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【本編完結】マッシヴ様のいうとおり  作者: 縁代まと
第二章

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第25話 ウィスプウィザード

「ウィスプウィザードだ……!」


 緊張した声はミュゲイラのもの。

 それはなんだ? と静夏が問うとミュゲイラは青白い炎の魔物を指して言った。


「普通のウィスプは鬼火みたいな姿なんすけど、その上位種はああして好きに姿を変えて、しかも色々な炎の魔法を使ってくるんです。近寄るのすら難しいんですよ!」


 そう言う目の前で巨大な火の玉だったウィスプウィザードからにゅうっと足が二対生え、燃え盛るチーターのような形状になる。

 そのまま長い尾をうねらせて周囲に火の粉を飛ばしながら走り始めた。


「……! あっちは養蚕の重要施設がある方向ですよ!」


 養蚕と炎の取り合わせは最悪である。

 危険を察知したリータの鋭い声が飛び、その瞬間に静夏がクラウチングスタートの体勢からボッ! と音をさせて走り出した。

 ウィスプウィザードを追い、追いつき、並走し、ぎゅうと握った拳を振るうとウィスプウィザードは陽炎のように体を滲ませてそれを避けた。

 いや、まさに陽炎を発生させて狙いを逸らしたのかもしれない。

 静夏が追撃をしようとしたその時だった。


「っ……!?」

「分裂した!?」


 ふたつに分かれたウィスプウィザードが更に分裂、そのまた更に分裂して四方に走り、跳び、飛んでいく。

 ある者は猫に、ある者は狼に、ある者はカエルに、ある者は鳥に。

 分裂したぶん小振りにはなっていたが、その体は青い炎で構成されていた。どこかに引火すればあっという間に燃え広がってしまうだろう。


「マッシヴの姉御! 狼はあたしが追います!」

「わ、私は鳥を!」


 ミュゲイラが拳を構えて走り出し、リータも魔法で弓矢を作り出して鳥を追う。

 伊織は咄嗟に自分も追うと言いかけたが――追いついたところでウィスプウィザードに対抗できる力がない。

 そこへ声がかかった。


「イオリよ、追うのだろう! 行くぞ!」

「ヨルシャミ……」


 伊織の袖を引いたヨルシャミはそのまま炎のカエルを追い始めた。

 後ろから「皆、任せたぞ!」という静夏の声が聞こえる。

 手伝ってくれるのか、という視線を向けるとヨルシャミが耳を揺らした。


「ふふふ、同行するからにはお前たちの目的に沿った行動くらいはしてやる。そのほうが今後も付き合いやすく、私にもメリットがある故な!」

「ありがとう……!」

「素直に礼を言うな! 恥ずかしいであろう!」


 そう盛大に叫びつつも目はカエルを追っている。


 炎のカエルは細い路地を縦横無尽に走りながら、家屋のカーテンや廃棄されたゴミを燃やした。

 更には観賞用の低木まで燃えている。つまり生木でもお構いなしということだ。

 しかも見間違いでなければ徐々にサイズが大きくなっているようである。


「チッ、分裂し体積が減っても時間経過と共に回復するタイプか」

「しかもこれ、遠回りしながら養蚕施設のほうへ向かってないか?」


 先ほどもそうだったが、ウィスプウィザードにとって『燃えるものが沢山ある』ということはかなり魅力的なのかもしれない。

 職人たちが作り出したもの、そして積み上げてきたものを燃やさせるわけにはいかない。伊織は最悪の光景を想像し足を早める。


 もっと走る速度を上げないと――と急いていると、ヨルシャミが突然体勢を崩して転んでしまった。


「っだ、大丈夫か!?」

「鼻を! しこたま打った!」


 幸い鼻血は出ていないようだが、呼吸が酷く乱れている。いわば病み上がりのヨルシャミに全力疾走は堪えたらしい。

 それでもふらつきながら立ち上がったヨルシャミはすぐに眉根を寄せた。


「右の足首がおかしい」

「まさか折れ……」

「そこまで軟弱ではないわ! ……が、走るのは困難だ。イオリ、せめてお前だけでも先行し避難誘導をしろ。私が追いついたらすぐに魔法を――、ッ!」


 追いつく、と言いつつも一歩前に歩いただけでヨルシャミは悶絶する。

 伊織は何度か足踏みした後、意を決したように背中を向けてしゃがんだ。


「か、母さんみたいな力はないけど、これくらいなら大丈夫だから! 乗って!」

「こんな貧弱な奴に……!?」

「今心折れること言わないでくれるか!?」


 ヨルシャミは小さく笑い、では試すといい、と伊織の背中に乗る。

 人をひとり背負った状態での全力ダッシュは想像以上の負担だった。膝に普段の倍近い負荷がかかり、走った衝撃が足首を軋ませる。

 しかし現場で自分が戦えない以上、これくらいのことはしたい。伊織は無理やり大きく息を吸って全身の筋肉に鞭を打った。


 しかしカエルとの距離は大きく開き、もはや住民たちの騒ぐ声を頼りに方向を確かめているも同然だった。

 カエルは細い路地から大通りに出たようだが、自分たちのいる裏路地からそちらまで距離がある。

 焦っていると後ろからヨルシャミが言った。


「――今『特別授業』をするのも有りか」

「特別……授業……?」


 荒い息の合間に訊ねる。

 するとヨルシャミの細い腕が頭の隣を抜けて自分の前へと伸び、たすき掛けにしているカバンを指した。


「そこにいるウサウミウシのように使役できるものを召喚する。私はまだ本調子ではない故、お前がやるのだ、イオリ」

「ぼ、僕が!? 今ここで!?」


 からかっているのではない。

 ヨルシャミは至極真剣だ。

 伊織にはサモンテイマーの才能がある。そしてヨルシャミは召喚の仕方をそのうち教えると言っていたが、まさかこのタイミングでとは思っていなかった伊織は目を白黒させた。


 そうこうしている間に遠くから人々の叫ぶ声と異臭がする。

 ――悩んでいる暇はない。不安に駆られている暇もない。


「わ……わかった、やる。やるよ」

「良い返事だ。魔力はイオリの中にもあるが、繰り方を知らない初回ということで大サービスしてやろう」


 ヨルシャミは背負われたまま伊織の後頭部に額をぺたりとつけた。

 伊織は思わずどぎまぎしてしまうが、そこから熱くも冷たくもない何かが流れ込んでくるのを感じて息をのむ。


「――私の魔力でお前の魔力を無理やり引っ張り出すぞ!」

「んえっ!?」


 刹那、全身を巡る『血液ではない何か』を強制的に自覚させられた。


 ヨルシャミの魔力は伊織の中に入るなり燃え尽きたように消えていく。しかしそれでも伊織自身の魔力を引っ張り出すという役目を果たしたのだ。

 情けない声を上げた伊織はチカチカする視界に驚きながらも走り続ける。


「さあイメージするのだ、薄皮隔てた我々の世界の向こう側に広がる世界を! そこに住まうものを! それを捉えたら足の速いものを選んでこちらへ呼べ!」


 そう言われても感覚が掴めなかったが、やると決めたらやるのだ。

 道が直線であることを確かめ、伊織は数秒だけ目を閉じた。

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