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【本編完結】マッシヴ様のいうとおり  作者: 縁代まと
第二章

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第24話 千年、さておき朝ご飯

「そうか……千年。千年経っているから誰も私の名前を知らないし、記憶との齟齬が大きかったのか」


 ぶつぶつと呟きながらヨルシャミは大通りを歩く。


 伊織はヨルシャミを少し気の毒に感じていた。

 本人はけろりとしているが、ナレッジメカニクスに捕まって無理やり脳移植をされ、そして目覚めてみれば千年後である。

 種族により寿命は異なるとのことだが、当時のヨルシャミの知り合いはほとんど生きてはいないのではないかと心配になった。もし人間の知り合いがいたなら確実に亡くなっている。


 もしかして落ち込んでいるのでは……と伊織が恐る恐る様子を窺うと、ヨルシャミはなぜか溌剌とした顔をしていた。目が輝いているようにさえ見える。


「年月は移ろい街は変わり、人々の顔ぶれも変わった。しかし山は不動だった。うーん、わりと浪漫があるではないか! 嫌いではない! ……なんだイオリ、なぜつんのめっている?」

「い、いや、元気そうでよかったなと……」

「私が元気だとつんのめるのか。なんだその関連性のなさは」


 どうやらヨルシャミにとっては千年経っていたという結果も些事だったらしい。

 自分だったら気が狂っているかもしれないのに、と伊織は思ったが、死を経験してから何もかもを残して転生し、この世界に馴染みつつある自分が言えたことじゃないなと思い直した。

 静夏が肩を揺らして笑う。


「あのような事実を耳にして落ち込まないのはさすがだ。しかし考えることは沢山あるようだな」

「うむ、未検証のものが千年分ごろごろ転がっていると知ってしまった故な!」

「ならば朝食をとりながら考えるというのはどうだろうか?」


 朝食? と食事のことなど頭になかった様子でヨルシャミが首を傾げる。

 その瞬間、凄まじい勢いでミュゲイラの腹の虫が大泣きし、近場の店に入ろうということに決まった。――伊織はミュゲイラの腹の虫の陰でリータの腹の鳴っていたのを知っているが、聞かなかったことにする。


 カザトユアの料理屋は布に匂いが移ってしまうため、糸や布ものを扱っている区画から離れた位置にある。


 ちょうど地図屋のある西門からが一番近いため、そういう意味でも帰りに朝食をとるのは理想的だ。

 四人が足を踏み入れたのは近くの川で獲れる川魚を使ったメニューが美味いと評判の店だった。客を呼び込むための旗にも魚の絵が描いてある。


「へー! 魚の骨をこんなに綺麗に取る方法があんのか……!」


 骨に邪魔をされることなくスムーズに食べられる魚のソテーに感激しながらミュゲイラが目を輝かせた。

 しかも食べやすいだけでなく味も良い。

 このソテーだけでミュゲイラはライスをおかわりした。


「フォレストエルフは魚もあまり食べないんですか?」

「そうですね、肉類だけでなく魚もあまり……もちろん肉よりは口にすることがありますけど、基本的に普段食べないものに関する調理技術はお察しの通りなので」


 伊織が問うとリータが苦笑しつつ魚の身をほぐして答える。

 たしかに主食なら上手な調理方法も数多と存在しているだろうが、極たまに扱う食材ともなると話は別だろう。

 伊織も料理はそれなりに好きだが、突然銀杏を大量に持ってこられて調理してくれと言われたら――たまに食べている食材でも混乱する。


「お前たちフォレストエルフは食べるものに偏りがあるから知識も偏るのだ」


 見事な箸さばきで魚料理を食べながらヨルシャミが言った。


「エルフノワール? ってやつは魚や肉も食べるのか」

「食べるとも。万物様々な食材の栄養が複雑に絡み合い生命は成り立っている。その栄養の選択肢を自ら狭めるのはもったいないだろう? ――まあ、その話とはべつに個々の有する文明文化というものも尊重せねばならないが」

「舌の根も乾かないうちに……!」

「その話とはべつにと言ったであろう」


 幸いミュゲイラもリータも魚を含む肉類は嫌いではないらしい。

 むしろ好きな様子だ。

 里から禁じられていることでもないようなので、今後口にする機会は多いはず。


 伊織としても栄養が偏るのはいくらエルフであっても心配だったため、その方が嬉しいなと言うと、リータたちはヨルシャミの言葉に気を悪くした様子もなく「私たちも楽しみです」と笑った。


     ***


「――さて、これでお前たちについていく理由が更に増えたな。千年の時の経過により変化したことを世界の各所で調べることができるとは思っていなかったぞ!」

「楽しそうだなぁ~……」


 食事も終盤に差し掛かり、スープをふうふうと吹いて飲みながらヨルシャミは『考え事』を再開したようだった。

 本人としては店に入ってすぐにでも再開したかったようだが、存外料理が美味しくて上手く思考ができなかったらしい。

 深く考え込むわりには周囲の影響を受けやすいタイプのようだ。


(今後考え事がエスカレートしそうな時はお菓子をあげるのも手かも)


 本人に知られれば「子供扱いはやめんか!」と頭を引っ叩かれそうなことを伊織が考えていると、ヨルシャミが「ふむ」と己の顎をさすった。


「しかしそうするとナレッジメカニクスは千年もの間、私を保持し続けていたことになるのか」

「そういえばヨルシャミが逃げ出した施設ってまだ普通に稼働してたのか?」

「ああ、見たところは、であるが」


 だが違和感はあった、とヨルシャミは続ける。


「私ほどのものを有しているわりには小規模だったのだ。長く眠るうちに優先順位が下がってしょぼい施設に移されたか、もしくは――ナレッジメカニクスは知識を駆使し千年の間残り続けたが、組織としては弱体化してしまったか、だな」


 だからすぐに追っ手がかからなかった、もしくは逃げたヨルシャミを見失ってしまったのではないか。

 そんな予想を立てつつヨルシャミは低く唸る。


「別の組織に移されている可能性も考えたが、ナレッジメカニクスの紋章が施設員の服にあった。ならばそのまま続いていると考えるのが自然だろう。奴らが有する技術により、幹部の連中は長寿だろうが、構成員全員にそれを処置することができなかった……? 今は主要人物数人だけで指揮をとっている……?」

「ヨルシャミ、食後のお茶がきたよ。サービスだって」

「弱体化した組織というのも恐ろしいものであるな、一発逆転の鍵になりえる私が目覚めたと知れば血眼に――んむん? 美味いなこのお茶」


 ヒートアップしていたものの美味しいお茶で沈静化したヨルシャミにホッとしつつ、伊織はリータたちにもお茶を注いでいく。

 しばらく体も脳も休憩させよう。

 そう考えたその瞬間、耳に入って来たのは予想外の言葉だった。


「――魔物だ! 魔物が出たぞ!」

「みんな東門側へ逃げろ!」


 伊織は静夏に視線を向ける。

 あちらからも力強いまなざしが返ってきた。

 それを確認するなり席を立ち、代金を支払って釣銭も貰わずに外へと飛び出す。


 道の先にいたのは、青白い炎の魔物だった。

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