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【本編完結】マッシヴ様のいうとおり  作者: 縁代まと
第六章

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第206話 ほらバンザーイ!

 頬を暖かな空気が撫でている。

 そう気がついたのは体温と空気の温度差があまりにも大きかったからだ。


 伊織は重い瞼をゆっくりと持ち上げ、間近に薪ストーブがあるのに気がついてしばらくそれをぼうっと眺める。

 使い込まれ年季の入った薪ストーブだ。


 もしかしてここは夢路魔法の世界なのだろうか。

 そうぼんやりと考えたが、ヨルシャミが睡眠ではなく気絶した場合は発動しなかった気がする――と、ここまで考えて滑落したことを思い出し意識が覚醒した。

 そして何者かが覆い被さって伊織の上着をばんっと左右に開いたところだと気がつく。


「ォおギャーッ!?」

「ウワーッ!」


 伊織が未だ手足が満足に動かないなりに叫んで暴れると、覆い被さっていた人物は驚いて声を上げる。

 その声には聞き覚えがあった。


「っ……え? あれ、さっきの……?」

「オッ、あの状況で記憶が飛んでないなんて上出来上出来。ケドまだ暴れちゃダメだよ、貴重な体力なんだから。ほらバンザーイ!」

「ええと、これは一体」


 いつの間にか山小屋の中でストーブの脇に毛布が敷かれ、その上にヨルシャミと並べて寝かされていた。

 なにがどうなっているんだと目を白黒させつつ両腕を上げると、ものの見事に上着をすべて脱がされる。

 心底驚いたが、そうか、濡れた服をそのまま着てるのはご法度だっけと思い出して伊織は納得した。そう、納得はしたが。


「あの、僕、自分でやるので……」

「だから今は休んでなって、むしろそこに体力使うならワタシとお喋りしない?」

「お喋り? それくらいなら――うおおお! 下は! 下は勘弁してくれませんか!」


 しかし無情にも華麗な手つきですべてひん剥かれてしまった。

 他人の服を脱がすのに至極慣れている様子だ。

 それは百戦錬磨の遊び人のスキルではなく、むしろ着替えを渋る子供を一瞬で着替えさせる親のようなスキルだった。


 伊織は叫びつつも床の毛布を引き寄せて包まる。

 そのどたばたで意識を取り戻したのか、隣で寝ていたヨルシャミが呻いて起きた。


「う……なんなのだ、さっきから随分とうるさ――」

「ハーイ、そっちの子もバンザーイ」

「ぬわー! なんだこの変態!」


 伊織と同じ運命を辿ったヨルシャミから目を逸らしつつ、伊織は視線の置き場所に困ってとりあえず小屋の隅にある蜘蛛の巣を見た。

 その巣の下に棚があり、小屋を使う者のためにある程度の物が常備されているようだ。毛布もその中にあったらしい。


「……え、ええと、お喋りするなら自己紹介からしましょうか。僕は伊織っていいます。そっちはヨルシャミ」

「オッ、ノリ気になってくれた? ワタシはシァシァ、見ての通りドライアドだヨ」

「ドライアド?」


 不思議そうな顔をする伊織に「あ、そっか」と男性――シァシァは最後にヨルシャミのマフラーを一瞬で取り除いて言った。

 テーブルクロス引きも真っ青な手捌きである。


「こっちの国ではあまりいないんだっけ。こういう髪色してて頭に花が生えてる長命種だヨ。花じゃなくて葉っぱの場合もあるケド、ワタシはコレ」


 シァシァは頭に生えたオレンジ色の小さな花を指さす。

 花弁の数は異なるものの、それは金木犀の花によく似ていた。そして香水のようにうっすらと金木犀の香りがしている。

 人の髪に花が生えているという不思議な光景に見入りながら伊織は正直な感想を漏らした。


「へー……綺麗ですね」

「――おや、そうやって褒められたのは久しぶりだ」


 髪と似た色の瞳を覗かせてシァシァは笑う。


「キミたちのこと、遠目からずっと観察してたんだけどさ」


 そして、さり気なくそう口にした。

 一瞬なにも疑わずに受け入れた伊織は「そうなんですか?」と問い返し、その直後に数多の疑問が湧いてシァシァを見る。


「いやー、吹雪いてるなら元の穴の中で凌いだほうがよかったと思うヨ。そう思ったから目を離してたのに、なんで出ちゃうかなァ」

「……ワイバーンを……早く帰してあげたかったので……」

「随分と優しいネ。サモンテイマーは召喚対象に情が厚いってホントかも」


 で、とシァシァは雪を入れたポッドをストーブにのせた。


「あの『バイク』ってキミの元の世界にあったモノ? そっちでも意思を持ったかのように動き回ってた?」

「……」


 シァシァの手から逃れて毛布に包まったヨルシャミが伊織の傍へ移動する。

 まだ回復しきっておらず足取りはゆっくりだったが、シァシァはそれを捕まえもせずに好きなようにさせていた。


「機械に魂を入れる実験ならしたコトがあるんだ、でも最長三十二時間で消滅しちゃった。定着しないんだよネ。アストラル生命体を中に潜ませる方法もあるケド、それはべつに機械が命を持ったってワケにはならない」


 でもキミのバイクは本当に個としての命が宿っている、とシァシァは興味深げに言った。


「ヨルシャミだって気にならない? それに浪漫だって感じるでショ?」

「……気にはなるがお前たちほど機械に思い入れはないのでな」

「そりゃザンネン」

「それよりも」


 ヨルシャミは警戒心を露わにし、声を低く落として言う。


「……隠す気がまったくないようだが、お前、ナレッジメカニクスか」

「ウン、意識がある状態で直接会うのは初めてだケドね」


 シァシァは片腕を胸の前へ持っていき、うやうやしく――そしてわざとらしく一礼するとにっこりと笑った。

 前方へ流れた太く長い三つ編みが目を引いたが、そちらに視線を向けられないほど伊織たちはシァシァの顔を凝視して警戒している。


「というワケで初めまして! ナレッジメカニクスのメカニック担当幹部、ドライアドのシァシァだヨ」

「幹部か」

「延命装置の生みの親、って名乗ったほうが手っ取り早いかな?」


 その言葉にヨルシャミは片目を細める。


 ナレッジメカニクスには幹部が数名おり、人員不足に伴いその面子もころころと変わっていた。昔から地位の揺るがない者は相応の実力者だ。

 延命装置はヨルシャミやニルヴァーレが生まれた千年以上前から存在していたため、それを作ったということは相当長く在籍しているということになる。


「一体なんのために会話の場など設けた? 研究対象として我々の命を救うのはわかるが、何故拘束しない?」

「ワタシが今一番興味があるのが伊織君のバイクだからだネ、確保して連れ帰ったらこぞって調べたがる奴が多いから落ち着けやしない。あと、これは独断も独断なんだケド――」


 シァシァは背中側で指を組み、首を傾げると友人間の軽いお誘いをするようにそれを口にした。


「キミたち、ウチに入る気ないかな?」

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