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【本編完結】マッシヴ様のいうとおり  作者: 縁代まと
第六章

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第194話 手綱を握れ!

 調査に必要な移動は転移魔石ではなく本家本元の転移魔法を使うことになった。

 同行者が魔法に精通したシェミリザであるおかげだ。

 彼女は本来調整もなにもかもが難しい転移魔法を使いこなしている高位魔導師のひとりである。


 ひんやりとした雪の上に蹄の跡を残し、ザクザクと何度か足を踏み鳴らしたパトレアは感激した様子で言った。


「す、凄いであります! まったく酔っていません!」


 人工転移魔石を使った時は盛大に酔ってしばらく行動不能になっていたパトレアだったが、今はめまいの欠片も感じていない。

 器用に雪の上で飛び跳ねはしゃぐパトレアを見てシェミリザはくすくすと笑った。


「だって粗悪品じゃないもの」


 少人数ながらナレッジメカニクスが大掛かりな行動を起こせるようになった理由、それが人工転移魔石の誕生だ。

 そんな一品を粗悪品と一蹴してシェミリザは自分の体に温風を纏う。


「あなたたちは本当にいらないの? これ」

「調査に集中してほしいので。まあ本心は喉から手が出るほど欲しいですがね」


 このまま寝落ちて凍死してしまいそうだ、と着込んだセトラスが言う。

 セトラスは分厚いコートにマフラー、手袋、そして滑り止めの付いたロングブーツを履いている。さすがに本部のように薄着に白衣は堪えるようだ。


「私は大丈夫であります、暑いのは苦手ですが寒さにはある程度なら耐えられますゆえ! むしろ楽しいですね!」


 反対にパトレアは両脚の機構を露出している必要があるため、上はショート丈のコートを着ているものの、太腿の半ばあたりから一切の布が取り払われていた。

 だというのに身震いひとつしていない。

 ハイトホースはこういうところも丈夫である。


「じゃあこのまま進みましょっか。聖女一行はこの先の街にいるのね?」

「ええ、ただ吹雪の止んだタイミングを選んだので、そろそろ出発しているんじゃないかと」


 今回はまず聖女一行の道中を狙いパトレアが再戦を仕掛け、転生者『イオリ』にバイクを召喚させようという流れだ。

 そのバイクも含めてシェミリザが一行を観測する。

 セトラスも隠れてできること――記録などはするつもりだった。


「さっさと終わらせましょう、あの様子だとオルバもあと数日で正気に戻るわ」

「おや、そうでしたか」

「次はいつ熱中期に入るかわからないし、タイミング良く報告するためにも情報は揃えておきたいでしょう?」


 そう言いながらシェミリザは持参したバナナを一房向いて齧ったが、すぐに微妙な顔をした。

 温風を纏っているため生温かったらしい。


「……」


 セトラスはほんの少し視線を泳がせる。


 ここにヘルベールはいない。

 もしや奇行に走りかねない人物ふたりの手綱を握る役割は自分に一任されているのではないか。

 泳がせた視線の先で飛び跳ねていたパトレアが「ゥふぁん!」と奇声と共に滑って転び、なだらかな丘を転がり落ちていくのを見てセトラスは静かに確信を深めたのだった。


     ***


 一方その頃。

 セトラスたちに潜り込ませた自立式糸くず型発信機の信号を頼りに人工転移魔石で転移してきたモスグリーンの髪を持つ狐顔の青年――ドライアドのシァシァは樹氷に包まれた木から逆さまになって吊り下がっていた。


「ウーン、鉢合わせないようにわざと座標をズラしたケド、まさかこんなトコに出るなんてネー」


 ぷらぷらと揺れながら上を向くと、足首が枝と枝の間にがっちりとホールドされているのが見えた。ついでに金具が食い込んでいるらしい。

 困り眉になりつつもシァシァは焦った様子ひとつ見せず、残った片足で枝を思い切り蹴飛ばす。

 枝は根元から弾け飛んで遥か彼方まで吹っ飛び、空中で一回転したシァシァはそのまま地面に着地した。


 およそ成人男性が降り立ったとは思えない重い音が響き――着地は成功したものの、厚く積もった雪の中にずぶずぶと埋まっていく。


「ッウワ! 待ッ、ここワタシと相性悪いネ!?」


 おぶおぶと両腕を動かしながらなんとか雪から脱出するも、なにがそれだけ体重を重くしているのか再びすぐに沈んでしまう。

 シァシァは「ンもう」と不満を声にすると、ポケットから取り出したルービックキューブのような機械を片手で捏ね繰り回した。


 すると体がふわりと浮かび上がり、積もった雪から数ミリ浮いた状態で静止する。


「重力操作してるとちょっと歩きにくいからキライなんだケド、こりゃ贅沢は言ってられないか」


 ふらつきながら雪山を歩き始め、シァシァは両腕を高く上げて楽しそうに言った。


「さーて、愛しのバイクとその召喚者はど~こかな!」


     ***


 遠吠えは山犬や野生の狼という可能性もあったが、手掛かりがほとんどない状態なら確認しに行ってもただの無駄足にはならないだろう、と一行はミセリの案内で遠吠えがした辺りを目指すことになった。

 音は山々に響いて正確な位置がわからなくなるものだが、ひとまずリータとミュゲイラが「あの辺りから聞こえた」という場所を割り出し、ミセリに詳細を訊ねる。


「その辺りなら木こり小屋がありますね。今は使っていないものですが……」


 山中には木こり小屋が点在しており、そのいくつかは現役だが該当する場所にある小屋は長らく使われていないものだという。

 ヨルシャミは寒さに震えつつも頭を回転させる。


「行方不明になった人間が犬を連れて避難している可能性もあるのではないか?」

「やはり確認が必要だ。皆、このまま向かおう」


 引き続き案内を頼めるか、と静夏が訊ねると「もちろんです!」とミセリは握り拳を作って答えた。


 転移魔石で簡単に目的地まで移動できるが、雪深い土地での使用は危険とされる上、道中の痕跡を見逃すわけにはいかないため一行はミセリの案内のもと使われていない山小屋に向かって移動を始める。

 普段は木の運搬などである程度使われている道があるそうだが、それも深い雪に埋もれ見えなくなっていた。


「……これじゃ足跡もわからないな」


 サルサムが来た道を振り返って言う。

 白い道に続いているのは自分たちの足跡だけだ。


「昨夜までの吹雪で埋もれちゃってますよね、……音もあれからしませんし」


 リータも白い息を吐きながら呟く。

 遠吠えは一回だけで、今は時々木に積もった雪が落ちる音がするだけだった。

 空には鳥すら飛んでおらず、他の動物の気配も酷く薄い。


 そんな耳を澄ましているタイミングでヨルシャミが大きなくしゃみをしてリータは飛び跳ねそうになった。


「だ、大丈夫ですか?」

「ああ……すまない、山に入ったら一層と冷え込んできたな」

「あれでも街は人が住んでるからそれなりに温かかったんですね……私のコート、貸すんでもう一枚羽織りますか?」

「いや、いい。私は特別寒さに弱いがリータが特別寒さに強いということではないだろう、必要最低限の防寒はしておけ」


 片手で制しつつヨルシャミは鼻をすする。

 伊織は自分のマフラーだけでも追加で貸したくなったが、この流れでそれは不自然だろうか。いやいや逆に良いタイミングかも。

 そう悩んでいると先頭で進んでいたミセリが「見えてきました!」と行く先を指さした。


 白くなった木々の向こうに山小屋の屋根の一部が見える。

 伊織は一瞬足を止めると、タイミングを見逃さずサッとマフラーを外してヨルシャミの首元に巻きつけた。


「あと少しみたいだからこれくらいならいいだろ」

「ぉ、う……うむ、感謝する」


 元々していたマフラーの上からのためヨルシャミは随分もこもこになった。

 そういうマスコットかなにかのようだ。


 そんなヨルシャミを見て口元に笑みを浮かべつつ、伊織は雪を掻き分けるように足を進めていった。

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