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【本編完結】マッシヴ様のいうとおり  作者: 縁代まと
第八章

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第286話 じつに可愛らしい

 大方の予想通り、ヨルシャミは至極単純に服を汚して着替えただけだった。


 しかも理由が――本人曰く『阿呆なこと』である。


 資料をつぶさに読んでいる時に眠気が限界に達し、では例の最強レベルの不味さを誇る茶を眠気覚ましに飲んではどうだろう? と提案、淹れてみるもしばし存在を忘れてしまった。

 そうだあれがあったな、とふたりして口に運んだ頃にはゾッとするほど濃く出ており、飲み下せず噴いたのである。


 静夏から全身の筋肉を軋ませつつ飲み下しただろうが、ふたりにそこまでの根性はなかった。

 しかしヨルシャミの着替えなどあるはずもなく、仕方なくナスカテスラのものを引っ張り出してきて着た。

 ついでにナスカテスラ本人も着替え、後は特に気にすることなく和気藹々と作業を進めたわけだ。


 そして気がつけば朝どころか昼。

 さすがに一旦部屋に戻る、と外に出たのが例のタイミングだった。


「……ふむ、しかしこれだけ様々な結果が出ると他の検査もしたくなってしまうな」

「そうだろう! ステラリカは患者の負担も考えろって怒るが、長い目で見ればさっさと原因を突き止めて治療に挑んだほうが負担を減らせるに決まってるのにね!」


 いやまあ一晩中検査はやりすぎだと思うが、とヨルシャミは笑う。

 次にもし検査をする時は朝か昼にしてやってくれと付け加え、昼食をとってから眠ろうか――と。


 そう考えた瞬間、廊下の向こうから鈍い音がした。

 具体的に言うと石で壁を殴りつけたような音だ。


「……は? イ、イオリ?」


 その音がした方向から出てきたのは伊織だった。

 しかもやたらとわざとらしい笑みを浮かべており、更には額が割れている。

 元気に流血しながら朗らかな笑みを浮かべている様子は少し異様だった。


「お、おはよう! ナスカテスラ先生もおはようございます!」

「いや、お前、それ、一体どうしたのだ……?」

「へ? あ、もしかして赤くなってる? いやー、まだちょっと眠くて壁に頭突きしちゃってさ」

「物理的にこの上ない赤さを見せられているのだがな!?」


 慌てるヨルシャミの隣からナスカテスラが伊織に腕を伸ばす。

 伊織は反射的に身を引きかけた様子だったが、それをぐっと堪えている間にナスカテスラの手の平が額に触れた。


「若者は眠気のさまし方が素晴らしくダイナミックだね! 目を二百回くらい疑ったよ!! ……はい、おしまい!」


 回復魔法だ。

 額の傷は綺麗に塞がり、新しい傷だったからか跡も残っていない。

 ナスカテスラは部屋から布を持ってくるとごしごしと残った血を拭いた。


「いやあ、しかし確かに回復魔法の効きが悪い! ドッと疲れたよ、これっぽちの傷なのにさ!」

「だろう? それ故に古傷になるとなかなか消えなくてな」

「あ、え、怪我してたんですか。えっと、すみません治してもらっちゃって……!」


 いいよいいよ! とナスカテスラは歯を見せて笑う。


「俺様たちも次はイオリ式の目覚まし方法のほうがいいかもね!」


 なんのことを指しているのかわかっていない伊織が首を傾げ、ヨルシャミが少し前に起こった悲劇、お茶噴出事件を声を潜めながら説明した。

 直後、どこか安堵した様子を見せながら伊織は「大体予想通りだった……」と呟き、今度はヨルシャミが首を傾げる。


「あ……あああ、えっと、服が変わってたから。っそれよりナスカテスラさん!」

「長いだろうからナスカ先生でいいよ!!」

「元の名前より字数増えてません!? ええと……これ! 預かりものです!」


 伊織が差し出した包みを受け取り、中身を確認したナスカテスラは「ああ、乾燥薬草か!」と目を輝かせた。


「取り寄せを頼んでたんだよ、この辺じゃ手に入らないから助かった!」


 後でアイズザーラに礼を言っておこう、とほくほく顔でナスカテスラは包みを手に部屋へと戻る。

 そして最後に閉めかけたドアの向こうから手を振って言った。


「そうそう、今出てる検査結果をいくつか纏めておくから後で……そうだな……夕方にでもおいで!」

「早いですね……! わ、わかりました」

「ナスカテスラよ、お前もちゃんと寝ておくのだぞ。徹夜は我々の常だが判断力が鈍って検査に支障が出ては困るからな」


 じっと見ながらそう言うヨルシャミにナスカテスラはにやりと笑う。


「話してて思ったけど、君はイオリに愛情深いね! 過保護なくらいに!」


 よきかなよきかな、と言いながらドアを閉めたナスカテスラにヨルシャミはくわっと口を開いたが、なにか言う前に閉められてしまったため、特に言葉らしい言葉は出てこなかった。

 代わりに伊織に対して取り繕うとしたものの、これまた特に言葉が出てこなかったため咳払いをひとつする。雑な代わりだ。


「……ひ、ひとまず部屋へ戻るか」

「うん、それと……ヨルシャミ」


 一休みする前に少しだけ話を聞いてもらってもいいかな、と伊織は声を潜めてそう訊ねた。


     ***


 平静を保てなくなるのはいけない。


 そんな判断から即体が動き、壁に頭突きをしてしまったのはついさっきのこと。

 痛いなとは思っていたが、まさか血が出ているとは思わなかった。

 頭の傷は出血がそれなりにあるため驚かせただろう。

 ヨルシャミに対しても申し訳なく思いながら、伊織は部屋へ戻る道中ずっと考えていた。


(嫉妬……嫉妬か、そうだよなー……これ嫉妬だよなー……)


 前世でそれを強く感じたことはほぼない。

 明るく健康な家族を羨ましいと思う嫉妬はあったが、恋愛絡みはからっきしだ。

 思えばイリアスに対してもこの感情が強かったのだろう。


 イリアスはともかく、ナスカテスラに対してそんな感情から刺々しくなるのは伊織としては嫌だった。心の底から嫌だった。


(僕のために協力してくれてる人に寂しかったからって嫉妬するのは……幼稚だ)


 だから嫌だ、と心の中で再確認する。


 そして以前ヨルシャミが嫉妬してしまった時のことを思い返した。

 あの時に伊織も知ったのだ。どうしようもない感情を持て余した時は、話し合うことが大切だと。

 今回は自分が相談する側に回るのが少し情けなかったが、ヨルシャミならきっと真剣に聞いてくれるとわかっていた。


(こんな時に迷惑はかけたくないけど)


 迷惑をかけ合う関係もいいと、今ではそう思っている。


 そうして伊織は自室にヨルシャミを呼ぶと洗いざらい話した。

 心の吐露というのはこんなにも恥ずかしいのか、と実感しつつ、時折声を震わせて誤魔化すように笑い――しかし本心からの言葉を伝えていく。

 ヨルシャミもベッドに腰掛けながら相槌を打ち、そしてすべて聞き終わると腕組みをして低く唸った。

 それを見て伊織は緊張したが――


「……うむ、じつに可愛らしい」


 ――そんな感想を漏らされて膝の力が抜ける。


「か、かわ……」

「ああ、いや、誤解するんじゃないぞ、馬鹿にしてるわけではないからな? いやもう、話の頭から終わりまで終始可愛らしく感じて負の感情が浮かんでこなかったのだ……」


 惚れた弱みここに極まれりだろう、とヨルシャミは眉間を押さえた。


「しかしイオリにとっては至極苦しい問題であったろうな、……」


 ヨルシャミはそのまましばし黙り、伊織に視線をやると「あれから考えていたのだが」と切り出した。


「イリアスの時も思ったのだが、やはり、その――我々の関係はある程度公言しておくべきだ、と思ってな」

「……! ヨルシャミもそう思った? 僕もなんだ、元から周りが知っていれば避けられたトラブルもありそうだし……」


 しかしヨルシャミはいいのだろうか。

 心の準備を急かすことになっていないだろうか。


 無理はしなくていい、と言おうと伊織が顔を上げると、ヨルシャミは笑っていた。


「無理はしてない」

「先に言われた……!」

「お前の言いそうなことなど大体予想がつく。……それくらい気遣われてきた」


 だからこそここが決め時なのかもしれないな、とヨルシャミは長く息を吐く。


「トラブル回避目的だけではないぞ。……人間関係の公言は義務ではない。しかし我々のことをシズカにまで伏せ続けているのは、やはり不義理だとも思う。お前もそう思っていたな、イオリ」

「……うん」

「故に腹を括る。心が決まるまで大分かかってしまったが、腹を括ってしまえば私の行動は早いぞ、イオリ」


 不敵な笑みを浮かべたヨルシャミだったが――その直後大あくびをした。

 やはりほとんど寝ていないらしい。


「……が、早いとはいえ今はシズカたちも遠征中なのだろう。ひとまず休んでからの行動にしよう」

「僕もそれがいいと思う。それまでに、えっと、こっちの心の準備もしておくよ」


 ずっと思い描いていたこととはいえ伊織も緊張するのだ。

 せめて夕方までは寝てほしいな、と思っているとヨルシャミは自室に戻ろうとせず、そのまま両腕を広げた。


 きょとんとする伊織に彼は言う。


「まだ眠いのだろう?]

「あ……あれは、その場凌ぎの……」

「そして、今の私はお前が可愛くて仕方がない」

「あっ、これ話聞いてないやつだ……!」

「寂しかったぶん甘やかしてやろうではないか、私も抱き枕ができて一石二鳥というものだ! ……いや、三鳥くらいあるか?」


 とにかくお得だぞ、と謎の理由を説明した後、早くしろと視線を送ってくるヨルシャミに伊織は戸惑った。

 眠すぎて判断力が暴走しているのではないか。

 そんな時に誘いに乗ってもいいのか。しかし。


「お、お邪魔します……」


 ――断る選択肢は初めからないも同然、葛藤するだけ時間の無駄というものである。


 ヨルシャミの腕に収まりつつ、ああ多分自分の心の準備は時間までに終わらないなと伊織は確信めいたことを感じたのだった。

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