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【本編完結】マッシヴ様のいうとおり  作者: 縁代まと
第八章

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第272話 ごもっともです! 【★】

 ヨルシャミを気に入ったイリアスが「婚約者にしてやる」などと口走った直後、伊織の中に生まれたのは率直な感想だった。

 要するに「なんだコイツ」である。


 普段はそれ相応の礼儀というものをわかっている伊織だが、イリアスの先ほどまでのリアーチェへの態度に加えてこれだ。


 見た目だけだが恐らく同年代と思しき少年にここまでストレートにムカついたのは初めてのことだった。

 前世でさえ同年代とは交流する際に一線を引いていたため、これほど負の感情を動かしたことはない。


(婚約者ってなんだ!? ヨルシャミは僕の恋人だぞ、……けど)


 伊織はヨルシャミとの関係をまだ仲間にすら明かしていない以上、ここでそれを口にするわけにはいかないのだ。

 しかし、それと同時に口を挟まないわけにもいかなかった。

 伊織にも男の矜持というものがある。


「ま、待って待って、待ってください、それはなんというかダメです」

「なんだ? そういえば親しげに会話していたな」

「そうです、ヨルシャミは僕の――」

「僕の?」


 伊織は固まる。

 この手合いに伏せていることを話すとはまずいことになるのは目に見えていた。

 せめて公言できていればよかったのかもしれないが、タイミングを失い心の準備も中途半端なままなのである。


「ぼ……僕の、仲間なんで」


 イリアスの突然の発言に目が点になっていたヨルシャミもハッとし、伊織の言葉に合わせるようにこくこくと頷く。


「そ、そ、そうだぞ! それに私はイオリい……」


 イオリ以外と一緒になるつもりは毛頭ない。


 ヨルシャミもそう言いたかった。

 しかし、しかし公言していないのである。

 唇を戦慄かせた後、ヨルシャミは伊織をちらりと見る。

 ふたりして『公言すること』の重要性を身に染みて感じたのが互いの視線でわかった。


 しどろもどろになっているとイリアスが鼻を鳴らすように笑う。


「よくわからない奴らだな。まあいい、ほら、こんな奴ほっといて僕の部屋に来い、古今東西の色んな石をコレクションしてるから見せてやるぞ」

「いきなりハードルの高い誘いであるな……!」


 ヨルシャミはイリアスの手を振り払うと伊織の傍に寄った。


「すまんが断らせてもらうぞ。コレクション自慢は結構だが、私たちには優先してやるべきことがあるのでな」

「おいおい、断る選択肢なんてあったか? ほんの一瞬でもいい、一目見ればきっと興味を持つぞ。それほど素晴らしいものばかりだ。ほら!」


 再びイリアスが手を伸ばしたのを見て、伊織はイリアスとヨルシャミの間に割って入る。

 そのまま伊織はヨルシャミの手を引いて足を踏み出した。


「ぼ、僕らはここで失礼します! あとあまり妹さんを困らせないでくださいね!」

「んなっ、待っ……」


 ヨルシャミを連れてそそくさと離れようとした伊織。

 そんな伊織を引き留めようとイリアスがローブを掴む。

 特に頑丈な金具で押さえられていたわけではないローブはそのまま簡単にするりと脱げ――うさ耳だけは取った後だったが、衣装はそのままだ。


 つまり、バニーボーイ姿が露わになった。


 スリットの入った短パンにヘソ出し、ガーターベルトに小さなうさぎの尻尾。

 こんな王宮内で着ている者がいるなど誰も予想していなかったであろう姿だ。


 静止したのは伊織だけでなくイリアスもだった。

 ヨルシャミはあちゃーといった様子で額を押さえ、リアーチェは不思議なものを見たという顔できょとんとしている。イリアスも同種の表情だったが口を半開きにして伊織の顔とバニーボーイ服を交互に見ていた。


 もう視線を向けないでほしい、と伊織が赤くなったところでイリアスが叫ぶ。


「なんて格好してるんだお前!?」

「ごもっともです!!」


     ***


 伊織とウサウミウシのことは気になるが、ここは仮にも王宮の中。

 魔獣やナレッジメカニクスの心配は外よりも大分少なく、それに加えて着替え終わった者から順に探しに出ている。

 きっと大丈夫だろうとサルサムは思い直した。


(しかし……)


 髪を梳かされ質のいい服を着せられることのなんと落ち着かないことか。

 ピエロメイクを綺麗さっぱり落とせたのはいいが、これは次なる試練の真っ最中ではないだろうか。

 どうにも地に足がつかない気分だとサルサムは渋面になった。


 しかもメイドたちはほんの少し採寸しただけでサルサムの体に合った服を一発で選び出したのだ。その際に傷だらけの体を見られたが、特にリアクションはない。

 動揺も感じ取れず、これは訓練されている証拠だと感心してしまうほどだった。


「……」


 前髪を半分後ろに撫でつけ、やたらと質の良い服を着た自分を鏡で見てサルサムはげんなりする。


 似合わない。

 地味な顔の男がすることじゃない。


 潜入系の仕事をこなす際にそれなりの変装はしたことがあるが、その時は特殊なメイクも一緒に施していた。

 素のままの自分にこんな衣装を着せられるのはあんまりにもあんまりだとサルサム自身は思う。


「おー、サルサムも着替え終わったか! ……うお」


 カーテンを開けて出てきたバルドが声を漏らし、そのまま神妙な面持ちで言った。


「冴えない田舎貴族の三男坊」

「お前はどこぞの王子様みたいだな。三十路だが」

「褒めることでダメージを与えた後にナチュラルに下げて追加ダメージを狙ってきただと……!?」


 王子様なんて柄じゃないぞとバルドは鳥肌を立てる。

 普段はやや癖のついた髪をしているが、今はある程度整えられ大人しい。

 聞けば本来は直毛に近いが、寝癖で跳ねてしまうのだという。起きてすぐにもっとちゃんと直せとサルサムは言いたくなった。


 無精ひげも記憶の一部を取り戻して以来剃っているので、バルドは地顔の良い部分だけを掬い上げたような形になっていた。

 触り心地の良いマントは赤色で、その色に銀髪が映える。

 しかしそこは褒めずにサルサムは自分の肩を揉む仕草をした。


「肩の凝る衣装だ、用事が済んだら早く着替えたいもんだな」

「でもさ、ここから出る時はまたあのカッコしなきゃならないんじゃないか?」

「……」

「その顔で渋面作ると五歳くらい老けて見えあだッ!」


 サルサムはとりあえずバルドの鼻をデコピンで赤く染めておいた。







挿絵(By みてみん)

正装バルド(絵:縁代まと)


※イラストがリンクのみの場合は左上の「表示調整」から挿絵を表示するにチェックを入れると見えるようになります(みてみんメンテ時を除く)

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