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【本編完結】マッシヴ様のいうとおり  作者: 縁代まと
第六章

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第205話 緑の縁

 伊織は舞い上がる雪を吸い込んで咳をする。


 歩き始めてどれほど経っただろうか。

 体の震えが止まって久しく、これは良くない傾向だと知識が薄くてもわかった。


 大木の影で雪を避けてみようと試したこともあるが、四方から風が吹き荒れているため効果は薄く、洞窟のような場所がないかと探してみるも見当たらない。

 もしかするとあっても雪で埋もれて見えないのかもしれなかった。


(ヨルシャミと会話する余裕もなくなってきた……)


 まだ手をしっかりと握り返して歩き続けているため、意識はあるようだがどれほど持つだろうか。

 不安がじわじわと喉の奥からせり上がってくる。


 伊織は先ほど意識を繋ぐための会話がてらヨルシャミに訊ねてみたが、召喚対象ではないヒトとヒト間での魔力譲渡は基本的にはできないのだという。

 例外として伊織に憑依したニルヴァーレのような状況ならどちらの魔力も使える可能性があるらしいが、ニルヴァーレの場合はもはや人間と呼んでいいのかわからない状態だ。


 ヨルシャミに自分の魔力を渡せば有効活用してもらえるのではないか、と考えていた伊織は肩を落とす。

 その時ヨルシャミが足を止めた。


「前方に一切木々の気配がなくなったな」

「あ、たしかに……」


 ホワイトアウトしていても一メートルほど近づけば輪郭くらいはわかる。

 しかしここから先はまったく木のシルエットがなくなっていた。

 つまり木々の密集地帯ではない場所に出たということだ。


 パトレアとレースをした雪原のようなものだろうか、と伊織は眉根を寄せる。

 ほんの僅かな風除けすらなくなるのは避けたい。じゃあ少し横に逸れてみようか、と足を踏み出した先の雪が異様に柔らかかった。

 ――地面に見えたが草の上に積もっただけの雪だ。


 そう気づくも後の祭り、斜面を滑り落ちた伊織は咄嗟にヨルシャミの手を振りほどこうとしたが、ヨルシャミはどこにそんな力があるのか握ったまま離さない。

 ふたり共々真っ白な斜面を転がり落ち、時折足や腕の当たった木から伊織たちを追うように雪が落ちていく音がした。


「ッ、いっ……」


 ようやく転がる速度が落ち、腕を雪に突き刺して止まった伊織は起き上がろうともがいた。

 長く寝転がっていれば降り積もる雪であっという間に覆い隠されてしまう。


 幸いにも寒さで麻痺したおかげか、激突した部分はその瞬間が過ぎ去ってしまえば我慢できる程度の痛みしか発していなかった。

 代わりに死守していた首筋や袖の中に雪が入り込んで痛い。


「ヨルシャミ、……」


 慌てて名前を呼んでみるも意識を失っているのか反応がない。

 これはまずい。

 伊織は必死になってヨルシャミと繋いだ手を頼りに這い寄って体を揺すったが、服に積もった雪が落ちるだけだった。


 最終手段として再びニルヴァーレやワイバーン、バイクたちを頼るしかないのだろうか。

 そう考え始めた時だった。


「こんな簡単に死にかけるなんて……思ってたのと逆の意味で厄介だネ、君たち」

「――え?」


 いつの間にか間近に人影が立っていた。

 睫毛に纏わりつく雪に邪魔をされながらも伊織はその人物を見上げる。


 中華服に白衣を羽織った軽装の男性だった。

 三つ編みにした長い髪がなびいており、その髪はヨルシャミとはまた違った緑色をしている。所々に見える小さなオレンジ色の花は飾りではなく髪から直接生えているようだった。

 細い目は笑みを浮かべることで更に細められ、まるで狐が人に化けたかのように見える。


(誰だ?)


 不思議なのは彼の周りを雪がすべて避けていること。

 魔法を使っているのか、はたまた別の理由か。

 それをじっくりと考える間もなく、伊織は自分が『気を抜いてしまった』ことを自覚した。重なった疲労と寒さにより抗い難い眠気が頭全体に浸透する。


(いや、待て、この人が助けに来てくれたなんて決まってない、のに)


 歯を食いしばろうとするも力すら入らない。

 伊織は最後にこちらを見下ろす三つ編みの男性を見て意識を手放した。


     ***


 重力操作により、すべての雪はシァシァを避けていく。


 雪に横たわったまま意識を無くした少年――データにあった聖女の息子、そしてバイクの召喚主を見下ろしてシァシァは眉をハの字にした。


「仕方ないナァ、死なれちゃ困るし助けてあげるヨ。そっちのは……」


 伊織の脇に倒れた少女も意識がない。

 シァシァはそちらに近寄って顔を覗き込む。


「あァ、ヨルシャミか。あの天才魔導師も檻に入れられればこんな人間みたいな理由で死にかけるんだネ」


 セラアニスの肉体を檻と呼びつつ、シァシァはふたりを軽々と担いで見回した。

 このまま街に送るのは聖女たちと鉢合わせする可能性がある。

 お忍びで来ているため少しばかり面倒くさい展開になるだろう。そして騒ぎを起こせばセトラスたちに勘づかれる確率も高まる。

 シァシァにとってはセトラスどころかオルバートの叱責すら怖くはないが、面倒なものは面倒だ。


 そしてなにより、シァシァはこのバイクの召喚主と話してみたかった。

 その語らいに邪魔は入ってほしくない。


「……ア、丁度いいかも」


 センサーに引っかかった一軒の山小屋。

 今も冬場以外は使われている小屋なのか手入れされているようだ。

 あそこなら体を温める設備もあるかもしれない。


「ヨーシ! 久しぶりにチョットだけ人助けしちゃうぞー!」


 そう明るく笑い、シァシァはその小屋に向かって歩き始めた。

 ひとつの足跡も残さずに。

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