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【本編完結】マッシヴ様のいうとおり  作者: 縁代まと
第六章

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第213話 ミラオリオへの帰還 【★】

 ナレッジメカニクスは転移者や転生者から数々の情報を得てきた。

 科学知識や機械技術がその代表だったが、そんな情報の搾取を続けているうちにわかってきたことがある。


 転移者はどうにも元の世界の時間軸に沿っているようだが、転生者は転生する時代がばらばらなのだ。

 恐らく肉体を持った状態と魂だけの状態とでは性質、もしくは呼び込む手段に差があるのだろう。それでも制約があるのかひとつの時代に大量に現れた例はない。


 とにもかくにも情報の新旧のブレは明らかに転生者に偏っていた。


 それら『救世主』が自主的に協力してくれれば、もう少し検証がスムーズに行くのだが――救世主は神の望みを飲んだ者。

 ナレッジメカニクスの目的を知ると大半が抵抗た。

 それはオルバートにとってじつに厄介だった。


 救世主の全体数は少ないものの、抵抗されると損害が大きい。

 ならば、むしろ奴らに存在を知られないように動いたほうがいい。

 そう隠れて活動していた時期もある。


 先日までオルバートが弄っていた転生者も数百年前に得たもので、延命装置を埋め込んで無理やり生かしていたが、ついに生命活動を停止してしまった。

 これが熱中期が普段より早く終わった一因になったとオルバートは予想している。


 もう少し調べたかったのだが、得た情報は同時進行している別のプロジェクトに活かせるので良しとした。

 ただしそのプロジェクトは度々聖女一行に邪魔をされているそうなので、先に対策を考えたほうがいいかもしれない。

 そう考えながらオルバートはラボのデスクでコーヒーを啜った。


(そういえば死んだ転生者の魂はどこへ還るんだろうか)


 ふとそんな疑問が湧く。


 この世界には輪廻転生の概念がある。

 仕組みは複雑怪奇なもので解明はできていないが、他所から持ってきた魂をこの世のものとして生み出せる神がいるくらいなのだから、輪廻転生システムの存在は否定できない。


 自然発生していると思われる魔力の原材料になる?

 否、いくらなんでも賄いきれない。

 これから数千年先も転生させ続け、その全転生者の魂をこの期間に集中させて転換させているなら別だが――それができるならもっと違うことに使うだろう。


 なら転生者でも他の者と同じようにこの世界で輪廻転生するのか。

 しかし元の魂が同じなら、再転生後もある程度は平均値以上の力を持っていてもいいのでは。

 神に叶えられた力は持ち越せないのだろうか。


「魂にマーカーでも付けておけばよかったな……ああいや、しかし途中でフィルターを通してまっさらにしているなら意味を成さない可能性があるか。稀に転生したと認識している者はいても他者の来世を意図的に突き止めた例はまだないはず……」


 オルバートは独り言を言いつつ良い資料はないかと片手が机の上をまさぐり、そしてセトラスの作った聖女一行に関する資料に指先が触れた。


 そういえばまだすべてに目を通していない。

 熱中期の後は取捨選択のできる様々な情報を取り込むことに夢中になり、こうして取り零すことがあった。

 本末転倒だなと思いつつ、先ほどの件は時間がかかりそうなため、次の熱中期にでも調べようと決めて聖女一行の資料を手に取る。

 資料には遺伝子データや様々な記録から推察した『神から得た力』についても書かれていた。


「聖女はシズカ、その息子はイオリ。前者は肉体面の強さを、後者は精神面の強さを得た転生者か。精神はメンタルではなく魂のほうに反映されたのかな、神はたまに変な解釈をするからそれがモロに出たのか……」


 いくら人間の形をとっていようが神は人ならざるものなのだ。

 思考パターンが人間に沿っていたとしても時折こうして『汲み取り切れない』のが如実に出る。

 それはそれで人間らしい気がしてしまうが。

 そうオルバートは緩く口角を上げ、資料の中に『映像記録参照』という文字を見つけてモニターに目をやった。


(そういえば映像もあったのか。セトラスの資料は文字優先だからな)


 映像はナレッジメカニクス専用のネットワークに接続するとすぐに見つけることができた。


 ――映っていたのは筋骨隆々の女性。

 逞しい肉体は神々しくも見え、振るった腕は圧倒的な力を示し、敵と定めたものを確実に排除している。

 肉体の素晴らしさは健康的でもあること。

 迸る健康的な『命』そのものを体現したような、凄まじい女性だった。


「……」


 思わず見入っていたオルバートは体が前のめりに傾いたことに気がつかず、胸元でカップを押してしまいコーヒーをデスクにぶちまけた。

 熱いコーヒーが太腿に垂れて仰天する。熱さよりも零したことに心底驚いたように見えるのは自分で自分に不意打ちをしたからだろう。


 しかしそれを処理するよりも先に資料を避難させ、オルバートは目元を拭った。

 今更ながら熱さのせいか涙が出る。


「いやはや……たしかに凄まじい」


 あそこまでの筋肉は久しぶりに見た。

 薬物を使用した者なら辿り着けるだろうが、まず肌艶が違う。

 部屋に飾っておきたくなる美、という自分には似合わない表現をしたくなるほどだとオルバートは感嘆した。


(なぜだろう……)


 聖女は排除目的に調べるより、もっと純粋に探究心から調べたい。

 彼女の筋肉はそこまで人を惹き付ける魅力があるのだろうか。――いや、そうではない気がする、とオルバートは頭を振る。


「……調べていけばそれもわかるか」


 そうオルバートは小さく呟き、コーヒーの香りの中で目を閉じてこれからのプランを練り始めた。


     ***


「――伊織!」


 ざわめく人ごみの中からいち早く伊織たちを見つけたのは静夏だった。

 ワイバーンで街に戻った伊織とヨルシャミを出迎えたのは街の人々。どうやら空を飛ぶ謎の影に慌てて集まったらしい。


 魔獣に間違われたのかと伊織は焦ったが、どうやらシルエットから伊織のワイバーンだと察した静夏たちが説明したため、宜しくない方向にパニックが起こることはなかったようだ。

 安堵しながら伊織はヨルシャミの手を引いてワイバーンの背中から下り、静夏たちと合流した。


「雪崩に飲まれたと聞いた時は肝を冷やした。怪我はないか、ふたりとも」

「うん、色々あったけど大丈夫だよ」


 滑落した際にぶつけたところは痛かったが、どうやら内出血程度で済んだようだ。

 伊織がそう付け加えると静夏はほっとした様子で伊織とヨルシャミの頭を撫でる。


「よく頑張った。疲れているだろう、宿で休むといい」

「あっ、その前に……捕まってた人たちは? 魔獣は倒したのか?」


 伊織の言葉に静夏は頷き、あらましをふたりに説明した。


 狼頭の雪女と街の男性――ミセリの夫のこと。

 魔獣の本能が最後に起こした雪崩と吹雪のこと。

 捕まっていた男性たちの容態と犬たちのこと。


 それらを話し終え、静夏は眉根に少し力を込める。


「犬たちは元気だが……救出者に死者はいないものの、凍傷が酷い者が多い。街の医者たちもかかりきりだ」

「ふむ、では私が回復魔法をかけられるか試してみようか」


 ヨルシャミはそう言うなり「治療しているのはどこだ?」と視線を巡らせる。

 そんな彼の様子を見て真っ先にきょとんとしたのはミュゲイラだった。


「おいおいヨルシャミ、お前も疲れてるんだろ? 寝てないって顔してんぞ」

「切り札として回復魔法を使える余力くらいは残している。運良く使う機会がなかった故な、それを使い切ってからひと眠りすることにしよう」

「遠回しにぶっ倒れる宣言じゃないのかそれ……」

「ははは! ならば運ぶ者が必要であるな。ほらミュゲイラよ、案内がてらついて来い!」


 ずんずんと進んでいくヨルシャミに「お前が先行してどーすんだよー!」とミュゲイラが走ってついていく。

 威勢よく歩いていたヨルシャミだったが、途中で足を止めると伊織たちを振り返った。


「イオリは先にきちんと休め! 体力回復に睡眠は必須だ!」

「どの口が言うんだかって感じだなぁ」


 バルドがけらけらと笑い、去っていくヨルシャミを見送って伊織に視線をやる。


「よう、昨日ぶり。あのバイク良い奴だなぁ、こっちの意図を汲み取って可能な限り応えてくれたぞ」

「……! よかった、そっちに怪我は――」

「サルサムと犬は良い感じに守れた! 俺はちょっとヘマしたけど平気平気!」


 あれをちょっととか言うなよ、とサルサムが半眼になり、そうか結構酷いことになったんだなと伊織は口元を引き攣らせた。


 バルドは以前から無茶をしがちな性格だったが、不老不死だと思い出してからはそれに拍車がかかっている。

 それはバディとして行動していた期間の長いサルサムも感じ取っているだろう。

 心配だろうな、と伊織が考えているところにリータが声をかけた。


「イオリさん、とりあえず宿のほうへ戻りませんか? 私たちとは別に部屋をとってあるんでゆっくり休んでください」

「あっ、はい、ありがとうございます……!」


 やっと人心地つけそうだ、と思いながら伊織はワイバーンを優しく撫でて労いながら送還した。

 それを見た周りの人々からどよめきが起こる。

 どうやら高位魔導師だと認識されたようだ。


(ま、まだ召喚くらいしかできないんだけどなぁ……)


 しかも召喚は呼び出されたワイバーンやバイクが頑張ってくれているからこそ、という面が強い。

 ヨルシャミに言えば否定されただろうが、少なくとも今の伊織はそう思う。


 畏れ多い気分になりつつも伊織は「お騒がせしました!」と頭を下げながら宿へと足を向けた。

 ――なお、魔導師インナーマッシヴ様などという不穏な響きが耳に届いた気がするが聞かなかったことにする。


 その道すがら雪崩から目覚めた後のことが脳裏をかすめ、伊織は静夏をそうっと見上げて言った。


「母さん、ヨルシャミはもしかしたらしばらく話せなくなっちゃうかもしれないから、戻ったら僕ひとりで先に報告しときたいんだけど……聞いてくれるか?」

「ふむ? 本当はすぐ休んでほしいところだが――もちろんだ」


 ただしできれば手短にな、と静夏は息子の体を気遣い、口元を緩めながら頷いた。






挿絵(By みてみん)

Twitterの更新のお知らせ用伊織&ヨルシャミ(絵:縁代まと)

※なろうではここのみの掲載となります


※イラストがリンクのみの場合は左上の「表示調整」から挿絵を表示するにチェックを入れると見えるようになります(みてみんメンテ時を除く)

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