第273話 王族訛り
伊織はヨルシャミに引っ張られる形でイリアスたちの前から離脱した。
王族、ということは親戚だ。
恐らく静夏の兄弟の子供辺りだろう。
彼らの性格はともかく、そんな近しい存在に『バニーボーイ姿を見られた』という事実が伊織に重くのしかかる。
そう頭を抱えつつも皆と合流し、伊織は無事に着替えることができた。
――とはいえ、伊織としてはすでに色々と手遅れで無事とは程遠い気がしたが、敢えて追及しないでおく。
そうしてなんとか着替えを終えた伊織は上質な服に対して「これニルヴァーレさんが好きそうなデザインだな……」という感想を抱きつつ、仲間たちの前に戻ると改めて頭を下げた。
「軽率に離れてごめん、しかも結局ウサウミウシの暴走を止められなかったし監督不届きだった……」
「テイムしてあるとはいえ本能のままに生きるウサウミウシだ、そう気にすることはあるまい」
ヨルシャミの言葉に伊織はふるふると首を横に振る。
「リーヴァが言った通りならウサウミウシは僕を親みたいに思ってるんだろ、ならもっとよく見とくべきだった」
「なにもそこまですることあるまいに……」
「その年で親の責任を背負うなんて難儀だな」
そんなヨルシャミとサルサムの感想はわかるが、伊織は厨房に直接謝って回りたいくらいだった。
きっと食材として使おうと準備していたイモだったのだろう。
つまり、シェフたちは伊織の何倍も困ったかもしれない。
「なにはともあれ、無事に戻ってこれてよかったです。その服も似合ってますよ、イオリさん!」
薄桃色のドレスを着たリータが微笑みながら言う。
リータのドレスは首元から鎖骨までレース生地で覆われており、清楚さの中に大胆さも見え隠れしている。そして全体の色合いはリータの髪色によく合っていた。
伊織はどことなく先ほど出会ったイリアスと似た雰囲気の服を着せられている。
そのせいで喜び辛かったが、誉め言葉は正直に嬉しい。
伊織が照れ笑いを浮かべつつみんなも似合ってますよと答えていると、そこへ一時的に席を外していたゼフヤが戻ってきた。
「皆様、お待たせしました。こちらへどうぞ」
ゼフヤが迎えにきた、つまり静夏の両親と会う準備が整ったということだ。
本来なら国王と会うなど手続きを含めて何日もかかるところだが、事前にかなりの根回しが他でもない王側からあったらしい。
伊織は緊張しつつも廊下を進むゼフヤについていく。
「なんだイオリ、緊張してんのか?」
オレンジ色を基調としたドレスを着たミュゲイラが小声で訊ねた。
やや露出が多いがミュゲイラ本人の希望だ。
せっかく鍛えてあるんだし、せめて二の腕くらいは出したいからな! とのことだが鎖骨までばっちりと出ている。そこにはリータのようなレース生地もない。
代わりに普段はポニーテールにしている長髪をシニヨンにしており、辛うじて落ち着いた雰囲気を保っていた。
伊織はぎこちなく笑いながら言う。
「少し。良い人たちだとしても、その、やっぱり主に僕のことで押しかけたようなものだから気になって……」
「そんな深く考えなくていいんじゃね? 王様っていっても血縁だろ」
「う、うーん、でも」
血縁といっても魂は別の場所から地続きのもの。
感覚としては他人に近いかもしれない。
この世界にも親戚がいたことは嬉しいが、伊織としてはどうにも他人の家庭に寄生しているような気持ちだった。
(母さんも同じような気持ちになったことがあるのかな……)
正体を早くに明かした理由もそこにあるのではないだろうか。
騙し続けているような気がしたのかもしれない。
――そう悩んでいたところで流れる時間が止まるわけでもなく、数分後には伊織たちは大きな両開きの扉の前に立っていた。
そこで足を止め、ホルターネックタイプの紺色のロングドレスを身に纏った静夏が伊織に笑いかける。
見る人によってはぎょっとする出で立ちになっているが、普段着ている服と形状の雰囲気が似ているためか伊織から見た違和感は少ない。
「父様と母様、それと現在城にいる親族で予定の合った者が集まってくれたそうだ」
「……っえ、親兄弟だけじゃないの?」
「ああ、詳しくは聞いていないが十名ほどいるそうだ」
伊織のいない間に説明があったそうだが、折角帰ってきたのだからと食事の場を設けてくれたらしい。
それは歓迎の場であり説明の場でもあるのではないか、と伊織は思った。
更に緊張してしまったかもしれない。
そう感じながら伊織は静夏に背中をぽんぽんと軽く叩かれて前へと進んだ。
いったいどんな祖父母なのか。
親戚はどんな人たちなのか。
それは静夏の言っていた伯父たちだろうか。
さっき最悪の出会い方をしたイリアスとリアーチェ兄妹はいるのか。
みんなにどんなことを訊かれるのか。
伊織にとって、自分の味覚の治療方法が見つかるかどうかは二の次だった。
とにかく心配事といえばこの五つが際立っている。
そんな解消されない心配を心の中に詰めたまま扉を抜けると、どこか厳かな雰囲気の広間が現れ――
「オリヴィア!! ああああっオリヴィア! 元気やったか心配したんやで!!」
髭をたくわえた黒髪の男性が、分厚いマントを翻すなり静夏に抱きついた。
ダッシュである。
大の大人が小学生男子ばりの猛ダッシュからの抱きつきである。
静夏はそれを微動だにせず受け止め、父様は変わらないなと笑った。
前髪や髪質が静夏にそっくりだ。
橙色の瞳は潤み、今にも泣きだしそう――だったが泣いた。今泣いた。
どうやらこの男性がベレリヤ国の国王、アイズザーラらしい。
いやしかし、それよりも……と伊織は目を丸くする。
「大変なんはわかっとるけど! けどなあ、たまには手紙くらいくれてもよかったんやで……!」
「物的なものは残せないからな」
「そないなこと言うて今までの養育費やって突然金品を寄越したことあったやろ、あれのほうが誤魔化すん大変やったわ! っていうか自分の養育費耳揃えて返す娘なんて聞いたことないで、出てく時にそんな気にせんでええ言うたやろ!?」
「む、それはすまなかった。ただ私も心苦しくてな……」
「……なんで関西弁!?」
伊織は口に出すしかなかった。
広場に集まった他の親類を見るより先に口に出すしかなかった。
さすがに『国王である祖父』『ベレリヤ王』として軽快に関西弁で捲し立てる髭のおじさんが出てくることは想像していなかったのだ。
大国の王がまさかこんなノリだとは誰が思おうか。
つっこみを入れた後に言葉を失ってしまった伊織を見て、なぜそのような顔をしているのかようやく思い至った静夏が「ああ」と納得の声を漏らす。
「遥か昔に関西弁の転生者……転移者だったか? ともあれ方言を持つ者が王族と関わったことがあったようでな、ここでは王族訛りと呼ばれているんだ。父様はそれが特に酷い」
最近の王族は標準語を使うことが多いという。
理由はなんであれここまで個性的なことが事前にわかっていたなら教えておいてほしかった。
伊織はそう思ったものの、
「……? オリヴィア、この子は?」
「ああ、私の口から伝えたくて詳しく話していなかったが――昔、役目とやりたいことを話したろう。前の世からの息子だ、イオリという」
「お……」
「お?」
「ッおおおお!! ホンマか、この子が! 初の男孫や!! 宜しくなイオリ!!」
「ぐえ……ッ!」
静夏に負けず劣らずの剛腕で抱き締められ、先ほどとは違い口に出すことは叶わなかったのだった。





