第276話 キングオブやかましい 【★】
ベレリヤ騎士団が持つ情報と、静夏たちが持つ情報。
それらを共有する際、騎士団の代表としてランイヴァルも話に加わることになった。
ランイヴァルは地位としては騎士団長である。
魔導師長は魔法を中心に使用する騎士団長を指す。
ただし第一騎士団、第二騎士団など戦力が分けられているため、同じ地位に就いている者は他にも存在していた。
ならばその中からも選出すべきではないか。
そんな意見も出たものの、静夏の件が伝わる人間は少ないほうがいいということで代表はランイヴァルで確定したようだ。
静夏たちから得た情報はカモフラージュとして王族経由の情報網で得た形にするらしい。
一応間違ってはいないがバレないだろうか、と伊織はひやひやしたが、王族にも領土内に限るが視察として各地を監視している者もいるそうなので、ある程度は大丈夫だろうとランイヴァルがフォローした。
魔獣が進化しているのではないか。
その懸念は騎士団内にもあったようで、自然の力まで操る魔獣が増えればいよいよ騎士団の手に余る事態になるのではないか、とランイヴァルは表情を曇らせる。
「……協力が必要だな。我々ならば対抗できる可能性があるが、なにぶん情報を得るのが運任せだ。今後もし騎士団では対応できない魔獣が現れたら、なんらかの方法で秘密裏に知らせてもらえないだろうか。すぐに駆けつけよう」
「ありがたいです。じつはすでに気になる案件がありまして……」
「ふむ?」
「とある場所に強力な魔獣が住み着いたのではないか、という疑いがあるのです」
ランイヴァルはなぜかヨルシャミの方に視線をやってから言う。
「しかしその報告をした部下はすでにこの世におらず……話が本当なら一大事だということで、もうしばらくしたら調査に向かう予定でした」
ランイヴァルとしては後手後手になってしまうことがずっと気になっていた。
この件も、ボシノト火山の件も、そして他の未対応の件も。
今回のランイヴァルの休み――本来はあった休みもパフォーマンスを維持するためのものだが、それをすべて削ってしまうのがいつデフォルトになるかわからない。
「他の案件もあるにはあるのですが、この魔獣……もしそこの、ヨルシャミ様に関係があるならと思い話させて頂きました」
「む? 私?」
「ヨルシャミ様はベルクエルフですよね」
緑髪に緑か青の目、他のエルフ種よりやや短い耳を持つのはベルクエルフである。
他のエルフ種にも緑髪や緑や青の目を持つ者は一定数存在するが、耳の長さなど複数の条件の合致からランイヴァルはそう判断したようだ。
そのままランイヴァルは険しい顔をする。
「件の魔獣がいるかもしれないとされているのは、王都から一番近い場所に位置するベルクエルフの里……ラタナアラートなんです」
ヨルシャミは目をぱちぱちと瞬かせた。
ベルクエルフも他のエルフ同様、里がいくつか点在している。
このラタナアラートがそうかはわからないが――セラアニスに関係があるとしたらどうだろうか。
(……もし故郷でなくともセラアニスの同胞の里だ、無碍にはできん)
ヨルシャミは口の端を上げると腕を組んで言った。
「そうであるな、少々特殊な事情で『私』と関係あるかは微妙なところだが、捨て置けん件であるのは間違いない。後で詳しく聞かせてくれ」
「わかりました、資料を纏めておきます」
「ランイヴァルよ、他に早急に手を打ちたい魔獣はいるか?」
静夏がそう訊ねるとランイヴァルは「それもすぐ資料を纏めてお知らせします」と約束した。
転移魔石があれば遠い場所でもある程度はすぐに出向くことが可能だ。
伊織たちは旅をしながら行く先々で魔獣を倒すことを目的のひとつとしてきたが、少なくとも今は正確な情報を元にひとつひとつ早急に手を打っていったほうがいいだろう。
もちろん、そこに関わる静夏が王族所縁の者であると疑われないためにも細心の注意を払わなくてはならないが。
日帰りできる雰囲気じゃなくなったな……と伊織は思ったが、これなら帰りに例のバニーボーイ服を着て変装しなくてもよさそうだ。
サルサム頼りになるが、帰ってくる時のために城の座標を覚えてから転移魔石で外へと出れば目撃される心配はほとんどなくなる。
その時、アイズザーラが明るく笑った。
「街の宿を取るよりここで寝泊まりした方がオリヴィアらもやりやすいやろ、ええ部屋用意したるからゆっくりしてき」
「ありがとう、父様。――それとひとつお願いが」
静夏はそうおずおずと切り出す。
お願い? とアイズザーラは目を輝かせた。
「オリヴィアからお願いなんて珍しいやんか! ええでええで、言うてみ」
「じつは発熱が原因でイオリの味覚が失われてしまって久しい。それをどうにかできないかと思ってな。たしか王都には最高位の治療師がいたと記憶しているんだが」
「味覚……味覚っ!? イオリ、お前もしかしてさっきの料理も――」
伊織は申し訳なく思いながら眉をハの字にした。
「すみません、折角出してもらったのに味が分からなくて……あっ、でも香りや食感はわかるんです! 凄く良い匂いだったし肉も全然固くなくて素敵でした!」
本心からの感想だ。
味を感じない日々にもそろそろ慣れ、伊織は匂いから味のイメージを補うようになっていた。
肉の舌触りもロスウサギの肉によく似ていたため、その時の記憶を参考に「こんな感じかな」とイメージして咀嚼している。
もちろん味がないと食べ物を噛んでいる気がしないのは確かだが、伊織はまだどうにか耐えられた。
しかしアイズザーラは深刻に受け止めた様子で泣きそうな顔になる。
「それは……しんどかったやろ、次はもっと香りを楽しめるもん出せるか訊いといたるわ」
そんでもってわかった、とアイズザーラは自らの厚い胸板を叩く。
どむんっと音がした。
「凄腕の治療師いうんはナスカテスラのことやな。話通したる」
「父様、ナスカテスラは……その……」
メルキアトラがおずおずと言う。
なにか問題があるのだろうか、と伊織たちが見守っていると――どうやら問題があるのは性格らしい。
「なんだ、そんなに人様の前に出せないような性格なのか?」
気になったのかヨルシャミがそう訊ねると、メルキアトラはすぐに頷いた。
「彼もベルクエルフなんだが……魔法に目がなく、興味があるものを見つけると治療より優先して確認しに行く暴走癖がある。もちろん危険な場所でもな。そして相手の地位によって態度を変えない。我々はいいが客人の前に出すとなると……」
「……」
「……」
「……なんかヨルシャミみたいだな」
伊織は言わないように耐えていたが、今度はバルドがそれを口にしてしまった。
さっきから黙る努力が報われない。
ヨルシャミは両耳をバタバタと動かしながら反論する。
「わ、私は危険ならばちゃんとやめておくぞ。しかしまぁその程度なら問題あるまい、多少失礼なことをされようが歯牙にもかけないお人好し集団故にな!」
「自分もそこに含まれてるのわかってるのかな……」
「……私も同意だ。どんな者であれ希望があるなら頼らせてほしい」
静夏の申し出も重なり、メルキアトラは小さく唸った後に「オリヴィアがいいなら」と頷いた。
「なら、この後に父様経由で話を――」
その声に被せるようにして広間の外、扉の向こうから戸惑いの声が聞こえた。
廊下に控えていたメイドや執事の声だ。
なにかあったのだろうかと伊織は身構えたが、魔獣などの危険なものが現れたというよりも――誰かを宥めている、そんな気配だった。
事態を把握する前に勢いよく扉が開かれ、メイドたちに追い縋られるような形でひとりの男性が入ってきた。
「アイズザーラ!! たまたま近くを通ったらなんだこの化け物じみた魔力の気配は!! 心臓が二十個くらい跳ね上がったぞ!!」
長身で、眼鏡をかけておりハネた明るい緑色の髪を持っている、とそこまで伊織が理解したところで『声がデカい』という感想で第一印象が塗り潰される。
とにかく大きい声だ。
グラウンドの端から声援を送る際に使う声量じゃないかこれ、と伊織は目を白黒させた。
アイズザーラは「やっかましいわ! もっと声落とせ!」と苦情を口にする。
「ウン? あー、あーあーあー、……これくらいか!!」
「まだデカい!!」
「父様もうるさいな」
メルキアトラの素直な感想すらふたりの声にかき消された。
ぽかんとしている伊織たちに向き直り、アイズザーラは咳払いをする。
そして突如現れた男性を困った様子で紹介した。
「――これが件の治療師、ナスカテスラや」
ナスカテスラ(絵:縁代まと)
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