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【本編完結】マッシヴ様のいうとおり  作者: 縁代まと
第八章

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第290話 影の針 【★】

 ヨルシャミが回復し始めていた自分の影を再び集める。


 濃さは円盤状にした時よりも大分薄いが、作り出したのは待ち針のような小さなものだったため量は十分のようだった。


 宙にずらりと並んだ十五本の黒い針。

 ヨルシャミはその背を右手の指で順に撫で、一本ずつ狙いを定めて寄生された人間に向かって撃ち出す。


 一人目は胸元。

 二人目は頭。

 三人目は右腕。

 四人目は太腿。


 寄生後にゴーストスライムが居座る位置は決まっていないらしい。

 その位置を的確に『視る』ことができるヨルシャミだからこそできる芸当だった。

 そんな地味ながら精密な作業に目を瞠りつつ、ナスカテスラも傷が付くなりすぐさま回復魔法をかけていく。

 ヨルシャミは攻撃と同時に回復魔法を使えないため、このおかげで射貫くことに集中することができた。


 ただし影の針の生成と制御には多くの魔力を使う。

 そして今なおベルクエルフの体と闇属性は相性が良くないため、十人目を相手にする頃には鼻血が顎を伝い滴り落ちていた。


(しかしやはり……戦って検証してみたが、闇属性が一番ゴーストスライムへの効きが良い。それに人体への影響を極力小さくするなら影の針が有効だ)


 ヨルシャミは鼻血を舐め取って地面に吐き捨て、残りの五人がこちらへ到達する前に再び狙いを定め――そして自分にまで回復魔法をかけられてギョッとした。


「わ、私はいい。あいつらに集中しろ! 私は継続ダメージを受けているようなもの、回復し続けるなど非効率的だ!」

「なーにを言う! 俺様はナスカテスラだぞ! どれだけの対象を一気に癒せると思っている? これくらい集中を乱す要因になりもしない!」


 だから任せろ、とナスカテスラはヨルシャミの背を叩いた。

 その背に触れた手の平からさえ回復魔法の効果を感じ、ヨルシャミは目を見開く。


 一時的な回復量はヨルシャミの使う死に物狂いの回復魔法のほうがやや高いが、ナスカテスラのそれは安定感と持続力が半端ないものだった。

 そして自身に返ってくる負担もほぼ無いに等しい。

 恐らく本人の言っていることに偽りは一切ないのだろう。


(じつに恐ろしい治療師だ。ならば……)


 ヨルシャミは残りの五人すべてに意識を向ける。


「一気にいくぞ、援護しろ!」

「よーし! 援護してやろう!!」


 黒い軌跡を描いてヨルシャミの影の針が一斉に飛び、五人のそれぞれ違う部位に命中した。

 コアを破壊されたゴーストスライムは形状を維持できなくなり、宿主の中で霧散する。死体ですら物理的に残ることも叶わず、代わりに回復魔法で癒された人間の肉体が残された。

 傍でそれを見ていた伊織は小さく声を漏らす。


(ナスカテスラさん、ヨルシャミの援護をしながら騎士団の人達も回復してた……)


 だというのに、ナスカテスラにはひとつも焦った様子はない。

 ヨルシャミとのタッグも息の合ったもので、少し羨ましくもあったが――嫉妬に関しては、すでにやるべきことは決まっている。

 そう考えると相談する前ほど胸に重くのしかかるものはなかった。


 しかし自分も役に立ちたい、という想いはある。


 寄生された人々への対応は終わったが、沢山のゴーストスライムは未だに存在していた。

 しかし、なぜか伊織に向かってこないのである。

 一定の距離を開けて集まっているだけだ。

 そのくせ騎士団には襲い掛かっているため、なにがなんだかわからない。


 怯えているのか、警戒しているのか。


 しかし伊織はそのどれでもない気がした。

 もしゴーストスライムに目があるならすべてがこちらを見ている、そんな不快な感覚がある。そして――観察されてるんだ、と不意に気がついた。


(僕に入り込むとゴーストゴーレムみたいに消されるって理解してる?)


 ゴーストゴーレムの時は躊躇なく入ってきたが、知性を得たことでゴーストスライムはその可能性に気がつき、どうすればいいか怯えることなく観察しながら思案しているのかもしれない。

 そんなことを考えてしまう。


 しかしただ冷静に観察しているだけにも見えないのは、ゴーストスライムたちがどこかじれったそうにしているからだろうか。


「魔力……糧……、もしかしてこいつら、危険性はわかってるけど僕の魔力が美味しそうで飛びつきたい衝動に耐えてる……?」

「随分と魔獣の考えに寄り添った予想だね!!」

「うわっ!」


 いつの間にか真横に移動していたナスカテスラの大声に伊織はぎょっとした。

 二重の意味で心臓に悪い。


「ち、知性を得た魔獣はそれを持て余してたんです。感情の揺らぎみたいなものがありました。だから……」

「なるほど! 今までの魔獣はシステマチックなものだった、だからこそこちらの対応もシンプルだったが感情が関わってくるとなると面倒だね! こうして予想外のことをしてくるから臨機応変に考える必要が出てくる!」

「その、そこでちょっと試してみたいことがあるんです」


 試してみたいこと? とナスカテスラは首を傾げた。

 伊織は自分を指さす。


「敢えて僕から近づいて寄生するよう仕向けてみようかな、と。入った瞬間あいつら死ぬと思うんですよ」

「イオリ! お前はまたそんな危ういことを……!」


 鼻血を拭きながら近寄るヨルシャミに伊織は笑いかける。


「いや、なんとなく確信があるんだ、僕の魂ならあいつらには負けない」

「なんとなくは確信とは言わんぞ……!」

「ヨルシャミ! 多分イオリは何故そう思うのかわからないだけなんだろう、自分自身の力への確信は確かなものと見た!」


 実行する価値はある、とナスカテスラが後押しした。

 ゴーストスライムが近寄らないのは伊織たちの近辺のみ。

 騎士団は相変わらず応戦している。今はまだ善戦しているが、このまま街中のゴーストスライムが集まれば物量に押されるのは目に見えていた。


 打てる手は早めに打ちたい。そう伊織はヨルシャミを見つめる。


「……っええい、ままよ! やってみろ、もし消えずに寄生されそうになったら私がすぐに助けてやる!」

「うん、ありがとうヨルシャミ!」


 伊織はそう言うと間髪入れずにゴーストスライムに向かって走り始めた。

 ゴーストスライムたちは明らかに動揺した様子を見せ、伊織から遠ざかろうとしたが――どうしてもその場から動けないようだった。


 これは自分たちの手に負えない。


 そうわかっているのに、魅力的すぎてどうしようもなく飛び掛かりたくなる。

 そんな心の揺れを『得て』しまったゴーストスライムは即座に判断できず、結果的に伊織の接近を容易に許した。


「魔力、ここにお前たちが食いきれないほどあるってわかってるだろ?」


 伊織は魔力操作で自分の中の魔力をずるりと動かす。

 まだそれをどうこうできる技術はないが、動かして存在をアピールすることには活かすことができた。

 ヨルシャミの目のようになんらかの方法で他者の魔力を観測しているゴーストスライムたちは色めき立ち、そしてついに一匹が前に出るなり伊織に飛び掛かる。


 伊織は両方の腕を伸ばし、自らゴーストスライムを抱き寄せて口を開いてやった。

 その様子に戦っていた騎士団の一部が呆気にとられた顔をしている。


 構わずズルズルとゴーストスライムの侵入を許した伊織は口元を手の平で軽く覆い、そして――ゴーストゴーレムの時のように、自分の中でなにかがぱちりと弾けて溶け消えていくのを感じた。

 ついさっきまでいたゴーストスライムは消えてなくなった。そう体で理解する。


 ベタ村でゴーストゴーレムに襲われた時はわからなかったが、今ならわかった。

 自分の中にある海のような質量の魔力にゴーストスライムがあっという間に焼かれ、そして掻き消されたのだ。

 ゴーストスライムは魔力を食べる隙すらなかった。


「人間に例えると米に圧し潰された感じなのかな……」


 できれば体験したくない死因だ、と思いながら伊織は口元を舐めて残りのゴーストスライムたちに近づく。

 無味だが口になにかを押し込まれた感覚だけは残っている。


 同胞の死を前にしても逃げずに迷っているゴーストスライムを誘い、次から次へと体内で焼き尽くす様子は――思っていた以上に怪物じみていた。


「……た、助けは必要なさそうであるな」


 もっとアタフタしながらゴーストスライムを飲み込むと思っていたヨルシャミは目を瞬かせる。伊織も妙なところで度胸がついたらしい。

 ゴーストスライムからすれば、さながら魅力的な食糧が食人鬼となり迫ってきているような気分だろう。


 少し離れた場所で静夏が他のゴーストスライムを殴り潰しているのが見えた。

 そんな静夏もこちらの様子に気がつき、目を丸くしたが伊織が被害を被っているわけではない、と理解するなり薄く微笑んで自分ができる対応に戻る。


「……」


 静夏は心配性だ。息子には特に。

 しかし一瞬で伊織を信じ、自分のできることを続ける道を選んだ。

 もちろんまだ過保護な面はあるが、今は――過保護なのは自分のほうではないか、とヨルシャミは思った。


「……イオリは大丈夫そうだ。ナスカテスラよ、我々も騎士団の援護に向かうぞ!」

「ははは、いいとも! あとイオリの戦法の説明もついでにしとこうか! 気になるのか集中力散漫になっているからね!!」


 あれが気になるのは仕方ないだろうな、とヨルシャミは口元に笑みを浮かべかけ、そして先ほどとは別の路地から寄生された人間たちが新たに現れたのに気がついた。


「……!?」


 その中のひとりに見覚えのある顔がいた。

 縛っていた髪は解けているが、伊織によく似た金髪の少年――イリアスだ。

 あいつも寄生されたのか、と凝視したところでヨルシャミは慌ててナスカテスラを見る。


「ナスカテスラよ、イリアスは寄生されているが……あれは意識のある顔ではないか?」


 今にも泣きだしそうな表情。

 それはいくら知性や感情を得たとしても、ゴーストスライムが表情に出しているものとはどうしても思えなかった。


「まだはっきりとはしないが可能性はあるね! ……あの子はしょっちゅう市場に出向いてたんだ、そこを狙われたな!」

「世話の焼ける奴だ。よし、さっきと同じ方法でゆくぞ!」


 体への負担はあるものの、ナスカテスラの回復魔法があれば第二波くらいまでなら同じ方法を使えるだろう。

 そう判断し、ヨルシャミは再び影の針を作り出す。


 しかしゴーストスライムに操られたイリアスは――撃ち出された影の針を、いとも簡単に避けてみせたのである。










挿絵(By みてみん)

鼻血とヨルシャミ(絵:縁代まと)


※イラストがリンクのみの場合は左上の「表示調整」から挿絵を表示するにチェックを入れると見えるようになります(みてみんメンテ時を除く)

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