第251話 魔獣の学び
魔導師長?
伊織がそう首を傾げると、静夏は声をひそめながら答えた。
「ベレリヤ騎士団の騎士団長のひとりだ。魔導師を兼ねる騎士団長をそう呼ぶ。……そうか、ここに派遣されたのはランイヴァルだったか」
「なるほど、でも母さんが知ってるなんて意外だったかも。有名な人……実力者なのか?」
伊織も騎士団の名前はよく耳にしていたが、それを構成しているメンバーのことはさっぱりだった。
はっきりと話題に上ることも少なかったため、伊織はなんとなく母親もそこまで詳しくはないだろうと思っていたが――そうではなかったらしい。
静夏はなぜか言い淀みながらも「有名かどうかは人によるかもしれないが、実力は高い」と答えた。
そこでバルドがなにかを思い出したように口を開く。
「あ、名前までは聞いたことないけど、騎士団には水属性の魔導師兼剣士をやってる強い奴がいるって聞いたことあるな」
「まさにそれだ。ランイヴァルは水魔法を操りながら剣を使う凄腕でな、私も……」
「……私も?」
「いや、とにかく先ほどの老人より油断ならない相手だ」
言葉の続きを継ぐことなく静夏は不死鳥の真似たランイヴァルの姿を見る。
重圧感のある剣を構え、サルサムの一刀を避けた不死鳥は雪を溶かし蹴散らしながら踏ん張ると、振り向きざまに大剣を振るった。
大きさに見合わないほど軽い動きで空気を切った大剣の切っ先、それがサルサムの脇腹を割く。
「……!」
切り傷の痛みと火傷の痛み、それが同時に襲ってくる。
加えて燃えようとする衣服を叩き、サルサムはサラマンダーの炎をナイフに追加した。
先ほどまでの動きは力強くも粗野なものだったが、今度は違う。
戦い慣れて洗練されたものだ。
そこにどこか物足りなさを感じるのが不思議だが――それは動きの中にぽっかりと開いた穴のような、謎の隙があるからだと何撃目かを受けてサルサムは気がついた。
サラマンダーの一匹が大剣に刺し貫かれて燃え尽きる。
その大剣を使い、リータの矢を空中で切り落とす。
刃を盾にヨルシャミの放った火球を防ぐ。
――それはすべて剣を使ったもの。
静夏のように『ランイヴァルは魔法を使う剣士である』と知らないサルサムでも、戦ううちにその可能性へと辿り着いた。
不死鳥は魔法までは真似できないのかもしれない。
そう同時期にヨルシャミも薄々と感づいていた。
もしかすると炎系の魔法なら自前の炎を利用して真似できるかもしれないが、水属性の魔法はどうやっても再現不能だったのだろう。
炎系以外の魔法を真似られないなら総攻撃を仕掛けてもいい。
しかし現状、こちらからも炎系の攻撃しか通らないなら危険だ。
どうやら姿の見えないものは真似できない、もしくはまだ脅威とみなされていないようだが姿を現して大型の炎系攻撃魔法を放ったところで、もし真似されて同じものを返されたら大変なことになる。
まだ判断するのは待ったほうがいい。
ヨルシャミがそう凝視したところで、もう一匹サラマンダーが焼き殺された。
「少なくとも人間ふたりは真似られるキャパができた上にクオリティも上々、か……成長する魔獣なんてほんとゾッとしないな」
サルサムは持っていたナイフを投擲する。
それが不死鳥の二の腕に命中するや否や、袖の中から取り出したもう一本のナイフに再びサラマンダーの炎を纏わせた。
ナイフは見た目は人間に近くとも炎で構成されているはずの体に深々と刺さっており、不死鳥は今まで縁遠かったであろう痛みに苦悶の声を漏らす。
サルサムは迷わずその懐に入り込み、ナイフを不死鳥の胸元に突き立てた。
硬い甲冑を着ているように見えるが、これも不死鳥の炎で作られたもの。再現された材質がなんであれ弱点は共通している。
不死鳥は人間の声で叫び、眉根を寄せて苦しがり、しかし両眼でしっかりとサルサムを見据えた。
その目には敵意よりも勝るものが見え隠れしている。
即ち、相手をつぶさに観察しようという目だ。
「っ……三人目か!」
サルサムは後ろに飛び退く。
そこだけ雪の溶けた地面に立っていたのは『サルサム自身』だった。
瞬きする間に起こった変化に一瞬だけ鏡を見ているような錯覚に陥る。
姿を模した不死鳥はいつの間にか片手に握っていたナイフを構えるとサルサムに肉薄した。
身軽で素早い暗殺者のような動きだ。
サルサムはそれをナイフで受けながら後退する。
ナイフには炎を纏わせたままだが、先ほどまでの不死鳥の武器も含めて弾いたり受ける程度では甲冑のように刃は通らない。
(まるで親父みたいな動きだな……こんなに似てたのか)
サルサムは稽古をつけてくれた父親のことを思い出しながら傍目から見る『自分』を観察した。
ナイフは弾いても刃物と刃物が擦れる音はしない。
しかし近寄っても熱気を感じず、咄嗟の回避で腕が触れ合った際も炎のような熱さは感じなかった。
再現性が高くなることで温度と質感まで真似てしまったようだが――それも一長一短である。
攻撃は未だに炎を纏ったものでないと通らないが、そのうち普通の人間の体のようになるのではないか。
これは不死鳥本人も不思議に感じている様子で、つまり成長はしているがまだコントロールできていないことを示していた。
狼頭の雪女もそうだったが、新しい方向への成長が著しい個体は不安定なようだ。
(……だとしても、ここで手間取ってるようじゃ今後もっと苦戦する)
自分たちも成長のステップを上がらなくてはならない。
「成長を待ってやる義理はないんでな!」
不死鳥をその踏み台にする勢いでいこう、とサルサムはナイフを握り直す。
残り三匹になったサラマンダーも殺されていないだけで体力は削れ、心なしか吐く炎の勢いもなくなってきた。
そろそろ知りたい情報は集まったが決定打に欠ける。
確実に最大戦力を真似られない理由がほしい。
そう考えていると――不死鳥が露出した地面を足で抉り、土と溶けかけた雪を巻き上げて目潰しを試みた。
(……!? 今の戦闘中に目潰しなんて使ってないぞ)
驚きつつも顔には出さず、サルサムは片手でそれを防いで直前までの動きから攻撃の来る角度を予想して回避する。
戦い方が技巧的になっていると感じ、ああこれも成長の一端か、と目を瞠った。
ランイヴァルの時よりも記憶の再現が上手くなっているのだ。
今見た動きだけを学ぶのではなく、相手の記憶――恐らく魔獣としての能力で相手の脳から記憶を掬い上げ、直接見たもの以外も学んでいる。
ならばこちらの対応も変えなければ。
そう出方を窺っていると、不死鳥は不意に視線をサルサムから外した。
戦闘中になぜ? とほんの一瞬虚をつかれたサルサムは、不死鳥の新たなる視線の先を見てはっとする。
茂みの中から後方支援していたリータとヨルシャミだ。
今まで姿を晒している侵入者だけを狙っていたのは、周りが見えないくらい思考が獣的だったのだ。しかし不死鳥はついに気がついた。
目の前の侵入者と力が拮抗しているなら、あちらから始末した方がいい。
あれも侵入者だ、と。





