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【本編完結】マッシヴ様のいうとおり  作者: 縁代まと
第六章

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第181話 雪の街 ミラオリオ

 現在の最終目的地はロストーネッドで双子たちが話していた『紫色の不死鳥が出るという火山』である。


 火山というとつい暑い地方を想像してしまいがちだが、不死鳥のいるボシノト山は北の地方にあった。

 その山がようやく地図に載り始めたのが、今現在伊織たちが滞在しているミラオリオという名の街に入ってからだ。


 ここまでの道中でナレッジメカニクスの施設をひとつ潰し、村や街をいくつも経由している。

 経過したのはひと月ほど。

 伊織のバイクやワイバーン、更にはサルサムの持つ転移魔石も合わせればもっと早く着くことも可能だったが、静夏の案で敢えて行く先々の人の住処に寄っていたためパーティーに可能な最高速度での移動ではなかった。


 強力な魔獣を倒すことは大切だが、見える範囲にいたはずの魔獣をスルーするのはいけない。

 ショートカットはしないわけではないが、できる限り寄れる場所には寄り、異常がないか確認する。それが静夏の意思だ。


 静夏も魔獣被害を受けている人間をすべて救えるなどと驕ったことは考えていないが、見える範囲のものは救えるだけ救いたいというのが――本人曰く『私の我儘』なのだそうだ。


 伊織としても同意見だった。

 それに少なくとも火山の周辺に人里はなく、双子たちが住んでいた谷合の集落も今はない。


(不死鳥が移動する可能性もあるけれど……)


 手の届く範囲で困っている人がいるなら、移動速度よりそちらを優先する。

 それが『我儘』だ。


     ***


「今が88月……前世でいう四月くらいか、なのに春っていうより――」


 伊織は宿の外を見遣る。

 白く霜のついた窓の向こうでは真っ白な雪が降り注いでいた。

 そう、降り注いでいるのだ。舞い落ちているわけではない。暴力的な量の雪が落ちてきては積もり、街の体温ごと奪っていっているように感じる。


 普段は寒い地方だなと思う程度だが、一度吹雪くとこの有様なのだと宿の主人が話していた。そして大抵の旅人は面食らうとも。

 同じく窓から外を見ながらリータが呟く。


「うちの里のほうでも時々雪が降ることはありましたけど、これは凄いですね……」

「まったく同じじゃないけど、リータさんの里が鹿児島辺りにあるとしたらここはロシア領くらいなのかなぁ」

「カゴ?」

「伊織、鹿児島は南にあるが雪と無縁ではないぞ。むしろ東京より降ることもある」

「トーキョー?」

「あー、山間部なんか寒くて地獄だぞ、なんかうっすら覚えてる」

「皆さん、前世でも色んな所へ行くことが多かったんですね……!」


 伊織、静夏、バルドの転生者らしい会話にきょとんとしつつリータは感心したが、バルド以外はテレビやネット知識だ。

 それを「僕らは人伝てに得た知識だから直接は行ってないんだ」と伊織はふんわりと説明する。


 これまでも前世の話はある程度は控えていたものの、さすがに同郷の人間が三人集まった上に一般人がいない場所だと口が緩んだ。


 それとも自分と母親以外の日本人が居る環境に郷愁を感じ始めたからだろうか。

 伊織はそう頬を掻く。

 初めはそこまでではなかったが、バルドが過去のことを思い出すたび口に出すのでついつい引っ張られてしまうのだ。


(前世もバルドも近くなったのに遠くなったような変な気分なんだよなぁ……)


 無意識にそんなことを考えてしまい、伊織は心の中で首を横に振ってリータに笑みを向ける。


「まさかこんなに吹雪く地域だとは思わなかったけど、リータさんが防寒着を用意してくれてて本当に助かりました」

「えっ!? えへへ……寒い場所だろうなと思ってたんで、私にできることはないか探しただけなんですけど……役に立ってよかったです」


 照れ笑いを浮かべながらリータは嬉しそうに答えた。

 布を購入し、色々と作り始めた頃はまさかここまで寒いとは思わなかったが、少し大袈裟に綿を詰めたり防寒機能の高い布を使ったことが功を奏した形だ。

 そこへミュゲイラがわくわくしながら言う。


「しっかりした装備だし、吹雪が緩まったら次の村に移動できそうだな!」

「でもその次が問題よね、地図を見る限り一日で着ける範囲には集落がないみたいだし……」


 この気候だと馬は使えず、バイクは急に止まれないため危険、ワイバーンもワイバーン自身は大丈夫でも上に乗っているメンバーが極寒の中でしがみつくはめになる。

 しかも上空でそれなりのスピードを出せばそれだけ地上よりも寒いだろう。


 ヨルシャミに暖かな召喚獣を呼び出してもらう手もあるが、もし道中で魔力が足りなくなれば最悪の体調で遭難しかねない。

 事前にしっかりと準備をし、万全の体調で徒歩で進み、途中で一夜を明かす。

 これが今のところ考えられる一番の手段だった。


 もっと良い手はないものか。

 なら地元の人間に訊くのが一番ではないか。


 そう考え始めたところで、一階にある酒場へ行っていたサルサムが上がってきた。


「ちょっといいか。宿の主人が雪かきを手伝ってほしいそうだ。まだ最悪の天候だが軒先がヤバいらしくてな」

「……! 母さん、行こう」

「ああ。そうだ、体力に自信のない者はここで待機しても――」


 静夏の言葉の途中でヨルシャミがベッドからぴょんと降り、体力の心配など今は二の次だ! と笑った。


「ここで恩を売れば移動手段について訊ねるのもスムーズになるだろう、ゆくぞ!」

「別に恩を売らなくても教えてくれそうだけど……」


 そう呟く伊織にバルドがこそこそと囁く。


「伊織、多分ヨルシャミは寒い中動くのが嫌だけど手伝いたい気持ちはあるから、これを口実に自分の尻叩いてんだよ」

「一息で私の心情をピンポイントに予想するな……!」


 ヨルシャミは著しく寒い環境は苦手なのか、宿に入ってからすぐに布団に包まっていた。

 しかし今はやる気満々の――バルドの言葉で余計にやる気満々の姿をわざと見せつつ「ゆくぞ!」と階下へずんずんと降りていく。


 なお、ヨルシャミが脳天に落ちてきた雪の洗礼を受ける十分前のことである。

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