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【本編完結】マッシヴ様のいうとおり  作者: 縁代まと
第六章

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第184話 碌でもない理由

 魔力操作の訓練は瞑想から幕を開けた。


 まずは自分の中にある魔力の存在をしっかりと把握することが大切なのだという。

 先ほど中に入ってきたニルヴァーレの魔力をすぐに察知した辺り、魔力が『いる』というのはわかる段階に伊織は入っていた。


 ただしそれだけでは駄目だとヨルシャミは言う。


「体のどこにどれだけいるのか、どうすればそれへ個別に命令を与えられるのかが鍵なのだ。これを自在に行ない、自分の望む最良の形で魔法を発動させる技術こそが魔力操作で、我々はそれが教えられずとも上手い」

「言い切った……!」

「故に人に教えるのに向いていないが、私も善処しよう」


 ヨルシャミは見晴らしのいい平野の中に八角形のガゼボ――西洋風のあずまやを作り出した。

 屋根と柱のみで構成され、壁はない。

 申し訳程度に周囲を柵が囲っている程度だ。


 伊織を中央に座らせたヨルシャミは傍らに立って指示をする。


「瞑想し、雑念を取り払ってからのほうが魔力を感じやすい。イオリの魔力量は膨大故、常にそこにある酸素の存在に気づくのが困難であるように把握し辛いかもしれないが……まあ物は試しだ、やってみろ」

「わかった」


 こういった試みは初めてだが、伊織は頷くとガゼボの中で胡坐をかいた。


     ***


 ――雑念を取り払うというのは難しいことだ。


 それを思い知りながら伊織は深呼吸した。

 瞑想を始めてからどれほど経ったかわからないが、経過時間が把握できていたら完全に失敗だろうとも思う。

 しかしそれがなくても様々な思考、過去の記憶がふわりと湧いて出てくるのだ。


 ネロは今頃どうしているだろう?

 自分たちが死んだ後の故郷はどうなってるんだろう?

 バルドは生まれ変わる前はどこでなにをしていたんだろう?


 今日はウサウミウシにご飯をあげすぎたかも。

 必要品の在庫チェックは起きた時にやろう。

 呼吸が寝息に変わってしまいそうなのが気になる。

 ヨルシャミが傍でじっと待機してくれているのが嬉しい。


(……嬉しいなら応えないと。頑張れ僕、なにも考えずに魔力を感じろ)


 伊織は溢れてくる思考を掻き集め、抱き締めるようにして自分の中へと戻す。

 色々と考えるのは後でいいのだ。


 しん、と音のない世界へと入り込む。


 夢路魔法の世界では望みさえすれば己の呼吸音や鼓動の音すら消すことができる。

 なにも考えない、自と他の境界線が薄れるところまで到達しかかったところで――伊織は自分の中にある魔力の存在を不意に感じた。


 いつもぼんやりとしていた感覚がはっきりとし、輪郭すらわかるような気がする。

 周囲のものを感じ取らない代わりに自分の内側へ目を向けたかのようだった。

 伊織はその状態を維持しながら魔力の集まっている位置、量を把握しようとしたが、そう意識するだけで現実に引き戻される。


 それがわかったのか隣でヨルシャミが笑った。


「一度で上手くはいくまいよ。しかしその調子だ、さあもう一度挑んでみろ」

「うん……!」


 伊織はこくりと頷き、再び頭の中を無にしてから自分の内側を見つめ始める。


 夢の中の時間の流れは自在だ。

 朝になることを心配せず何度も何度もトライし、その回数すらわからなくなった頃、伊織はようやく自分の中の魔力の把握を行なえるようになった。

 問題は――


「これ、どうやって命令を出して操作するんだ……?」


 ――至極シンプルである。

 ヨルシャミは腕を組んで唸った。


「普通は魔力の全容を把握したところでその感覚も掴むのだが、やはり難しいか」

「うん、召喚魔法の時みたいにコツさえ掴めばなんとかなりそうなんだけどな……」

「それなら僕がコツを伝授してあげようか?」


 待機中にいつの間にかテーブルとイスとティーセットを作り出し、優雅にお茶を楽しんでいたニルヴァーレが言う。

 伝授? と聞き返すとニルヴァーレは歯を覗かせて笑った。


「また君の体を借りて、今度は意識してわかりやすいように魔力操作をしてあげるよ。ゆっくりとやればわかるだろう?」


 ネイティブの英語はわからなくてもゆっくり喋ってもらえばなんとかわかる、という感覚と同じだろうか。

 可能ならイオリの意識も残せるか試してみよう、と話しを進めるニルヴァーレにヨルシャミが反論する。


「危険行為をほいほいと繰り返すな。イオリもいくら信頼しているからといって変なものを身の内側に招くんじゃない」

「変なものとは失礼な! それに良きものを手に入れるのにリスクは付き物だよ、ヨルシャミ」

「……そのリスク、お前にもあるものだろう、ニルヴァーレよ」


 ヨルシャミの言葉を受けてニルヴァーレは口角を上げた。


「存在が消えてしまうかもしれない件か? そりゃあ火口の真上を綱渡りするような所業だとは思うが、イオリにリスクを与えているのだから僕も同等のものを負うのは普通だろう」


 僕はリスクくらいいくらでも負うよ、とニルヴァーレは言う。

 そして「だって僕はこの子の師匠なんだからね」と伊織の頭をぐしゃぐしゃと撫でた。


 ――伊織としてもニルヴァーレが危ない橋を渡るのは看過できない。


 しかし、ニルヴァーレはそれをわかった上で教えようとしてくれているのだ。

 だとしたらその気持ちには応えたいという想いも伊織の中にはあった。

 そうしてしばらく悩んだものの、ニルヴァーレにコツの伝授を頼むことになり、現実世界で行なう必要があるため時期を見て実施しようということに決まる。


「じゃ、その前にここで近接戦訓練をやってしまおう。時間は沢山あるからね!」

「よ、宜しくお願いします!」

「さて、そうと決まったらまずはこのカンフー服に着替えて」

「なんで!?」


 ごく自然な流れで黒いカンフー服を差し出され、伊織は叫んだ。普通に叫んだ。

 半眼になっているヨルシャミをよそにニルヴァーレは笑みを浮かべて答える。

 答える直前、ヨルシャミが口の動きだけで「今回も碌でもない理由だぞ」と伊織に伝えた。


「イオリに似合うからだ!」

「そこはせめて動きやすいからにしてくださいよ!?」


 理由の碌でもなさは大当たりであった。

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