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【本編完結】マッシヴ様のいうとおり  作者: 縁代まと
第五章

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第177話 「じつは」

 出発前にヒルェンナに挨拶をしておきたい。


 そう伊織が口にしたところ、ネロも初日に世話になった門番に改めて挨拶をしておきたいということになり、丁度空き時間も合ったためふたりで出向くことになった。


 門番はシフト式で伊織とネロが病院へ連れていってもらった男性は夜の担当だったが、シフト外でも普段は門番小屋で雑務をしているのだという。

 話を通して案内してもらった小屋では男性が報告書を纏めているところだった。


「おお、よく来たな! いや、街を救ってくれた人だし来てくれました、か」

「あっ、えっと、そんなに畏まらなくても大丈夫です」


 回復してから一度挨拶に訪れたことがあるが、その際は気さくに話してくれたことが伊織は嬉しかったのだ。

 そう言うと門番の男性は「じゃあこのままで」と笑った。


「全快したか? あん時は今にも死にそうな様子だったからこっちも泡食ったぞ」

「はい、今なら街の端から端まで走れそうですよ!」

「はっははは! 本当だな!」


 心底嬉しそうにしている男性を見て伊織とネロは視線を交わし合い、そして一緒に頭を下げた。


「あの時は本当にありがとうございました」

「俺もいっぱいいっぱいで、どの病院にどういった道で行けばいいのかわからなくて……案内してもらえて助かりました」

「ん!? いいっていいって、怪我した旅人もたまに来るからな、これも門番の仕事のひとつだよ」


 けど命が助かって本当に良かった、と男性はふたりの頭をぽんぽんと叩いた。

 伊織は顔を上げて言う。


「僕たち、今日の昼過ぎにここを発つことになったんです。それで最後に改めて挨拶を、と」

「礼儀正しいなぁお前ら……うちのガキにも見習わせたいくらいだ」


 にしても、そうか、と男性は頷く。


「後から知ったが救世主――聖女マッシヴ様一行なんだろ、ふたりとも。大変な旅だろうがなるべく怪我しねぇようにな。旅の無事を祈ってるぞ」

「……! ありがとうございます!」

「街のことは任せろ、……まあどこの街でも一緒だが、魔獣に対する防衛はお粗末なもんだ。けどやれるだけのことはやるし、先日強い魔獣が出たってことで、この辺の地域にも常駐騎士が派遣されることになったからよ」


 まだ極秘情報なのかこそこそと耳打ちし、だから本当に心配するなよと男性は歯を覗かせた。

 伊織とネロは安堵しながら頷き、男性に手を振って門番小屋を後にする。


「そういえば王都に騎士団があるんでしたっけ、常駐騎士ってそこの人ですか?」

「ああ、地域密着型のお助け役って感じだな。普段はベレリヤ騎士団に魔獣の討伐を依頼して来てもらうんだが、強い魔獣が出たり出現頻度が高いと常駐してくれる騎士が派遣されるんだ」

「へー……!」


 病院に向かう道中でネロから話を聞き、伊織はまたひとつこの世界についての知見を深めた。


 自警団や街を守備する人間も魔獣に対して手を打ってはいる。

 しかし魔獣の形状や性質は多岐に渡るため、常人ではなかなか手が回らないのだ。

 そして魔獣に太刀打ちできる能力を持った個人は稀少である。

 今は大抵の街が避難誘導技術と多勢に無勢という力業でその時その時を凌いでいるのが現状だった。


 しかし、それでも犠牲は出る。

 伊織の時のように犠牲者ゼロということは珍しい。


 魔獣に有効なのは様々な魔法を駆使できる魔導師だ。

 しかし異種族とは異なり、人間には魔導師の才能を持つ者が少ないため中々上手くいかない。


 ヨルシャミ級の天才を見つけ出すのは難しいだろうが、街に多才な魔導師がひとりいれば対抗手段としてこの上ない戦力になる。

 もし攻撃できなくても、魔導師としての技術が高ければベタ村のベルのように臨時の結界を張ることも可能だが、それでもやはり母数が少ないのが問題だった。

 攻撃魔法は使えないものの、治療に関しては天才的な回復特化の治療師ヒルェンナがいるだけロジクリアはまだ安全なほうだ。そんな場所でも苦戦している。


 そこで国から派遣されることになったのが常駐騎士、ということである。

 回復に戦力が加わればロジクリアはある程度は安全になるだろう。


「強い奴が常にいるって判断すると、魔獣は効率を重視するのかその地域での出現率が低くなるらしい。絶対に出なくなるわけじゃないけど」

「けど母さんがいたベタ村周辺は魔獣がよく出てたような……」

「……最近さ、魔獣の出現率が上がってるんだ。大物も多い。これってやっぱりイオリたちが探してる世界の穴とやらになにか変化があったんじゃないか?」


 もしくは侵略が次なるフェーズへ移りつつあるのか。


 伊織は背筋にじわりとした焦燥感を感じた。

 これからは常駐騎士がいても出歩けない危険な世の中になるかもしれない。

 それを防ぐためにも旅を続けよう、と改めて決意する。


 病院を訪れるとヒルェンナが休憩に入ったところだった。

 ふたりを出迎えたヒルェンナはにこやかな笑みを浮かべる。


「イオリさん、ネロさん、いらっしゃい。あれからどうですか?」

「例の件以外は概ね大丈夫です」

「例の件?」


 伊織の味覚異常を知らないネロが不思議そうにする。

 別れる前に話しておきたいことはあるが、この件に関しては伏せておこうと伊織は考えていた。

 折角助けてくれたというのに、もしネロが『運び込むのが遅かったせいで味覚に異常が出てしまった』と自分を責めたらと思うと言い出せなかったというのも理由のひとつだ。


「あー……む、虫歯! 初期のやつ!」

「うわっ、旅の大敵だぞ。あれ治療は専門医が必要だし、回復魔法に頼るとしてもかけるのにコツがいるらしいもんな」


 伊織は代わりになる軽い理由を探して口にしたのだが、思っていたよりも深刻げな扱いを受けてしまった。

 しかしよく考えてみれば現代日本並みの技術が浸透していない世界で虫歯は脅威になるだろう。

 次に会うまでに治しておきます、と伊織は笑った。


     ***


 ――時間は経過し、病院からそのまま見回りの締めに入ろうと伊織とネロは街中を歩く。


 途中、あの日セラアニスと話したのとは違う小さな公園の前を通りかかり、例の話をするなら今が最後のチャンスではないかと思い立った伊織は「ちょっとだけ休憩していきませんか」とネロを呼び止めた。

 伝えるならまずは誤解のないようシンプル且つストレートに。

 伊織は実は伝えておきたいことがあるんです、と切り出すと一息で言った。


「じつは、ヨルシャミと正式に交際することになりまして」


 一体なにを話すのだろう、と伊織の言葉に真剣に耳を傾けていたネロは目を点にし、そのままゆっくりと仰け反って――なぜかブリッジをする。

 アーチがとても美しいブリッジだった。

 空耳でドーンッという効果音が聞こえるほど見事である。


「――いやいやなんで!?」

「俺もわからんなんで!?」

「とりあえず体柔らかいですね……!」

「俺も今知った……こんな柔らかかったんだな……」


 新発見とは唐突に訪れるものらしい。


 ふらふらしつつも元の体勢に戻ったネロは頭を振る。

 あまりにも予想外の報告に異常行動をしてしまった自覚がネロにはあった。

 羞恥心がふつふつと湧いてきたが、それを抑え込みついでに質問する。


「そ、それをなんで俺に?」

「みんなにもそのうち話すつもりなんですが、まずはネロさんに伝えておきたくて。別れのタイムリミットが近いからって理由がちょっとアレですけれど」

「まずは俺に……」

「それに、ほら、次に合流した時にもし傍目からでもわかるようになってたら、またネロさんを悩ませそうだなと思って……ならこういうのは早く伝えといたほうがいいじゃないですか」

「お前、段々俺に遠慮なくなってきたな」


 しかし遠慮のなさが嬉しい。

 仲間の中で――正確にはニルヴァーレを除く仲間の中でだが、一番に伝えられたことや配慮が嬉しい。

 そう感じたネロは頬を掻く。


「まぁその、羨ましいぞ。すっげぇ羨ましい。けど……打ち明けてくれてありがとうな、そしておめでとう」

「ありがとうございます、ネロさん」


 握手を交わしながら伊織は微笑んだ。

 もちろん負の感情を向けられる可能性も考えてはいたが、ネロならちゃんと聞いてくれるという自信があったのだ。あの時のように。


 ただ、本心であれ「そっちにもパートナーが出来た時は教えてくださいね」と誘うのはぎりぎりで控えておいた。

 下手に口にすれば豪速のデコピンくらいは飛んできそうだ。

 ほっとしつつ伊織は言う。


「実質男同士ってことで色々わからないことも多いけど、頑張ります!」

「……男同士?」


 目をぱちくりさせるネロを見て、伊織はヨルシャミについて詳しく伝えていなかったことを思い出した。

 言うならヨルシャミ本人から、とは思うが本人はほとんど気にしていないので言っておいてもいいかもしれない。

 そう考えて伊織は付け加えて言う。


「そういやまだ言ってませんでしたっけ。ヨルシャミは元々男で、今敵対している組織に捕まって……その後に脳移植されて、今の体になったんです」

「のういしょく」

「はい」

「今は少女でも中身、っていうか脳は男?」

「はい」


 ちゃんとお互いにわかってて付き合ってますよ、と伊織がはにかんで言うので、ネロは再び仰け反りからの綺麗なフォームでブリッジを決めることになったのだった。


 ああ、なんかとんでもなく小さなことで嫉妬してたんだな、とネロは天地が逆転した視界の中で思う。

 性別なんて関係ないくらい想い合っているならば、そこに野暮な羨望は向けるべきではない。――その代わりに。


「……まあ、なんにせよ。みんなにも良い形で教えられるといいな、イオリ」

「……! はい!」


 先輩として、友人として。

 そう応援の言葉を伝えると、伊織は心から嬉しそうに頷き、ネロはこの顔が見れたなら妬まなくて正解だなと笑いながら伊織の手を借りて起き上がった。

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