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【本編完結】マッシヴ様のいうとおり  作者: 縁代まと
第七章

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第235話 俺捕まったりしないか?

 リータとしては、緊急事態が今朝からずっと続いているようなものだった。


 全裸の男が脱衣所から間違って廊下に出てきた場面に遭遇したとして、百歩譲ってそれはいいとしよう。

 しかしそれが伊織だったなんて妄想すらしたことがない。


 だというのに、なんの心の準備もしていないところに絶賛失恋チャレンジ中の相手が全裸で現れたらどうなるか。

 それはもちろん天変地異と大陸大移動が同時に起こったような大騒ぎである。


 買い物中も肌色の記憶に思考を乱されて苦労したが、ヨルシャミに指摘されてから大分ましになっていた。

 他でもないヨルシャミに伝わってはならない話だからだ。

 伊織が黙っているのもきっとそのためだろう。

 とてつもなく軽く謝られたが、きっと伊織も混乱していたに違いない。そうリータは思う。


 ――真実は中身がニルヴァーレだったからであり、当人しか知らないため伊織にはなにも伝わっていないのだが。


 これは自分が元通りになれば流せる問題だ。

 リータはそう考えていた。


(でも……!)


 なぜここにきて混浴なのか。

 リータとしても嫌なシチュエーションではない。

 しかしなぜ、なぜこのタイミングなのか。そう思ってしまう。


 あんなことがあったのと同日中に半裸以上の露出度の伊織と同じ湯に入るという試練である。

 初めは普通にしていたがそろそろ限界だった。


 伊織から自然に離れるべく半ば強引にサルサムを連れて洗い場に向かったが、余計に自然さから遠のいた気がうっすらとしている。

 そこでリータはやっとハッとした。


「あっ……サルサムさん、すみません。凄く今更ですけど迷惑だったんじゃ」

「あの勢いで引っ張ってきて本当に今更だな!? いや、まあ、なにかあったんだろ。離れて少し落ち着くならいい」

「うう、ありがとうございます……」


 それに、とサルサムは眉を下げて笑う。


「妹が小さかった頃に一度だけ髪を洗ってくれてな。あの時に人に洗われるのはそう嫌なもんじゃないってわかったから」

「……? ならなんでバルドさんの時は嫌がって……?」

「バディ組んでた同僚に洗われるのは嫌だろ……!」


 リータにも仕事仲間がいたことはあるが、ここまで嫌だとは思っていなかった。

 しかしそれは文化と性別の差なのかもしれない。

 そう思ったところでサルサムが「それに、いつも面倒見てたのはこっちなのに突然年上面してくるのがムカつくんだ」と小声で付け足したのを聞き、それだけじゃなさそうだなと思い直して笑う。


「じゃあ丁寧に洗いますね!」

「あー……ああ、無理はしないようにな」


 そう頷くサルサムの背後でリータは石鹸を泡立てた。


     ***


 ――落ち着くならいい。

 そう言ったサルサムはある問題に直面していた。


(……じ、自分が落ち着かない)


 無理やり落ち着こうとすると真顔を通り越して虚無の顔になってしまう。

 少し格好をつけたことを言ってみたものの、未知なるシチュエーションに対する戸惑いは相当のものだった。

 少し妹のように見ている応援対象に混浴で髪を洗ってもらっているとは一体どういうことなのか。


 サルサムは女性の素肌だのなんだのに心乱す可愛げはすでに持っていない。

 しかし、見慣れているのに触り慣れてはいない細い指が地肌を撫でるたび、脳内にクエスチョンマークが浮かんでしまう。それもいくつも。


 しかし慣れればきっと大丈夫だろう、とサルサムは目を瞑る。

 すると泡の流れるラインが変わってしまい瞼の隙間にしみ込んだ。

 跳ねた肩を見てリータが慌てる。


「あっ、すみません、目に入っちゃいました?」

「少しだから大丈夫だ、泡を流す時にでも適当に洗って――」

「けど目によくないですよ、前の桶にお湯を少し移すんで使ってください」


 リータはそう言ってサルサムの横から腕を伸ばし、やや前のめりになって桶から桶に湯を移した。


 元は頭の泡を流すために用意しておいたものだ。

 足りない分は浴槽から汲み直す必要があるが、どのみちそれは必要な行動のため今少し減ったところで困らないだろう、とリータは思ったらしい。

 移したのは自分でやった方が目を洗いやすいと感じたのだろうか。


(いやたしかに)


 たしかにそうなのだが。


「……」

「どうしました?」


 お湯を移す際に普通に背中にくっついてきたのはいいのか。本当にいいのか。

 リータ的にはいいらしい。

 さすが大自然と共に暮らすフォレストエルフである。


 しかし伊織への態度を見るに相手によるようだ。

 つまり自分はそういう反応をする対象ではない。それはいいとサルサムは思う。

 しかし。


「……いや、いいのかこれ? 俺捕まったりしないか?」

「なんですか突然!?」


 思わずそう声に出し、リータにギョッとされたが――ギョッとしたいのは自分だという言葉を、サルサムはなけなしの理性を総動員して飲み込んだのだった。


     ***


 温泉で温まった後。


 一同は部屋へと戻り、浴衣姿で今日仕入れた物品や情報について話をしていた。

 髪を拭きながらヨルシャミは伊織たちから耳にした情報を反芻する。


「人間をも真似る個体、しかも成長中である可能性があるとは厄介であるな」

「真似られる数が増えてるかはわからないけど、もし母さんを模倣されたらヤバいよな……」


 凄まじい攻撃力を持つだけでなく、物理攻撃がなかなか通らない最強の筋肉など想像するだけで恐ろしい。

 しかし現実にそんなものを相手にする可能性があるのだ。

 静夏は「手合わせしてみたいところだが」と前置きしつつ言った。


「不死鳥戦は如何にして相手に真似をさせる隙を与えないかが大切になってくると思う。そこで可能なら不意打ちを仕掛けてみたいと思っているのだが」

「しかし不意打ちを行なうには相手の力が未知数すぎるのではないか?」


 そう問うヨルシャミに笑みを向けたのはバルドだった。


「そこで俺からも提案なんだけどさ、まずは俺とサルサムが先に出て一戦交えるっていうのはどうだ? なら今の不死鳥の性能がわかるだろ? リータやヨルシャミも隠れて支援してくれると助かる」

「にしたって危ないんじゃ」

「そもそも元から少数精鋭パーティーだぞ、危ないのはいつだって同じだ」


 なら、とサルサムがバルドを見る。


「お前は聖女と奇襲班に入っとけ」

「えー! なんでだよ、俺は怪我くらい大丈……」

「そこだ、もし真似る力が強くなってて不老不死の特性まで真似られたらマズいどころじゃないだろ」


 ここまで模倣できるかは怪しいところだが、静夏の筋肉の力を真似られることを危惧するならこちらもしておくべきだろう。

 そう思い至り、バルドは渋々頷く。


 結果、まずヨルシャミが攻撃のサポートに適した召喚獣を複数呼び出して頭数を増やし、それを伴ってサルサムが不死鳥と対峙。

 その後リータが魔法弓術、ヨルシャミが遠隔の攻撃魔法で支援しつつ『今の不死鳥は何体真似られるのか』『人間も追加で真似られるのか』『盗賊のボスの姿はまだ使えるのか』をチェックしながら攻撃パターンを観察することになった。


 サルサムを真似られれば手痛いどころではないが、他のメンバーよりはマシだというのがサルサム自身からの提言でもある。


 そんなことないだろとバルドは言ったが、例えば一番非力と思われるリータが真似され魔法弓術を使われれば複数攻撃が可能な遠距離攻撃と高い命中精度を奪われることになる。

 バルドの能力、静夏やミュゲイラの規格外の筋力、ヨルシャミや伊織の魔法や召喚魔法、それらを鑑みると自分が一番まし、ということらしい。


「絶対無茶するなよ?」


 そう念を押すバルドに、サルサムはさっきまでの勢いはどうしたんだよと肩を竦めた。

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