表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【本編完結】マッシヴ様のいうとおり  作者: 縁代まと
第六章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

188/1106

第186話 伊織の失敗

 吹雪が緩まるまでの間、寝起きするたび伊織は夢の中で訓練を積んだ。

 時には現実世界でバルドに武器の使い方を教えてもらい、残り時間で日常生活を行なう。日常生活については代表的なのが三食をとること、そしてその調理だ。


 宿の一階にある酒場は閑古鳥が鳴いていることもあり、宿の主人は調理場を快く貸してくれた。

 もちろん使用料としていくらか払って使わせてもらっている。


 調理は各々が好きなものを――というのが理想だったが、そうすると調理場の占拠時間が長くなるため、調理スペースをどこかで借りている時も野営する際と同じようにひとりが全員分を纏めて作ることが多い。

 外へ買い出しや外食に行けない時は猶更である。


 調理担当は料理できる者が持ち回りで受け持っていた。

 ちなみに静夏は本人も意図せずとんでもないものを作り出すため除外されている。


 今日の担当は伊織。

 調理も手慣れたものだったが――ついにやってしまった。


「……」

「……」


 スプーンを咥えたまま虚をつかれたような表情をしている面々を見た伊織は自分もそれを口に運んで同じ顔をする。

 否、口に運ぶ前から大体理由は想像がついたため、今後のことを考えて同じ表情を作ってみせた。


 今日はオムライスを作ったのだが、恐らく調味料を間違えたのだろう。

 塩かコショウかどちらだろう、と伊織は口の中で舌を動かす。


 ――高熱の後に失った味覚は未だに戻っていない。

 伊織はそれを仲間には伏せ続けていた。

 時間の経過で元に戻る可能性もあるのだから、と余計な心配をかけたくなかったのだ。こうなった原因は自分のせいだと自身を責める人がいるかもしれないという危惧もあった。


(みんなそこまで後ろ向きじゃないだろうけど、黙ってても支障ないならいいかなって思ったんだよなぁ……食の娯楽が減るのは辛いけど命に別状はないし……)


 そうして今まで長年の料理の勘で味見無しに作っていたが、今日はついに味付けのミスをしてしまったのである。

 ミュゲイラがごくんと音をさせて飲み込んでから笑顔を作った。

 カッチカチの笑顔である。


「あ、甘いライスっていうのも斬新で良いな! うん、こんなの初めて食ったかも! な、リータ!」

「えっ……あ、うん!」

「ごっごごごめん! すみません! し、塩と砂糖を間違えたかな、めちゃくちゃ初歩的な失敗をしちゃって申し訳ないです……作り直してきま――」


 伊織がスプーンを置いて立ち上がるなり「ふんッ!」と突如自分の髪の毛を後ろで束ねたヨルシャミが怒涛の勢いで砂糖オムライスを口に掻き入れ始めた。


「ヨルシャミ!?」

「ふぁんはほおふぇはぃふぇふほほふぃ!」

「待って一言一句わからない……!」


 口いっぱいのライスをもぐもぐと咀嚼し、飲み込み、水を飲み、口元を拭ったヨルシャミは落ち着いて言う。


「そんなことで破棄せずともよい」


 まだ口元に米粒を付けたままヨルシャミは残りのライスをスプーンで掬った。

 つやつやとした美味しそうなライスだが、見た目に反して甘いのだ。

 ヨルシャミはそれをヒョイと口に突っ込む。


「味は奇抜だが、こうして食べられる。更には腹を下すこともなく消化できるのだ、れっきとした食べ物ではないか。無駄にすることは私が許さん」

「あ……その、新しいのを作ったら、みんなの分は僕が責任を持って食べようかなと……思ってて……」

「お前の腹がはち切れるわ!」


 そうですよイオリさん、とリータが握り拳を作る。


「ちょっとびっくりしましたけど、甘いご飯が主食の地方もあるって聞きましたし、作り直すような失敗じゃないです!」

「あー、あれだな、桜でんぶみたいなもんだと思えばいいんだよ」

「俺も昔似た間違いをしたから落ち込むな」

「みんな……すみません、ありがとうございます」


 また同じ失敗はしないよう気をつけます、と伊織は頭を下げたが――ひとつの気がかりが残った。

 こういう時に真っ先に声をかけてくれることが多い静夏が黙ったままなのである。

 なにか考え事をしていた静夏自身もそれに気がついたらしく、はっと顔を上げるもタイミングを逃した様子で黙り込む。


 代わりに一口飲み込むと「安心していい」という風に笑みを浮かべてみせた。


     ***


 伊織が味覚を失っていることをリータは知っている。

 それはヒルェンナとの会話をたまたま耳にしてしまったからであり、周囲に言ってはいない。

 伊織が仲間に話さないのはなにか理由があるのだろう。

 そんなプライベートなことを本人に断りなく伝えるのはご法度だとリータは感じていた。


(でも……)


 傍目からでもわかるほど様子のおかしかった静夏を思い返す。


 静夏は伊織の母親だ。

 この件について知っておいたほうがいいのではないか。

 伊織本人に訊ねるのは憚られ、更には訊ねる勇気もなかったが――もし静夏が伊織を心配しているのなら話すべきかもしれない。

 もちろん話した後は伊織にも正直に謝ろうとリータは決意する。


 よし、と自分に気合いを入れて静夏が食器を片付けに廊下へ出たタイミングで後を追ったリータだったが、しかし自分から声をかける前に静夏から呼ばれてしまった。


「リータ、ちょっとこちらへ来てくれないか」

「あっ……はい!」


 静夏は隠れるように廊下の端へ寄り、リータへと手招きをする。

 駆け寄ったリータは真剣な眼差しの静夏が重要なことを話そうとしている気配を感じ取って背筋を伸ばした。


「折り入って頼みがある」

「頼み……ですか?」

「私に料理を教えてはくれないか」

「……ッわ、私がマッシヴ様に料理を!?」


 思わぬ申し入れにリータはぎょっとする。

 静夏は少し恥ずかしそうにしながら言葉を続けた。


「先ほどの伊織の失敗、あれはとても……伊織にしては珍しいことだ」

「……!」

「伊織も疲れているのかもしれない。そこで私が代わりに料理担当を買って出る――ということすらできないのが心苦しくてな。皆も知っているように私は料理の経験が浅すぎる」


 母親失格だ、と静夏は僅かに視線を下げて言う。

 リータはきょとんとしながらも静夏を見上げた。


「……どう見たってマッシヴ様はイオリさんのお母さんですよ。大丈夫です」


 伊織の味覚障害。この話は今ここで自分がすべきではない。

 そう感じたリータは静夏の暖かい目の色を見ながら言う。

 静夏のこの優しい心配は『母』のものだ。

 もちろんこの感情がなくても子供にとって母は母だが、リータは静夏の気持ちを大切にしたかった。


(だから、あのことを言うのは私じゃなくてイオリさん自身でないと)


 きちんと伊織に話を聞いてしまったことを言って謝り、静夏に本当のことを伝えるよう説得しよう。

 リータは今そう決めた。

 伊織は心配をかけまいと黙っているのかもしれないが、このままでは別の方向から結局心配をかけてしまう。それは伊織も本望ではないだろう。


「マッシヴ様、私が真心込めて料理を教えます。でもその前に少しだけ時間をもらってもいいですか?」

「ああ、もちろんだ。ありがとうリータ」


 リータと静夏は笑みを浮かべ合い、一緒に食器を洗いに下りた。

 そしてその十数分後、部屋に戻ったリータは伊織に小さく声をかける。


「イオリさん、――ちょっとお話いいですか?」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小説家になろうSNSシェアツール
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ