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【本編完結】マッシヴ様のいうとおり  作者: 縁代まと
第七章

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第241話 自分の人生

 シァシァは悩んでいる。


 伊織たちを勧誘してからしばらくは――少なくとも半年は間を開けようと考えていたのだが、思っていたより早く機会が訪れてしまった。

 だがオルバートの言葉が決定事項なのは揺るがぬことだ。


 強引な洗脳はシァシァの美学に反する。

 嫌悪感すら感じるが、勧誘が失敗すればきっとオルバートは実行に移すだろう。


(こちらが考えに沿っていれば代案には寛容だケド、その代案が失敗した時に元の案まで手放すヤツじゃないからなァ……)


 至極明るい様子を見せながら部屋から出たものの、酒場でかれこれ数時間は時間を潰していた。

 どうやってもう一度勧誘しようか。

 シァシァは伊織とヨルシャミをセットで、と考えていたが、オルバートは伊織のみを標的に絞っている。


 小屋でのやり取りを振り返るとヨルシャミがストッパー役として機能しているようだった。なら今回は苦肉の策になるが、伊織のみを再度勧誘してみようかとシァシァは考えを巡らせる。


(課題は伊織君がひとりになるタイミングをどう計るか……いや、作るか、か)


 タイミングというものは時間がある時に待つものである。

 今は自ら作りに動いたほうがいい。


 情報を収集したところ、聖女一行がララコアを発つのは明後日の朝だと思われる。

 とすると今日か明日の内に決めておきたい事柄だ。

 だが部屋を出た後、オルバートと話していたヘルベールから聖女一行にトラブルがあったようだと伝えられた。なんでも小川に落ちたらしい。


 もしここで伊織が死んでいたら悩み損になるところだった。


(それから宿に引っ込んじゃったみたいだから、少なくとも今日は外には出てこない確率が高そうだ。フーム……)


 シァシァは安っぽいビールをまるで水のように一気に呷り、勢いよくジョッキを置いてから三つ編みを揺らして立ち上がった。

 年季の入ったイスがガタンッと派手な音を立てる。


「ヨシ、決めた。明日魔獣を呼び込んじゃお!」


 その声は酒場によく通ったが、直前の一気飲みを見ていた客からは酔っ払いのたわ言としか受け取られなかったという。


     ***


 夢の中でカレーの試食、そして故郷でのデートという不思議な体験をした翌朝。

 目覚めた伊織は静夏らと共に火山についての情報を集めて回った。


 不死鳥の不意打ちを狙える立地なのか。

 活発になった火山はどのような様子なのか。

 明日の近辺の天候予想はどういったものなのか。

 捕えられている元盗賊のバルタスにも再び話を聞き、大分イメージを絞り込むことができた。


 不死鳥は普段は火口を根城にしているが、縄張りを侵す者に気がつくと攻撃のために麓へ降りてくるという。

 ただし侵入者の有無は人間と同じような方法――目視や音で確認しているため、縄張りに入ったからといってすぐに襲われるわけではないらしい。


 現に盗賊の里も初めは存在を知られておらず、不死鳥の誕生を目撃した住人が逃げ帰ったことで位置を知られたそうだ。

 縄張りを重視する性質は鳥の魔獣と似ているが、地の果てまで追わないということはこちらが不死鳥の素の性質なのかもしれない。


 活力を取り戻した火山は里がもぬけの殻になってから一度だけ小さな噴火を起こしたらしい。


 ただし小規模でララコアへ降り注いだ灰も極少量、被害も最小限で今のところ温泉にも影響はない。

 火口付近はさすがに未だ固まりきっていない黒いマグマが赤いヒビを走らせてゆっくりと広がっているらしいが、通れる山道もまだ残っているとバルタスは言っていた。


 里へ降りてくる前に自分たちから出向いて倒せないか、と当時の仲間と計画を練った際、遠見の魔法を使える仲間が山頂を確認したのだそうだ。

 古い情報であるため状況は変わっているかもしれないが、直接見た情報があるのはありがたかった。


 本日の天候は村人たちの予想では晴れ。


 しかしさほど強くない雪なら降るかもしれない、といった雰囲気だった。

 この世界には正確な天気予報は存在しないため長年暮らしている住民の勘ではあるが、それでも八割ほどは当たるらしい。

 天候は命に直結する情報のため、見る目が鍛えられているのかもしれなかった。


「今後魔獣の影響が村にないとも限らない。しっかり倒しきらなくてはならないな」


 そう言いながら集まった情報を紙に書きつける静夏を見て伊織は笑う。


「母さん、めちゃくちゃ温泉を気に入ったみたいだもんな」

「ふふ、そういえば今朝も入ってましたもんね。お姉ちゃんも一緒についてくから手がしわしわになってましたよ」


 伊織とリータにそう指摘され、静夏はほんのりと頬を染めながら咳払いをした。


「それだけではない、が……それも理由のひとつではある」


 下手をすると一日三回、もしくはそれ以上入っている。

 村そのもの、そして村の温泉を守りたいという気持ちがあるのは静夏自身も自覚していた。


「ただの風呂に入るのとはまた違った趣きでな、……どう表現すべきか悩むが、そうだな……初代のミヤコが本当に温泉が好きで、それをこの土地の皆や訪れる者にも楽しんでもらいたいという気持ちを持っていたのが伝わってくる、それが好きなのかもしれない」


 そして、と静夏は目を細める。


「ミヤコがそんな気持ちを持ったのは、ここを第二の故郷と定めたからかもしれない。そう思うと……同じ故郷から来た者として、少し思うところがあってな」

「第二の故郷……」

「村の墓地にはミヤコの墓があるそうだ」


 掛け軸に『我が青春、彼の地に在り』と書くほど故郷を想っていたミヤコ。

 そんな彼女がこの地を第二の故郷とし、大切なものを守り伝えていった。


 ミヤコは転生者であり、きっと世界の神から静夏や伊織たちと同じように世界を救う願いを託されていたひとりだろう。

 しかしミヤタナに話を聞いたところ、ミヤコが守ったのはこの近辺のみ。

 そして人生のほとんどをここで宿を経営しながら過ごしたのだ。


 それを聞いて伊織は一瞬だけ。

 一瞬だけ、胸の奥が疼いた。


 ――吹雪の中、小屋でシァシァから言われたことが頭の中で蘇る。


 世界を救いたいという想いは神に仕込まれたものかもしれない。

 それにNOという答えを突きつけたが、しかし、こうして昔の転生者が使命に翻弄されず、自由に生きたことを目の当たりにすると――どうしても形容し難い気持ちが湧くのだ。


(もしかして羨ましい……のか?)


 伊織は思わず眉根を寄せる。

 自由に生きたそれは、まさにミヤコ個人の人生だった。


 では自分は?


 もしかすると過去の転生者が自由に生きすぎた結果、神はその後の転生者になにかを仕込むようになったかもしれない。

 使命を全うしなくても自分の人生を選んでいい。いいはずだ。

 しかしどうしても今の心境だとそこに自分を当てはめられない、と伊織は思ってしまう。

 神に直接会えれば数々の疑問をぶつけられるというのに、それもできない。


「……」


 そこまで考えてしまい、この思考はだめだと伊織は自分に喝を入れた。

 知りたいことがあるから神に会いたい。


 ――これではナレッジメカニクスと同じだ、と。

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