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【本編完結】マッシヴ様のいうとおり  作者: 縁代まと
第一章

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第17話 マッスル体操

 寝起きから苦しい。

 息苦しいどころか息ができない。


 いやなにこれ!? と飛び起きたところで伊織は顔面にウサウミウシがのって爆睡していることに気がついた。

 そりゃ顔の穴という穴を塞がれれば苦しいわけだと納得する。


「寝起きから苦しいっつーか苦しくて起きたのか、……ん?」


 朝の何時頃だろうか。

 まだ辺りが薄明るくなってきたところで、あちこちに夜の名残が見て取れる。

 そんな中、外から人の気配がして伊織は首を傾げた。

 見ればリータはまだ夢の中のようだったが、静夏とミュゲイラの姿がない。


 鼻ちょうちんを出しているウサウミウシを摘まんで下ろし、そうっと外に出てみると――朝露滴る清々しい朝の景色の中、静夏とミュゲイラが揃ってボディビル大会のようなポージングを取っていた。

 しかもそこへちょうど射し込んだ朝日が当たる。キラキラである。


(なんで?)


 予想外の光景に呆けている伊織が見ていることに気づかず、ふたりはにこやかにサイドチェストのポーズに移った。

 胸元、腕、背中、脚などの筋肉の厚みを強調し、しばらくそのポーズを維持。次に背中を向けて両腕を曲げながら背中を強調するダブルバイセップス。そこへ小鳥が飛んできて肩にとまる。


(だからなんで?)


 朗らかな雰囲気とムキムキした雰囲気が調和していたが、伊織にはなにがなんだかわからない。わかりたくないのかもしれない。

 呆然としている間にふたりはアブドミナル・アンド・サイに移った。

 両手を頭の後ろに置き、腹筋と脚を中心に見せていくポーズだ。

 くびれた腰を彩るシックスパックと外腹斜筋は彫刻のようで、男でも女でも見惚れる代物だったがとりあえず伊織は視線を外す。


 すると延々と無言でポーズを取っていたふたりが伊織に気がついた。


「伊織! 起きていたのか……いや、起こしてしまったか?」

「えっ、あっ、いや、たまたま起きただけだよ。そっちはそのー……なに、今の?」


 正直に訊ねると静夏は嬉々として腕の筋肉を見せながら言う。

 ごく当たり前のことのように。


「マッスル体操だ」

「余計に謎が増えた!!」


 静夏は朝日に目を細める。

 あまりにも立ち姿がさまになっているため、なにやら宗教画のような雰囲気が滲み始めていた。


「筋肉の神のご加護にあずかろうという古くから伝わる体操だな。体操中は一切言葉を交わさず、笑みと筋肉だけで語り合うのが作法だ。こうして伊織たちが起きるまで毎朝やっていたんだが、最近ミュゲが加わってくれるようになったんだ」

「マッシヴの姉御とマッスル体操をできるなんて光栄っす!」

「それ毎朝やってたんだ……」


 とんでもないことを知ってしまった気分になりながら伊織は遠くを見る。

 これまでも伊織が眠っている間に毎朝行なわれていたわけだ。


 伊織は違和感を感じつつも母親が筋肉に恵まれた姿のため受け入れていたが、この世界には『筋肉の神』が一般的に知られ、日常の一部になるほど受け入れられていた。

 特にベタ村の周辺はその信仰が厚く、だからこそ静夏が聖女マッシヴ様であるとすぐに浸透したのである。

 他にも様々なものを司る神がいるらしいが、伊織はまだこの世界の宗教文化については勉強が追いついていない。

 伊織がつくづく不思議な世界だなぁと思っていると、ミュゲイラにつんつんと肩をつつかれた。


「折角起きてきたんだしさ、イオリもやろう! マッスル体操!」


 そんなラジオ体操に誘うみたいな気軽さで!?

 そうツッコミかけ、ここにラジオはないなと飲み込む。

 その間に静夏にまで「そうだ、健康にも良いぞ」と加わられてしまった。凄まじい加勢である。


「い、いやー……けど僕、見ての通り必要最低限の筋肉しかないから……」

「知ってるか、あたしらは立って喋って生きてるだけで筋肉の恵みを授かってるんだぞ。だからマッスル体操は生きとし生けるもの誰がやってもいいんだ」

「随分受け皿が広いんですね!?」

「ほら、伊織」

「やろうって、イオリ!」


 ずい、ずいっと二本の逞しい手を差し出され、伊織は口の端を引き攣らせつつ半歩引く。本数は二本だが百本ぶんほどの圧がある。

 目を覚ますのに最適かもしれないし、小屋探しのウォーミングアップにもうってつけかもしれない。


 しかし!

 しかしこれは自分には向かない!

 絶対に向かない! 向いているはずがない!


「……」


 ――そうわかっていながら、伊織は期待しているふたりの顔を見ていると誘いを断ることはできなかったのだった。


     ***


 昼間よりも少し涼しい空気に頬を撫でられ、ゆっくりと目を覚ましたリータはきょろきょろと辺りを見回す。

 仲間が眠っていた痕跡は残っているがウサウミウシ以外の姿がない。


「あれ、誰もいない?」


 もしや魔獣に奇襲でも受けたのか。

 それとも村や小屋に関する新事実が判明して三人とも急いで出ていったのか。

 そんな想像が頭の中を駆け抜け、一気に夢から現実に引き戻されたリータは慌てて起き上がる。


(マッシヴ様がついてくれてるなら大丈夫だとは思うけれど……)


 後者ならまだいいが、前者なら最悪の事態も想定しなくてはならない。

 いくらマッシヴ様がいるとはいえ、例えば伊織やミュゲイラを人質に取られる等のイレギュラーが発生したらどうなるかわからないのだ。魔獣にそんな知識があるとは思えないが、前例がないからこそ完全に無いとも言いきれない。

 リータはそんな光景を思い浮かべながら息を整えて外に出る。


 サイドチェストをしている三人と目が合った。


「……」


 目が釘付けになるほどさまになっている静夏とミュゲイラ。

 なぜか赤くなって細かく震えている伊織。

 リータはもう一度丁寧に息を整えてから声を発する。朝の澄んだ空気ですべてがどうにもよくなりかけたが、口に出すべき言葉は決まっていた。


「なにこれッ!?」


 渾身の一言にミュゲイラが爽やかな笑みを浮かべて片手を上げる。


「よう、おはようリータ!」

「なんで普通に挨拶できるの!?」

「よかったリータさんは僕寄りの感性だ……!」

「イオリさんも何を普通に混ざってるんです!?」

「あっ、えっと、これには深い訳が!」


 リータにもこれが筋肉の神のマッスル体操ということはなんとなくわかるが、エルフには馴染みが薄いものだった。

 伊織も『マッシヴ様の息子』ならそれを毎朝行なっていてもおかしくはないが、この様子を見るに自ら進んでやっているようには見えない。


 リータから見ても伊織はお人好しだ。

 それが長所でもあるが、無理やり巻き込まれているならもっと強く断ればいいのにと思うこともある。

 今回もそのパターンだろうかとリータが考えているとミュゲイラが手を引いた。


「いい感じに筋肉も温まってきたところなんだ、リータも朝食の準備する前にやらないか?」

「やらないけど!?」

「リ、リータさん、あの、母さんがマッスル体操は大勢でやった方が楽しいみたいなんだ、だからもしよかったら……」

「母想いなのは良いことですけど限度――……うっ……」


 みんなでマッスル体操をできる。そんな期待でそわそわとしている静夏を見てリータの勢いが止まる。

 なるほど、伊織が敵わないわけだ。

 実子でなくても願いを叶えてあげたくなる。リータはそう理解した。


「……」


 リータも静夏には沢山守ってもらった。恩も山ほどある人物だ。

 自分が何か奪われるわけではない――とりあえず目に見えるものが奪われるわけではないのだから、ささやかな望みを叶えるくらいいいのではないだろうか。

 しかしムキムキとしたポーズである。

 リータは自分が一度もしたことがないようなポーズを思い返して耳を赤くし、心底迷った後「……し、仕方ないですね」と小さく答えた。



 はっと起きたウサウミウシはのろのろと壁を上り、壊れてただの四角い穴と化した窓から外を見る。

 外では静夏、ミュゲイラ、伊織、リータが何やら力んだポーズを取っていた。


 ウサウミウシにボディビルポーズの知識はない。概念もない。

 そのためしばしぱちくりと瞬いた後――ウサウミウシは何が起こっているかわからないが平和なようだったので、そのまますやすやと二度寝した。

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