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【本編完結】マッシヴ様のいうとおり  作者: 縁代まと
第七章

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第256話 予知の三人

 ヨルシャミは水の中を揺蕩うような感覚に身を任せていた。


 自動予知は気まぐれで、なんの予兆もなく突然やってくる。

 予知の内容は命の関わるような重要なことから、そんなのいちいち見せなくて良いと思う些事まで様々だ。

 予知に影響を与えられる転生者たちと行動している影響か、ここしばらくは鳴りをひそめていた。それが突然やってきたのである。


 基本的に予知は役に立つことが多いが、起こる場所によっては酷い目に遭う。

 今がまさにそれだ。


 幸い実際に意識が飛ぶ――予知の映像に切り替わるまでタイムラグがあるため、昔はその間に結界魔法なりなんなりを発動させて身を守っていた。

 今なら仲間がついてくれているだろうが、逃げる不死鳥を追おうというタイミングであったため、ヨルシャミとしては下唇を噛むほど口惜しい。

 これで碌な予知じゃなかったら怒るぞ、などと怒っても意味がないことを知りつつ思っていると真っ白だった視界にノイズが入った。


 人の形をしたものが三人立っている。


 細かなディティールははっきりとしないが、手前に立っているのは伊織だということはすぐにわかった。

 その奥にいる人物は人間なのか異種族なのかすらわからない。


(随分と不鮮明であるな……転生者が直接関わる予知だからか?)


 通常の予知が転生者の関与でぶれるのなら、転生者そのものに関わる予知ならクオリティが下がってもおかしくはない。

 ヨルシャミはじっと目を凝らす。

 伊織は冬の装いではない。

 ということは直近で起こることではないようだ。


 大体ひと月ほどの間に起こることなら、ヨルシャミが伊織に助けを求めた時のように『いつ頃起こるか』も映像とセットでなんとなく伝わってくることが多かったが、今回はそれも付随していない様子だった。


 なにかを話しているよう見えるが――と、そう思った瞬間。


 どういったものかはわからないが、閃光のようなものが伊織の胸を貫いた。

 あまりのことにヨルシャミは言葉を失ってそれを凝視する。

 予知の最中は映像に手出しはできないが、思わず手を伸ばしそうになった。

 物理的なものなのか魔法的ものなのか、それすらわからないが伊織は確実になんらかの影響を受けたらしい。


 そのまま伊織が倒れたのを見て――ヨルシャミは驚愕の感情のみで絞り出した声と共に飛び起きた。


「いッでぇ!」

「ぐわッ!」


 飛び起きた直後、ヨルシャミの頭突きを食らったバルドが後ろに倒れ、ヨルシャミも額を押さえて呻くはめになった。

 チカチカする視界を正常に戻そうと何度も瞬きをする。

 呻きつつもヨルシャミはバルドに声をかけた。


「す……すまなかったな。大丈夫か? 私はどれくらい倒れていた?」

「お、俺ぁ大丈夫だけどさー……。ああ、ヨルシャミが倒れてたのは大体五分くらいだな、逃げた不死鳥は伊織と静夏とミュゲイラが追ってる」


 他は治療で待機、とバルドは後ろを指さした。

 倒れたサルサムがリータの膝の上でぐったりとしながら眠っている。


「イオリは追っていったか、……」


 現在と予知での服装が違う以上、ここでなにかがあるわけではないのだろう。

 むしろここから生還できることを指しているのかもしれない。

 しかし不安な衝動に駆られたヨルシャミは「私も行こう」と立ち上がりかけ、しかしそのままへたり込んだ。


「やめとけって、魔法も結構使ってたろ。それに緩和してても落ちた時に怪我はしてるんだからさ」

「そうですよヨルシャミさん。それにイオリさんたちならきっと大丈夫です」

「ぐ、ぐぬ……」

「それより嫌な予知だったのか? さっきからちょっと変だぞ?」


 伝えるべきか、否か。

 他人の関わる予知をした時はいつもこの選択を迫られることになる。


 今回は内容が内容な上、転生者が関わっている影響で大分不鮮明で不明瞭だが――いつ起こるかわからない以上、伊織を気に掛ける仲間が多いほうがいいかもしれないとヨルシャミは判断した。

 回避できる可能性があるなら尚更だ。


 ヨルシャミはのろのろとその場に座り直すと、先ほど見た予知の内容をバルドとリータに話すことにした。


     ***


「さてさて、不死鳥君に恨みはないケド、ワタシと一緒にご同行願うヨ。ウチのボスがキミをご所望でネ」


 そんな軽い調子で伊織の傍らにしゃがみ込んだシァシァは、恨みもないなら同情もないといった様子で言う。

 しかし差し出された手は伊織にとって救いの手に見えた。

 張りつきそうになる喉を必死に広げ、空気を吸い込んで懇願する。


「――っシァシァ、僕を殺して!」


 泣き腫らした目。

 しかし、実際にはそれを再現した目でシァシァを見上げて伊織は言った。


 どんなものかは見当がつかないが、シァシァも魔法を使えるかもしれない。

 火属性かどうかもわからないというのに、何故かそう思えたのは彼の持つ雰囲気のせいだろう。

 シァシァは訝しむような表情を覗かせた後、今まで見せたこともない虚無のような顔をして「ハ」と一言だけ放った。


 そして伊織をまじまじと見る。

 不死鳥ではなく、これは一体誰なのかを見極めるように。


 伊織の表情と感情の揺れは獣のそれではなく、いくら真似ているからといってこんなにも人間らしくなるだろうかとシァシァですら思うほどだった。

 もしここまで似せることができたのなら、それはもはや。


「……そうか、もはやキミは伊織君なのか」

「不死鳥は他人の炎じゃないと死ねないんだ、ぼ……僕は、なんか、その、藤石伊織だって自覚があるんだけど、魔獣だからここにいちゃいけなくて……死ぬのが一番いいのに自分じゃ死ねなくて」


 伊織は無理やり笑おうとして泣き笑いの表情を浮かべながら言った。

 声は震えているが、願いを確実にシァシァに伝えようと必死になっている。


「だ……だから、代わりに殺してほしい」


 殺してほしい。

 その言葉にシァシァは眉根を寄せた。


 ――子供がそんな言葉を口にするのは許せない。

 長い年月を生きてきた中、シァシァは数多の悪行を行なってきたが、子供にだけは直接は手を出さなかった。

 それは子供という存在が好きであり、そして一番思い出したくない記憶と直結しているからだ。


 遥か遥か昔、大切な『あの子』が同じ言葉を吐いたと人づてに聞いた。

 そして願いは叶ったのか、帰ってこなかった。

 紐づけられた記憶が蘇ったことで眉間にしわを寄せ、それを振り払うように頭を振ったシァシァは伊織の頭をぽんと叩く。


「そんなコト言わないでおくれ」


 そのままシァシァは伊織を抱き上げると木陰に移動し、木の幹にもたれ掛からせるように座らせた。

 そしてしばらく逡巡した後、ずっと開いていた目を笑みの形に細めて言う。


「伊織君。ワタシはさ、人間がキライなんだ」


 シァシァにはどれだけ経とうが色褪せない、人間に対する憎しみの記憶がある。

 それは到底許せたものではなく、きっとこれからもずっと背負っていくものだと思っていた。

 けれど、と続ける。


「君の物事を素直に受け入れてしまうところは気に入ってるんだヨ。馬鹿正直とも言うケドさ。……だから、ウン、ホントはダメなんだケド――仕方ないねェ、特別に手を貸してあげよう」

「……!」


 思わず服の裾を握った伊織に「ただし」と付け加え、シァシァは伊織の頭を優しく撫でた。

 伊織はシァシァを凝視する。

 異常事態のためすぐには気づけなかったが、その声音は頭を撫でる手のように優しい。山小屋で見せた茶化した雰囲気や襲撃した際の威圧的な雰囲気とはまったく違っていた。

 シァシァはまるで小さな子供をあやすように、しかしその声音に似合わない言葉を発する。


「殺しはしない」

「え……」

「なにせ伊織君はまだ子供だ。それにさ、転生者ってコトは一度死んだんでしょ。二度もそんな経験するコトはない」

「でも、でも僕は」


 ここにいてはならない存在だから。けれど自分では死ねないから。

 そう戸惑う伊織にシァシァは思案してから口を開く。


「大丈夫、この様子じゃワタシが手を出さなくても数日で死ねる」

「ほ、本当?」


 不安げな顔をする伊織はまるでただの子供のようだった。

 転生者なら前世は大人だったかもしれないが、どうにもそんな気がしないなとシァシァは思う。


 そして――とある提案を伊織に持ちかけた。

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