、ごめ――」

「助けてくれたことに礼を言うぞ、イオリ」


 伊織が謝罪を口にする前にそう言ったのは、他でもないヨルシャミ本人だった。

 色々と、本当に色々と先走りすぎたせいで怒らせたのでは、と思っていた伊織は気の抜けるような声を漏らして首を傾げる。


「どう、いたしまして……でも、その、怒ってないのか……?」

「まあ本来なら怒るべきなのだろうが……初めにヘマをしてお前に決断を迫る状況を作ったのは私故な」


 それに気持ちもわかる、とヨルシャミは目を伏せつつ、しかし! と前のめりになった。


「なぜ私より先にイリアスにした!? 近場からというのはわかるが状況的に私からのほうが順当だろう……!?」

「そこは怒ってるんだ!? そ、その、ごめん、なんか……間接キスになると思ったら嫌で……どのみちそうなるんだけど、こっちのほうがマシというか……」

「めちゃくちゃ私情を挟んだのだな!?」


 挟みました、と情けなさそうにしながら伊織は何度もこくこくと頷いた。


 大人のカップルならば間接キスだのなんだの気にすることはないのだろうが、精神年齢はまだ学生な伊織としては気になる。とても気になる。

 しかもよりにもよって『自分』を介して行なうなど言語道断である。


 伊織は咳払いをして改めて言った。


「こ、今回のパターンも嫌だけど、その逆のほうが更に嫌だなって思ったんだ」

「イリアスに私との間接キスを体験させるのが、か。……そ、そういうことなら、まあ、仕方あるまい、不問にしよう! 安心するがいい! ははは!」


 なにかを誤魔化すように勢いだけで言い放ったヨルシャミは伊織の頭をぼふぼふと撫でる。

 まんざらでもない様子で揺れる耳は再び赤くなっていた。

 そして――


「さあて! 水を差してすまないが、退治の続きとゆこうか!!」

「うわぁ!」

「ぬわぁ!」


 ナスカテスラの存在を一瞬忘れていた伊織とヨルシャミは大声に飛び上がる。

 その様子をてナスカテスラは笑いながら言った。


「まさに仲良きことは美しきかな! 俺様は祝福するぞ、二万回くらいね! ……その第一回を行なうためにも、早くこんな魔物は蹴散らしてしまおうじゃないか!」


 仲間にもちゃんと報告したいんだろう? とナスカテスラはウインクしてみせる。

 伊織とヨルシャミは顔を見合わせ、そして笑みを浮かべ合う。


「……っはい!」

「うむ……私も残った余力で善処しよう」


 そう答え、ふたりは再びゴーストスライムと向き合った。


     ***


 走るランイヴァルに抱えられ、その振動に身を任せながらイリアスはようやく『危機が去った』ことを実感して体の力を抜いた。

 そして寄生されてからのことをゆっくりと思い出す。


 ゴーストスライムが感じ取った大きな魔力の気配。


 それを確認しに行く道中、動きを慣らすついでなのかゴーストスライムはイリアスの体で人々を襲い、時には魔法で建物を破壊した。

 広場に現れた際に連れていたのはその時に襲って仲間にした住民たちだ。


 襲った人の中にはイリアスに良くしてくれる者もおり、壊した建物の中にはよく足を運ぶ店もあった。


 イリアスはまだすべてのものに情けをかけたり、それを好きな第三者の気持ちをおもんばかる器は育っていない。

 しかし自分の好きなものや愛着を持っているものには思うところがある。


 もうやめてくれ、と何度も何度も口にしたがゴーストスライムが聞き入れることはなく、そして助けてくれる人もいなかった。

 きっとそのうち、この意識もゴーストスライムに飲まれて消えてしまうのだろう。

 不安と恐怖に慄いていた時、広場で甥たちに出くわしたのだ。


(ゴーストスライムが中に入ってるからかよくわかった……あいつや、あいつの仲間の魔力量がとんでもない、って)


 だからこそプライドもなにもかもかなぐり捨てて助けを求め、そして伊織はイリアスを助けた。あれだけ険悪になっていたのに見捨てずに助けたのだ。

 ――方法はしばらく夢に出そうなものだったが。


 イリアスは視線を泳がせつつランイヴァルに言う。


「……お前、僕の姉の護衛なんだろ。離れていいのか」

「ご配慮感謝します。ですがこの緊急事態中は『オリヴィア様』ではなく『聖女マッシヴ様』として接するよう言われているので……ならここで一番優先すべきは王族のあなたです、殿下」


 だから大丈夫ですよ、とどこか子供に言い聞かせるようにランイヴァルは答えた。

 ランイヴァルは広場での静夏の戦いっぷりを見ている。

 いくら緊急事態でも護衛として離れるわけにはいかない――と、その時までは思っていたのだ。他人のふりをしながらでも出来ることはあるのだから。


 しかし、まるで鬼神のような戦いぶりにその考えは変わった。


 むしろ自分がいた方が邪魔になる。

 実際はそうでないにせよ、そう思ってしまう勢いが確かに存在していたのだ。

 ゴーストスライムに物理攻撃が通る僅かな隙を突き、豪速で振るわれた右腕は的確にコアを砕き、その速度と威力は騎士団の一部の者が持つ魔法剣やランイヴァルの水魔法による攻撃を遥かに凌いでいた。


 肌でそれを感じたランイヴァルは自分が静夏を守るより戦闘不能になったイリアスを責任持って離脱させたほうがいい、と判断したのである。

 実際、そのおかげで静夏や伊織たちだけでなく遠巻きに状況を確認していた騎士団やシエルギータたちの心理的負担も軽減されていた。


「殿下」

「な、なんだ」

「きっとゴーストスライムはマッシヴ様たちに根絶やしにされますよ。建物も直せばいいのです。住民が死んだという知らせもまだありません。……だから大丈夫です」


 まるで自分がずっと不安がってるみたいじゃないか、とイリアスは噛みつきそうになったが、ランイヴァルの言葉に心から安堵したのも事実だった。

 イリアスは否定も肯定もできず、ただ一言「……そうか」と小さく答える。


 そして、皆様が戻られた時に元気な姿を見せて出迎えましょう、と言うランイヴァルに頷くことだけで答えを返した。

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