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【本編完結】マッシヴ様のいうとおり  作者: 縁代まと
第六章

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第191話 イオリさんならきっと聞いてくれる

 さも簡単なことのようにヨルシャミは湯を沸かしてみせる。

 魔法を加減して湯を適温にできるまでにある程度は蒸発してしまうため、合間合間にミュゲイラが水を足す様子は少し餅つきに似ていた。


 入浴には隣室を使わせてもらえることになり、待機組と入浴の終わったメンバーは元の部屋でまったりと過ごす。

 一番乗りは宣言通りミュゲイラ、次に全員の勧めもあり静夏、あとはじゃんけんで決めたリータ、バルド、ヨルシャミ、伊織、サルサムの順番で入ることに決定した。


 バルドは出てくるなりテンション高く報告する。

 入る際も嬉々としていたため終始うるさい。


「良い湯加減だったぞ、ありがとな! いやー、しかしこれでめちゃくちゃ風呂に入りたい欲が再燃した……デカいやつ……。吹雪がおさまったら露天風呂も行きたいけど調査しないとだよな――あっ」

「どうした?」

「俺、昔温泉入ったわ、草津温泉」


 ついさっき新たに思い出した前世の記憶の断片なのか、バルドはしきりに懐かしそうにしている。


「草津温泉……なんか凄く懐かしいワードが飛び出たなぁ。っていうかバルドって旅行好きだったのか?」


 発言の端々から色んなところへ出向いている印象を受けた伊織はそう訊ねたが、詳しいことはわからないのか「さあ……」と曖昧な返答をされた。

 出掛けた先の記憶はあるが、出掛けた理由までセットで思い出したわけではないようだ。


「ふむ、草津か。そういえば昔土産としてそこの饅頭を貰ったな」

「温泉饅頭ってやつ?」

「ああ。幼い頃だったが伊織も食べたんだぞ、少し目を離している隙に二個も平らげてふたりして驚いたものだ」


 静夏も懐かしそうに目を細めたところでヨルシャミの奇声が聞こえ、伊織たちは肩を跳ねさせてそちらを見た。

 自分の番だと部屋を出て行こうとしていたヨルシャミをリータが捕まえている。

 ほぼ捕獲の勢いである。


「リータよ! い、い、一緒に入ろうというのはどういう意味だ!? 今まで水浴びも別々だったろう!?」

「いつも思ってたんですけど、ヨルシャミさんの髪って長いじゃないですか。洗うのをお手伝いしたいなって……あ! 私は入った後ですし服は着ますよ!」

「懸念は減ったが別に私ひとりでも――」

「まあまあ! 今日は順番もありますし、スピーディーに洗ってその分ゆっくり浸かりましょう!」


 ヨルシャミはまだもごもごとなにか言っていたが、リータに対する説得になりえる内容ではなかったのか、なすすべなくそのまま連行されていった。

 リータが服を着ているなら大きな問題ではないが、しかし。


「……女の子同士の微笑ましい光景に見えるけど、違うんだよなアレ」


 サルサムがやや遠い目をして呟き、伊織も同意して頷く。


「元の姿を知ってるだけに、なかなかに凄い光景を見た気分っていうかなんていうか……」

「ん? イオリ、ヨルシャミの元の姿を知ってるのか?」


 不思議そうにしているバルドに伊織はハッとして取り繕った。

 ヨルシャミ本人は特に隠している気配はないが、どういうシチュエーションで目にすることになったのか深く訊かれると色々と困るのだ。伊織が。


「ゆ、夢路魔法の世界でちょっと。元の姿のほうが便利なことがあって」


 ちなみに姿に関わらず好きだと証明しただけである。


「へー、まあ普段できないことも試せるだろうしな」

「そうそう!」


 証と称して強引にキスしただけである。


 それを思い出した伊織は無意識に顔に熱が集まるのを感じ、赤くなったのを寒さのせいにして「それにしても寒いし早くお湯に入りたいなぁ」とわざとらしく笑った。

 そんなふたりの向こうで豪快に髪を拭きながらミュゲイラが呟く。


「あたしも髪長いのに手伝ってくんなかったなぁ、リータ……」

「ミュゲイラはまず妹離れをするべきだと思うぞ」

「えー!」


     ***


 一体全体どういう状況なのだ。


 そう思いながらヨルシャミは湯に浸かりつつリータに髪を梳いてもらっていた。

 人に髪を梳かれるのはまだ慣れない。なんとも贅沢な感覚だ。

 しかし不快感より心地良さが上回るのだから、慣れるのも時間の問題だろう。


「……で、どういう風の吹き回しだ?」


 ちら、と後ろを振り返って訊ねるとリータは手を止めずに笑って答えた。


「そんなに深刻なことじゃないんですけれど、なんというか……ちょっと様子がおかしいように見えて」

「私がか」

「ヨルシャミさんが、です」


 そこまで感情を顔に出していたつもりはないが、リータにこうして気を遣わせたということはそれなりに出ていたのだろう。

 そう恥じ入りつつもヨルシャミは湯の中で意味もなく手を動かす。

 動きに合わせて湯の温かさが追随した。


「――少し悩むことがあってな。しかし自己解決も目前だ、気にすることではない」

「本当ですか?」

「うむ、本当だ」

「本当の本当に?」

「い、いやに食い下がるではないか」


 リータは「心配なんですよ」と言って手入れし終えた髪をタオルで纏める。

 そしてしばらく言葉を探すように黙り込んだ。


「……前に訊ねたことがありましたよね。ヨルシャミさんはイオリさんのことが好きなんですねって」

「んっ!?」


 突然なにを蒸し返す、とヨルシャミは言いたくなったが、言葉の続きを待つべくどうにかこうにか持ち直す。

 リータは再び口を開いた。


「ヨルシャミさんは自覚してなかったみたいですけれど……私、すごくすごく応援してるんですよ」

「い、今それを話すということは、私の悩みがイオリに起因するものだと思っているのか?」

「だってヨルシャミさん、イオリさんを何度も見ては視線を落としてましたよ」


 ヨルシャミは口角を下げて頭を抱えた。

 ついでに細い唸り声も漏らした。

 そこまで態度に出ていたとは思わなかったのだ。許されるならこのまま湯に潜ってしまいたいくらいである。


 ぐぬぬと唸っているとその背をリータが撫でた。


「悩みは私に話せないことかもしれませんけれど、もしイオリさんに話せることなら話してみませんか? イオリさんならきっと聞いてくれますよ」

「……情けないのだ、自己解決できるならそのほうがいい。だが」


 伊織の件で悩んでいる、そうリータに伝わってしまったのなら早く解決したほうがいいのかもしれない。

 なぜならこれは伊織が起因であり、そしてリータも起因なのだ。

 それをリータ本人が知ったら更に余計な気を遣わせてしまうだろう。


 持て余した嫉妬心。

 しかしなによりもヨルシャミを悩ませていたのは、リータにそんな感情を向けたことと、そして伊織に起こっていた異変に気づきもせずにそんな感情に呑まれかかっていたことだった。

 故に情けないと自身をねめつけている。


「――そうだ、な。一度くらいは相談をしてみるか」


 情けない部分くらい晒せなくてなにが恋人だ、とも思う。

 ヨルシャミは湯の温かさから感じる緩んだ気持ちとは正反対の不安な気持ちが湧くのを感じながら、それでもそう口にした。

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