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【本編完結】マッシヴ様のいうとおり  作者: 縁代まと
第七章

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第247話 本音の欠片 【★】

 ――リーヴァにありがとうと伝え、帰っていく彼女を見送った後。

 ミヤコの里に戻った伊織たちはララコアに住む複数の住民に迎えられて驚いた。


 向けられたのは魔獣退治の感謝の言葉だ。

 しかしあの魔獣は、シァシァの言葉を信じるなら伊織との会話のチャンスを得るためだけに招き入れられたもの。いわばララコアは巻き込まれた形になる。


 伊織はそんな彼らから礼を言われるのが心苦しかった。

 いっそここで素直に説明してしまおうか、と伊織が思ったところでその肩をヨルシャミが叩く。


「お前も巻き込まれた側だ。それに人的被害もなかったそうだぞ、下手に明かして騒動を大きくすることはあるまい」

「でも……」

「もし罪滅ぼしをしたいならば不死鳥を滅することが代わりになる。……しかし、どうしても話したいのなら私も付き合おう。初めにあれに接触される隙を作ったのは私もだからな」


 シァシァに救助されるような事態を招いた一端は自分にもある。

 そんなことをヨルシャミは言う。

 だが、あそこで関わらなくてもシァシァがその気になればいつだって接触できていただろう。

 ヨルシャミに原因があることではない、というところまで考えて、ああこれと同じ気持ちなのかと伊織は眉を下げた。


「……ありがとう、ヨルシャミ。悩むのは後にして、今は不死鳥をどうにかすることに尽力するよ」


 無事に脅威を取り除いた後、改めてきちんと考えようと伊織は目元に力を込める。

 その背中をヨルシャミは一度だけ優しく叩いた。


     ***


 本日は準備に費やすつもりだったが、なんと今夜は宿特製の豪華な夕飯が振る舞われるということで全員どことなくそわそわとしていた。

 いつもより特別だというそれはもしや魔獣退治のお礼なのではと身構えたものの、どうやら最後の宿泊日にいつも用意しているものらしい。

 見習いたいくらいのおもてなしの精神だと一行は感心した。


 夕食まで時間があったため、戦闘で薄汚れてしまったこともあり全員で再び温泉に入ることと相成り、その後に落ち着いてから今日の詳しい報告や情報交換を行なおうということになった。


 伊織はシァシァの再訪を合流時に報告済みだが、他にも細やかなこと――またすぐに会えるだろうという不穏な言葉についてなどを共有したいと考えている。

 シァシァはどうも伊織がひとりの時、もしくは少人数の時を意図的に狙っているようなので情報共有は大切だと感じられた。



 そんな中、寛ぎつつも緊張状態が続いていることを感じたバルドが「休むのも大切だろ、夜寝られなかったら困るし!」と気分転換を探し――辿り着いたのが休憩室に用意された卓球台である。

 自室があるため休憩室に足を運んだことがなかったのだが、まさかの卓球の登場にバルドは丁寧な二度見をした。


(これもミヤコが持ち込んだ文化か!? いやまあ、温泉から出たらこういう遊びもしたくなるよな、うん、わかるわかる)


 ひとりで頷きつつバルドは考える。

 わかると同意したものの、どうやら『前世の自分』は温泉に入ることはあっても自ら卓球をしようというタイプではなかったらしい。

 まったく記憶が喚起されないのだ。むしろ傍から眺めていた気がする。


(今の俺ならめちゃくちゃ楽しむのになー……)


 徐々に記憶を思い出すことで薄々感じてはいたが、前世の自分と今の自分はどうにも性格の差が大きいようだった。

 しかし、それに対して恐怖や不安感はない。

 バルドは「まあそういうこともあるだろ」と受け入れつつ廊下を見回し、ちょうど部屋に戻るところだったミュゲイラを見つけて呼び寄せた。


「おーい! ちょっと卓球やってかないかー?」

「タッキュウ?」

「スポーツスポーツ!」


 理解はしていないものの、興味を引かれたミュゲイラが近寄る。

 バルドはふんわりとしか理解していなかったルールを必死に思い出してミュゲイラに伝えた。


 卓球の玉はさすがに軽い木を使った木製だったが、ラケットの再現度はなかなかのものだ。ただしゴムは付いていない。

 そんなラケットを握りつつミュゲイラはまじまじと観察するように見る。


「へー、こんなちっこいやつで打ち返すのか。小ぢんまりとしたゲームなんだな~」

「そこがいいんだよ、多分。なあなあ、折角だし気分転換にやってかないか? 他のやつらはもう部屋に戻っちゃったみたいだしさー」

「うーん、あたしの趣味じゃないんだけど……よっし! ならちょっとだけな!」


 にっと笑ったミュゲイラに「そうこなくっちゃ!」とバルドは親指を立てた。


 ――この数分後、ミュゲイラの放った木製の玉で脳天を射貫かれそうになったのは悲劇中の悲劇である。


     ***


 普通の人間なら命の危機に腰を抜かすところだが、幸いそういった類には慣れているバルドはスリルも楽しみつつ大いに卓球を満喫した。

 ついつい白熱してしまったがもうそろそろ部屋に戻ったほうがいい。

 夕食もできている頃だろう。

 そう思い卓球を切り上げ、シレトコの間に続く襖を開けたバルドとミュゲイラは静止した。


 サルサムが酒瓶を持っている。


 それだけで由々しき事態だ、とふたりは直感した。

 なにせ両名ともサルサムの最悪極まる酒癖の被害者である。

 途端に青くなったバルドとミュゲイラは「おわーッ!!」と仲良く同時に叫びながら飛び掛かるようにして酒瓶を奪い取った。


「なんで!? なんでこいつに酒を与えたんだ!?」

「そ、その、最終日くらいは美味しい地酒はどうですかって訊かれて、サルサムさんがそれなら欲しいと……」


 ぽかんとしていたリータが答える。

 ミュゲイラとバルドは再び同時に頭を抱えた。


 被害者がバルドとミュゲイラだけということは、それ以外のメンバーはサルサムの酒癖の悪さを知らないということである。

 酔い潰れた後の様子は以前晒したため理解しているが、あの様子だけでは真実の八割も伝わっていない。


「前にサルサムが酔い潰れてたのを見ただろ? その前段階がマジやべーんだよリータ……飲む前でよかった……」

「あ、えっと、お姉ちゃん」

「うん……?」

「飲んだ後なの」


 ミュゲイラは目をぱちくりさせ、そして「飲んだ後?」と復唱し部屋の中を見た。

 お膳の間にいくつかの酒瓶が見える。その中の一本がすでに空になっていた。

 目の錯覚でなければ中には一滴も残っていない。


 呆気にとられている静夏が飲んだ形跡はなく、伊織とヨルシャミも同様だ。


「そ、その、サルサムさんが一杯飲んだ後に『これはいい酒だな』って笑って、あっという間に……飲み干しちゃって……」

「うわー!」

「一足以上遅すぎた!! お、俺、こいつ連れて他の部屋に放り込んで来――」

「誰が誰を放り込んでくるだって?」


 不意にバルドと肩を組んだサルサムが据わった目でそう言う。

 ああ、地酒は普通のビールより度数が高かったんだな、とバルドは瞬時に理解した。理解せざるをえない雰囲気だった。


「わかったぞ、俺を仲間外れにするつもりか。そうだな? そうなんだな? それはひどいだろぉ……」

「絡み酒かと思ったら泣き上戸だこれ!」

「ほら! お前も飲め! 美味いから!」

「いやこれやっぱ絡み……うごっ!」


 口に酒瓶を突っ込まれたバルドは必死にもがくも、サルサムのホールドは酔っていてもプロの技なのか抜け出すことができない。

 それでもミュゲイラは力づくでそれを引き剥がした。

 が、サルサムが今度はバルドに飲ませる代わりに自分で飲み始めたのを見て情けない声を漏らす。


「や、やめろー! あー……もうこれダメなやつじゃんかー……! 酔い潰れるまで面倒なことになるぞ、みんな別室に避難しとけ! 退避退避!」

「そんなに!?」

「序の口でこれだぞ!?」


 ミュゲイラはとりあえずリータだけでも先に逃がそうとするも、その手をサルサムが掴もうとし――代わりに割って入ったバルドの腕を掴んだ。


「バルド! お前結構飲まされたろ、大丈夫なのか……!?」

「アルコールにはそこそこ強いからな。というかマジで美味い酒だった……それを使うのは勿体ないが……」


 ていっ! とバルドは酒瓶をサルサムの口に突っ込み返す。

 ミュゲイラはぎょっとしたが、バルドはそれを片手で制した。


「こうなったら後戻りはできないからな、むしろ飲ませて早く潰すぞ! なに、翌日の回復速度的に死ぬことはない……はず!」

「コエーよその見切り発車! やっぱお前も酔ってないか!?」


 しかし今考えられる手はそれくらいだ。


 ミュゲイラが本気でサルサムを押さえていたとしても酔いが醒めるのがいつになるかわからない上、そのまま吐かれたら大惨事どころではない。

 致し方ない、といった表情でミュゲイラは伊織を見る。


「イオリ! そっちの酒も持ってきてくれ!」

「え、あ、はい!」

「魔獣相手よりひっ迫しているな……」


 ヨルシャミがそう呟きながらこっそりと部屋の角に避難する。正解だ。

 そこへ静夏が声をかける。


「ヨルシャミよ。もし万一サルサムが急性の中毒に陥った場合は回復を頼めるか」

「む? ああ、恐らく対応できる故、その時は任せろ」


 ただの酔いを醒ます魔法はないが、とヨルシャミは静夏に付け加えた。

 通常の回復魔法では回復対象認定されないだろうが、中毒症状を緩和する魔法ならあるのだ。解毒魔法の一種である。

 重度の毒には効果がないがアルコールなら対応可能だ――が、サルサムの様子を見ているとほんの少し自信がなくなるのをヨルシャミは感じた。


 と、その時サルサムが膝から崩れ落ちる音がした。


 ただし、まだ潰れたわけではないのか虚ろな目で虚空を見ている。

 暴れるより少し怖い。


「うー……くそ、お前らも飲めよ……」

「後で飲むから心配すんな」

「そんなこと言って、嘘だろそれ、わかるんだぞ……っていうか」


 サルサムは虚ろだった目に力を込め、バルドを睨むように見た。


「お前、バルドか?」


 じっ、と。

 あまりにも真っ直ぐ見つめられ、バルドは面食らった顔をした。

 しかしすぐに目を見返して答える。


「ああ、俺はバルドだ」

「……そんなに変わったのに?」

「そこまでじゃない。それにもし変わったって俺は俺だ」

「……」

「お前だってこれから変わってくぞ。俺ももっと変わるかもしれない。けど俺はバルドで、お前はサルサムだってことはずっと変わらない。だろ?」


 サルサムは赤い顔でしばらく考え、きちんと思考が回っているのかどうかは定かではないが――「そうか」と呟くと、途端に子供のように安堵した笑みを浮かべた。


「それならいい」

「よかった、なら――あ」

「あっ……」

「えっ?」


 三者三様、それぞれ違う表情と声で驚いた面々はサルサムを見下ろす。

 安堵と共に眠気が訪れ、ついに酔い潰れたらしいサルサムはその場で眠り始めた。

 具体的に言うと浴衣姿のリータの太腿の上で寝た。見事に寝た。


 謎の緊張感が走り、ミュゲイラが下唇を噛みながらバルドを見る。


 妹を守るため今すぐにでも引きずり下ろしたいが、また起こしてしまうかもしれないから葛藤している、という顔だ。

 バルドはそれを宥めるようなポーズを取る。

 気持ちはわかるが落ち着け、と。


 そんな中、リータだけは驚きつつも小さく笑っていた。


「……サルサムさん、きっとバルドさんが色んな記憶を思い出して別人になっちゃったみたいで寂しかったんですね」

「そ、それで寂しがる奴じゃないだろ」

「バルドさんだけでなく、サルサムさん自身もそう思ってたのかも。えっと……少しの間ならこのままでもいいんで、後片付けしてからご飯食べませんか?」

「肝が据わりすぎじゃないか!?」


 お姉ちゃんのおかげで据わってます、と笑うリータにミュゲイラは口先を尖らせて複雑げな表情をした。

 兎にも角にもリータがサルサムを受け持っている間に片付けをし、その後様子を見てからサルサムを布団に移して夕飯にしようという話になった。

 深く寝入った後なら少し動かしても大丈夫だろう。


 リータはすやすやと寝息を立てているサルサムを見下ろす。

 酔い潰れて姉に連れ帰られてきた時もそうだったが、普段とはまったくの別人のようだ。


(こっちが素、ってことはないだろうけど……)


 普段は普段で年長者らしくあろうと少し無理をしているところがあるのかもしれないなと思う。

 リータは長子ではないが、生きてきた時間だけならサルサムより長い。


(……今だけは色んなしがらみを忘れられますように)


 そう祈りながら、リータは小さな子供の頭を撫でるように焦げ茶の短髪をぽんぽんと撫でた。

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