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【本編完結】マッシヴ様のいうとおり  作者: 縁代まと
第七章

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第254話 逃亡 【★】

 人間の思考は煩雑すぎる。

 疲れてしまった。

 昔のようになにも考えなくて済んでいた頃に戻りたい。


 そう不死鳥は無意識に願ったが、その思考すら明瞭で、一拍置いて自分の考えたことを自覚した。

 ああ、ゆっくりと平和に暮らしたい。

 生まれた場所は今思えば不思議な場所だったが、不死鳥にとっては故郷だ。

 不死鳥よりも明瞭な存在だった同族たちにはそう思っていない者もいたように思うが、しかし不死鳥にとっては揺るがぬ事実だった。


 唯一の『帰りたい場所』なのである。


 そこである日――そう、穴を見つけた。

 恐ろしい穴だった。


 そこへ吸い込まれた不死鳥はこの世界に放り出され、そして生まれ落ちたのだ。

 生まれたからにはやるべきことがある。

 意味は理解できないが、この世界と交わることで自分の性質は『そういうもの』だと自覚した。


 ここは故郷ではないが、火口にさえ逃げ込めば今よりは安らげるだろう。

 なら早く逃げることに適したものになろう。不死鳥はそう決意する。

 さっきまではどうしても連続しての模倣は無理だったが、今なら恐らく何でも真似られる。


 しかし随分と体積が減ってしまった。

 自ら切り離したせいで過剰なほど小さい。体積が多かった時は圧縮し小さなものになれたが、その逆は難しいのだ。

 パニック状態に陥りそうになるのを必死になって堪え、不死鳥は視線を動かす。


 小さくて素早い個体。

 あの黒い毛色の小さい人間はどうか。

 飛んでいた生き物は呼び出せるだろうか?

 もし呼び出せなくても、あれだけ援護があったのだから少なくとも周りから大事にされている。


 あれを真似れば撹乱にはなるだろう。


 ――そう不死鳥は首だけで伊織を見つめ、観察し、そしてその姿を写し取った。

 ふたりの願いは性質は違えども似通ったものだったといえる。

 そして成長した力はより精密に相手を模した。

 性質が似ており、模す力が強くなり、そして死に物狂いの土壇場の集中力。


 それらが合わさっただけでなく、運も不死鳥に味方した。

 上手く水蒸気が目隠しの役割りを果たしてくれたのである。一瞬どちらかわからない、となれば隙もできやすくなるというもの。

 不死鳥は紫色の炎を固め、しかし普段よりは大分圧縮が甘くても人の形にすべての炎を収められることに薄寒くなりながら、わかるものすべてを真似た。


 背格好も。

 筋肉のつき方、各所の色も。

 服装も、傷痕も、そして記憶も。

 記憶を真似る過程で脳も複写する。これにも慣れてきた。


 そして不死鳥は気がつく。


 個人個人が持つオーラのようなもの。

 魔力の特徴。

 その根源たる魂の形。

 今の自分ならこれも真似られる、と本能的に理解した。


 魔力は自身の性質上どうしても溜め込めないので、体の一部を魔力に似せるしかないため総量はまったく変わってくるが――似せれば似せるほど混乱してくれるはず、と不死鳥は期待する。


 ただし伊織も疲弊していることは不死鳥にもわかる。

 逃走の際に足を引っ張る原因にしないためにも、外見要素を除いて『肉体にある負の要素』は意図的に省いた。


 無事に逃げ切ってゆっくりと休みたい。

 もうなにも考えないで済む時間がほしい。


 その望みを叶えるために、不死鳥は伊織を精密すぎるほど過剰に模倣した。


     ***


「……っイオリがふたりいるぞ!?」

「どちらかが不死鳥か」


 慌てるミュゲイラの隣で静夏が冷静に言った。

 見た目は完全に伊織だ。


 今は互いに驚いた表情を突き合わせている。母親の目から見てもそれはあまりにも酷似していた。

 自分ならわかると思ったが、なぜか見極められない。静夏は密かに眉根を寄せる。

 目に見えない要素――魔力ならどうか、とその場にいた全員が思ったが、それを見ることができるヨルシャミはまだ戻ってきていなかった。


「あの、僕が本物……っていう主張をしたいんだけど、なんか逆に怪しいかな」

「それなら僕も本物だって主張したい」


 ふたりの伊織は互いを半眼で見たまま冷や汗を流す。

 これだけ完璧にそっくりだということは、ここからはただの戦闘ではなくどちらが本物か主張し合う戦いになるわけだ。

 そこへリータが挙手した。


「バイクを召喚できたら本物なんじゃ?」

「あっ、それだ!」

「ナイス、リータさん!」


 リーヴァは帰してすぐのため、インターバル的にも呼ぶならバイクだ。


 伊織はそう決めるや否や鍵を空中に挿し込んでバイクを呼び出した。しかしもうひとりの伊織も同じ動作でバイクを呼び出す。そう、呼び出せてしまった。

 まったく同じ車体がふたつ。

 静夏は腕組みをして首を傾げる。


「どちらかは炎のハリボテか……?」

「僕が本物だよ母さん!」

「だから先に言うなって、僕が本物だよ……!」

「ここまで真似ていると効果は薄いだろうが……問題だ、伊織。私が最後にいた病室のナンバーは?」

「506」

「506」


 静夏が問うとまったく同時に同じ答えが返ってくる。

 なら住んでいた住所は、電話番号は、祖父の名は、伊織が中学3年の頃のクラスは何組、静夏の実家のある県名など訊ねたが、それぞれ正確に回答された。

 その応酬を聞きながらリータは耳を忙しなくぱたぱた動かす。


「情報の真偽がわからないんで私たちには判断つきませんが……マッシヴ様にはわかりました?」

「どちらも本物である要素は満たしているな」

「つまりふたりとも全部正解してたんですか……!」


 そんな、とふたりの伊織は表情を曇らせる。

 どちらかは偽者とはいえ、息子にそんな顔をさせてしまったことが静夏は情けなかった。

 見極められる母親でなくてすまない、そう視線を落とす。


 するとふたりの伊織がまるでふたりとも本物のように慌てながら「大丈夫だよ!」「これは仕方ないって!」とフォローした。

 息が合っている姿はまるで双子のようだ。


「……っすまなかったな! 戻ったぞ!」


 そこへ崖の方からよく通る声が聞こえ、全員がそちらを向く。

 バルドに背負われたヨルシャミが手を挙げていた。


「無事だったか!」

「ああ、風魔法で勢いを殺してな。ただ浮遊までできる余力がなかった故、難儀していたのだが……追ってきたバルドに助けてもらった」

「おう、着地もバッチリだったぞ!」

「嘘をつくな、真横でとんだスプラッタを見せよっ……て……、……?」


 ヨルシャミは静夏の陰に隠れて見えなかったもうひとりの伊織に気がついて目を瞬かせる。

 同じくバルドもその存在を把握して首を傾げた。


「じつは双子だった……なんてことはないよな、どっちかが不死鳥か?」


 マズくない? というニュアンスを含んだ言葉にヨルシャミが頷く。

 そしてバルドに小声で言った。


「私には一目でわかったが、すぐに指摘して逃げられては困る。手段はいくつかあるが……とある方法で本物か否かを示す故、相手に気取られないように捕まえてくれ」

「難度高いな……でもわかった、で? その方法は?」


 ヨルシャミはこそこそとバルドの耳元で説明し、これなら詳しい説明を受けたバルド以外でも気づく者がいるかもしれない、と付け加える。


「足止めは一瞬でもいい。確保したら私の余力すべてを使って炎の魔法を放つ。ではゆくぞ」

「わかった」


 ヨルシャミはバルドから降りるとじっとふたりの伊織を見た。

 凝視すれば魂まで見据える目だ。

 それをわかっているふたりの伊織はむしろよく見てくれと言わんばかりに向き直る。双方自信があり、見られることにまったく怯えていない。


「随分精密な模倣だな、魂の形までしっかり写し取っているぞ。それにこの演技力……真似る力はやはり進化するものであったか」

「なあ、ヨルシャミならどっちが本物かわかるんだろ?」

「これだけ精密だと骨が折れる」


 私にはふたりともイオリに見えるな、と嘘を口にしながらヨルシャミは自分の荷物を下ろした。

 そこから取り出したのは武器でも薬でもなく――普段から使っている、ただのカップだ。


「両方イオリに見える故、今だけ一時的にふたりとも心配してやろう。まずは真偽の判断のためにも一度落ち着こうではないか」

「こ、このタイミングでお茶?」

「落ち着けるであろう?」


 ヨルシャミはふふんと笑いつつふたつのカップにお茶を注ぎ、自前の魔法は温存して魔石で温めた。

 お茶はあっという間に温かい湯気を立ち上らせ始める。

 そうして用意したそれをふたりの伊織に差し出し、ヨルシャミは冷めないうちに飲むよう勧めた。


「我々だけでなくふたりの伊織も戸惑っていると見える。ここで一息つき、落ち着くのは最善策に思えるが?」

「そうかなぁ……」

「でもとりあえず貰うよ」

「あっ、僕も」


 伊織が湯気の上がるお茶に口をつけ、もうひとりの伊織も同じく軽く啜った。

 ――変化は如実だった。


 ヨルシャミから見て左に立つ伊織は何食わぬ顔でお茶を飲んでいる。

 しかし右に立つ伊織は一口飲むなり眉根を寄せた。


 ここまではっきり出るとは、とヨルシャミはバルドに目配せする。

 これで駄目なら他の方法を試すつもりだったが一発でわかった。

 それは眉根を寄せた伊織も同じだったようで、ヨルシャミの意図を理解したのかぽかんとした顔をする。


 その呆気に取られた顔にバルドが飛びかかって後ろに回ると、すぐさま腕を捻じ上げた。人間の体から鳥に変身されれば意味を成さないが、今は一瞬の確保でいい。


「かかったな、その茶は両方……塩入りだ!」


 味覚のない伊織はそのことに気がつけない。

 しかし不死鳥が逃げるために伊織を模したのなら負の要素は敢えて省いているのではないか、という憶測をもとにヨルシャミは一か八かで試したのだ。

 結果は一発で上々、ヨルシャミだけ把握していた偽者側が反応した。

 もう言い逃れはできない。

 あとはこれを不死鳥として討つだけ。


 ヨルシャミがよくも伊織を真似たなという気持ちで炎の魔法を腕に纏わせると――捕らえられた伊織の、あまりにも形容し難い表情が目に入った。


 驚愕、理解、絶望、恐怖。

 そのすべてを混ぜ合わせて顔に塗りつけたような顔。


 本物ではない。

 この場の誰よりもそうわかっているヨルシャミだったが、伊織を裏切ってしまったような思わぬ感情が湧いて一瞬だけ動きに迷いが出た。

 その隙をついて伊織は――偽者の伊織は押さえられていた腕の形状を僅かに変化させてバルドのホールドから逃れる。


「コイツ、逃ッ……」


 慌てて追おうとするも、背中から発生した炎の翼に阻まれる。

 それは長時間飛べるほどのものではないらしく、ほとんど大きな跳躍といった様子で木々の中に消えていった。

 僅かに見えていた人影は人間とは思えない速さで消えていく。

 ヨルシャミは声を張り上げた。


「すまない、しくじった! 早く追……、ッ!」

「ヨルシャミ!?」


 ヨルシャミはぐらりと体を傾けて額を押さえる。

 不死鳥を追おうとしていた伊織は驚いて足を止めた。


「大丈夫か!? まさか怪我でもしたんじゃ」

「いや……これは……久方ぶりの自動予知だ。すまない、しばし動けなくなる……」


 自動予知。

 ヨルシャミがナレッジメカニクスから逃げ出す際にも一役買った予知系の魔法で、ヨルシャミの血筋に根差すものだ。

 自動で行なわれるため意識的にコントロールはできないらしい。


 ヨルシャミの予知は映像で見えると前に言っていたことを伊織は思い出す。

 へたり込んだ様子から考えると、予知を見ている間は動くことができなくなるのだろう。

 ヨルシャミの脇にいたバルドが体を支えながら言った。


「俺が見とくから追え、バイクならなんとか追いつけるだろ!」

「わ……わかった! 行ってくる!」


 伊織は後ろ髪引かれる思いでバイクに乗り込み、急発進させる。その後ろを静夏とミュゲイラが追った。

 リータは同じく走り出しかけたサルサムを引き止める。


「これ以上動き回ったら死んじゃいますよ!」


 人間の身ではあまりにも血を失いすぎている。

 そうリータはサルサムの体を指した。


 これくらいならまだ大丈夫。

 そうやって軽口のように口にしかけてサルサムは思い直した。

 危機管理も両親に叩き込まれたのだ。この怪我は走って追うことはできるが、途中で確実に倒れるだろう。

 少なくとも手当てをしてからでないと激しく動き回ることはできない。


「まずは止血しましょう。バルドさんもヨルシャミさんの傷を応急処置してください。それ、致命傷じゃないですけど落ちた時にできたものですよね?」

「わかった。サルサム、ちゃんとリータの言うこと聞けよ〜」

「お前に言われるとムカつくな……」


 口角を下げつつサルサムはリータたちと共に木陰に移動した。

 間に合うかはわからないが、処置が終わればすぐにでも駆けつけるつもりで。


 ……しかし結局、サルサムは木陰に着くなり立ちくらみで見事に転び、その衝撃で意識が吹き飛んだのだった。









挿絵(By みてみん)

サルサムの傷痕(絵:縁代まと)


※イラストがリンクのみの場合は左上の「表示調整」から挿絵を表示するにチェックを入れると見えるようになります(みてみんメンテ時を除く)

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