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【本編完結】マッシヴ様のいうとおり  作者: 縁代まと
第六章

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第208話 それはそれでいい

 ヨルシャミは緩く下唇を噛んだ。


 あのシァシァという男が本当はどういうつもりで勧誘に来たのかヨルシャミにはわからないが、伊織が彼の言葉をとても気にしていることだけははっきりとわかる。

 この世界での自分自身を根底から揺るがされたも同然なのだ。

 それが嘘でも本当でも、初めてそんな可能性に気づかされたのなら衝撃くらいは受けるだろう。


 ヨルシャミはシァシァが消えた方角を睨みながらも後退し、伊織の隣に腰掛けた。


「……私も別の奴に誘われたことがあるが、奴らはあることないこと口にする信用できん者ばかりだ。あまり気にするな」

「うん……」


 声音が全然納得していないな、とヨルシャミは頬を掻く。


「イオリよ、世界の神がお前になにかしたとして――それ以前のお前も、無辜の民がいいようにされることを見過ごせる人間ではなかったのだろう?」

「……」

「思い出せ、なんの手も入っていなかったお前はどう感じ、どう考えていた?」

「僕は……そう、だな……、今ほど力はなかったから指を咥えて見てるだけ、っていう無責任なことも沢山してきたと思う。けど」


 伊織はヨルシャミの言葉を受けて考えた。

 体が温まったことにより麻痺していた痛みがゆっくりと首をもたげていたが、それを抑え込んで思い出す。


 前世の藤石伊織も同じように感じたはずだ。考えたはずだ。

 誰かが困っているなら助けたいと。

 ……罪のない人たちが食い物にされるのは嫌だと。


 今はそれを実現できる力がある。だからこそ旅をしているのだ。

 ――世界の神に都合の良いように利用されているだけ。

 もしそうだとしても、そう、想いは前世のままだ。その想いを叶えられる力と、母子で再び話し、触れ合い、笑い合える人生を与えてくれたことに変わりはない。

 引っかかることは多いが今はそれでいい、と伊織は毛布越しに膝へ顔を埋めた。


 それでも気分が落ち込んでいるように見え、これは切り替えに衝撃が必要だろうかとヨルシャミは思案する。


 衝撃。

 なるべく前向きなものがいい。


 あとは本人の気持ちとは別になっている、そう、人間の本能のようなものに働きかけられると尚良い。

 落ち込んでいても力づくで浮上させられる可能性がある。


「……」


 思いついた案は現在取るべき最善手のひとつでもあり、一石二鳥ではあった。

 しかしヨルシャミは一瞬黙る。

 なにか大変なものを失ってしまう気がした。


(いや、ううむ、しかし、うむ、脅威となる人物が去った今、雪からは逃れたとはいえ体はまだまだ冷えていて、危険な状況であることは変わらん。命の危機に羞恥など無用、私はそう考える。そう考えるぞ! だから覚悟しろ! 私!)


 ごちゃごちゃと考えているのが表情に出ていたのか、顔を上げた伊織が「ヨルシャミ?」と首を傾げる。

 ええいままよ! とヨルシャミは包まっていた毛布を少し持ち上げて言った。


「……ほ、ほらイオリ! こっちへ来い! 早急な体温回復が見込めるぞ!」


     ***


 勧誘するための情報量を多くしたのは意図的なものだ。


 シァシァは満足げに氷の上を歩きながら戸惑う伊織の顔を思い出す。

 考える材料を一気に与えれば隙が生じる。

 そこへ自分の提案をほんの僅かでも流し込めればそれでいい。


(あのヨルシャミがいるんだ、きっとすぐに払拭しちゃうんだろうケド……)


 これはまだ種蒔きも同然の段階。

 焦る必要はない、ただのファーストコンタクトだ。


「少しでも神への猜疑心を植え付けられれば上々ってネ。もしダメでもトライアル&エラーの精神でいこ!」


 転生者にとって世界の神の存在は大きい。

 直接会って言葉を交わし、新たな人生を与えられている分この世界の出身者よりも大きいだろう。

 そんな相手に猜疑心を抱くように仕向け、救世主としての在り方に少しでも疑問を抱くようになればいいとシァシァは考えていた。


 その上で『神に直接問い質す』という目標でも持って協力してくれたら御の字だが、そこまで望むのは難しいだろうなという予感もしていた。


 そして最終的にふたりが勧誘を断わり続けたとしたらその時はその時だ、とシァシァはわくわくしながら想像する。

 上手くいった時の想像をするのは楽しいが、上手くいかなかった時のことをあれこれ考えるのも楽しいのだ。


「さてさて、じゃあやりたいことが一段落ついたトコロで目下の問題は――」


 シァシァは背中側で指を組みながら上を見上げる。

 真っ暗でほとんど見えないが、だだっ広い空間が広がっていた。


 重力を操作し浮いていたのだが、帰るに際して人工転移魔石を取り出そうとして落としてしまったのだ。

 その際に魔石を拾おうとしゃがんだ結果、不意に重力制御装置のスイッチを押してしまい雪に突っ込んだ。しかも足元は洞穴の上にたまたま張った氷に降り積もった雪だったのか、見事突き抜けて地下へと落ちてしまったのである。

 人里が近いわりになかなかにクレイジーな山だ。


 滑りに滑ったため落ちてきた穴はとうの昔に見失っている。

 重力を操って浮いたところで頭を打つだけ。

 洞穴ごと吹っ飛ばせば簡単だが、まだ伊織とヨルシャミが近くにいるというのにそんなことをして再び雪崩が起こったら面倒だ。

 シァシァはほんの少しだけ眉を下げた。


「――ウン、どうやって帰ろうかなァ!」


     ***


 同時刻、とあるラボにて。

 一心不乱にタイピングをしていた少年は記したいことをすべて記し終えた瞬間、ぴたりとすべての動きを止めて画面を凝視する。


 その瞳に――左目は仮面に隠れて見えないが、残った右目だけでもすぐにそれとわかるほど瞳に光が戻り、ようやく自分が見ているのがモニター画面だと気がついたのか顔を上げて伸びをした。


 熱中期の後は一瞬自分が何者かわからなくなる。


 しかし何度も経験したおかげで焦りはない。

 悠々と伸びをしながら「オルバート」と自分の名前を頭の中で復唱した。

 そう、自分はオルバートだ。

 本当の名前ではないが今はこれしか名乗っていない。


 ある切実な目的のためにナレッジメカニクスという組織を作ってから随分と長く経つが、その目的は未だに達成されていなかった。

 現状把握はまだしていないが、きっと今もそうだろう。

 さてどれくらい経っただろうか、と誰かに訊ねようとして首を傾ける。


「……はて」


 本部内ではあるようだが、酷く静かだ。

 元々騒がしい場所でもないが、人がいて静かなのと人がおらず静かなのは雰囲気でわかる。

 熱中している際は周りの一切を無視しているが、反動なのかその期間が明けてしばらくは逆に周囲のことに敏感になるのだ。

 離れた場所にはいるような気がするが、オルバート専用のラボの周囲には誰もいなかった。


「……」


 先ほどまでと比べると緩やかだが、様々な思考が脳内を流れる。

 その中の『ああ、自分が熱中している間にみんな死んだか辞めてしまったのか』という考えを掬い上げ、ラボから出て周囲を眺めながら熟考した。


(まあ――)


 それはそれでいい。


 自分の目標のために作った組織ではあるが、必ず仲間がいなくてはならないというわけではないのだ。

 ナレッジメカニクスに属している者はそれぞれオルバートと同じく自分の目標や欲望のために留まっている。

 オルバートはその力を利用し、彼らもまた様々な形で恩恵に預かりながら利用しているわけだ。

 利害の一致を組織化したにすぎない。


 それでも静まり返った室内を見ると心がざわめくのは何故なのだろう。


 オルバートは見た目通りの子供ではない。

 しかし大人と表現できるほど適切な年齢でもなかった。生きすぎたなにか、だ。

 故にひと気がなくて寂しい、という感情とはまず本人がどうしても思えなかった。


「不可解なことが多いな。今度自分の頭でも開けてみ……いや、これこそひとりでは出来ないか」


 それに実際に開けてもなんの異常もなかったという報告書があったはずだ。

 仕方ないから気分転換に久しぶりの食事でも取ろうか、と考えたところで唐突に建物内が騒がしくなる。


「さー! パトレア特製オムライス、人数分作るので楽しみにしててください!」

「あら、それってわたしにも作ってくれるの?」

「もちろんシェミリザ様の分もばっちりであります! あっ、折角ですしヘルベール博士も呼んでみんなで――」


 曲がり角から元気に現れた馬の耳を持つ女性――パトレアはオルバートの姿を確認するとぎょっとして背筋を伸ばし敬礼した。

 まるで跳ね上がる玩具のようだ。


「オオオオルバート様! 騒がしくして申し訳ありません!」

「いや、騒がしくて研究を切り上げたわけではないよ」

「熱中期が終わっただけよね、今回はわりと短かったかしら」


 シェミリザはそう言って微笑む。

 その表情はオルバートから見ても千年以上前からちっとも変っていない。


「……そうか、調査に出ていたのか。珍しいメンバーだね」

「ええ、さっき転移魔法で帰ってきたの。オルバ、あなたが熱中している間に色々あったから報告させてちょうだい。そうね、できるなら――」


 シェミリザに緑の瞳を向けられたパトレアの耳がきょろきょろと動く。


 しかしそこへ続けて「あなたのオムライスをみんなで食べながら、っていうのはどうかしら」という言葉と共に微笑みかけられ、パトレアは満面の笑みで「承りました!」と頷いた。

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