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【本編完結】マッシヴ様のいうとおり  作者: 縁代まと
第五章

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第175話 ミュゲイラ、約束を守る

 トンネルの復旧は無事に完了し、山向こうの村との行き来も再開されることとなった。


 長く複雑な形をしているトンネルだったが、これだけ早く元通りになったのは聖女一行の尽力があったからだ。

 ――と、伊織は街の人間から感謝をされたものの、自身はほとんど寝たきりで手伝うこともままならなかったので少々申し訳なく感じている。


 検査も一通り終わったため、ようやくなんの憂いもなく動き回れるようになったが、その矢先に完了した形だった。


「イオリさんも魔獣から街を守ったじゃないですか、申し訳なく思うことなんてありませんよ」


 なんなら待機するしかなかった私たちもあんまり役立ててませんでしたし、とリータは微笑む。

 リータたちはセラアニスの一件もあった上、街で仕事もしていたので立場が違う。

 しかし伊織は気遣いを素直に受け取ることにし、気を取り直して出迎えの準備に取り掛かった。


 出迎えの準備。

 そう、静夏たちとようやく合流できることになったのである。


     ***


 トンネルが開通し、いの一番にロジクリアへ訪れたのは急ぎの納品があった商人だった。

 前の伝言の時と同じように、その商人が『明日の昼にそちらへ向かう』という静夏たちの伝言を持ってきてくれたのだ。


 更には伊織側が大丈夫ならば、そのまま街に留まらずともすぐに出発できるようにしてあるとのこと。

 つまり合流してすぐロジクリアを発つことが可能だと静夏たちの伝言にはあった。


「ふむ、火山の不死鳥がどうなっているかも気がかりだからな……すぐに街を発つのも悪い選択ではない」

「明日は母さんたちが来るまでの間、周辺に他の魔獣がいないか見回りをしようか」


 伊織のその提案に五人とも頷き、合流までの間は見回りと各々の自由時間と相成ったのだった。


     ***


 魔獣は突然湧くものなので、見回りの意味は薄い。


 だが見回りのタイミングで現れたものを見つけたり、トンネルの蝙蝠型魔獣のように隠れ潜み『この世界に存在し続けること』が侵略の一環となっているものには効果がある。


 そして聖女マッシヴ様の仲間が見回りをしてくれている、というだけで落ち着く者もいるだろう。

 魔獣被害は一般化しているものの、やはり襲われれば心に傷を負う者も多いのだ。


 ――夜になり、見回りも一段落ついた一行は夕食へと向かった。

 同じ店で一斉に食事をとることも多いが、今夜はロジクリアで過ごす最後の夜になるだろう、ということでそれぞれ好きな店へと足を向ける。


 伊織とヨルシャミはリータのお気に入りの飲食店へ。

 ネロは仕事で世話になったという食堂へ。

 そしてサルサムもぶらりとその辺りの店へ向かおうとし――ミュゲイラに声をかけられて足を止めた。


「ようサルサム! これからメシか?」

「ああ、店は決まってないけどな」

「ならこないだの約束守らせてくれよ、次の村か街までどれくらいかかるかわかんないしさ」


 約束? とサルサムは首を傾げたが、リータへの諸々の際にした「ビールを奢る」という話だと気がつく。


「あれくらいそのままスルーしてもいいんだぞ」

「そういうわけにはいかないだろ、約束は約束だし世話んなったしな。自前の金はあるから好きな店選んでくれよ!」


 律儀だな、と笑いつつサルサムは前に一度寄ったことのある店へとミュゲイラを案内した。


 向かったのは炭火焼きした焼き鳥の美味しい店だ。

 酒も各種取り揃えられているが、サルサムがこの店でアルコール類を頼むのは初めてだった。

 そもそも最近は禁酒に近いくらい飲んでない、とサルサムは肩を竦める。

 最後に飲んだのは聖女一行に加わる前だったが、それも久しぶりだったという。


「なんかバルドがよく止めてきてな、旅の最中だから仕方ないのはわかるんだが……まぁそのせいか最近飲まないのが普通になってたんだ」

「健康を心配したのか? あいつが?」


 サルサムがバルドに飲みすぎるなと小言を言うなら違和感はないが、バルドがサルサムに言うのは多少の違和感がある。

 しかしそんな違和感はすぐに店内の美味しそうな香りに掻き消された。


「まぁストレス発散にもってこいだし、今夜くらいは好きなだけ飲みゃいいんじゃね? あっ、店員さーん! このオススメ焼き鳥の盛り合わせとビール一本! サルサムは?」

「同じのを」


 オーダーを通し、品物が届く間ふたりは自然とリータの話を口にしていた。

 リータの目標と心情はミュゲイラにも伝えてある。

 ミュゲイラはリータが納得した上でそう決めたなら応援しようと考えているようだったが、なにやら気になっていることがある様子だった。


「ちょっと後悔してんだよな~……」

「なにやったんだ、日記を盗み見たとかか?」

「さすがにそんなことはしないぞ!? いや、前にリータがテイマーに憧れてるから、イオリにも似た感情向けてんのかな~ってからかうみたいに本人たちの前で言っちゃったことがあるんだよ」


 ミュゲイラは両耳をしょげさせて言う。


「もしあん時からイオリのことを気になってたんなら、なんか……なんかさ~、悪いことしちゃったかなってさ~」

「お前ら本当に姉妹仲が良いんだな……」


 やんちゃな娘とそれに手を焼く母、というような面はあるものの基本的には仲の良い姉妹だ。

 サルサムは自分の家族のことも思い返しつつしみじみと言った。


「とりあえず本人は気にしてないと思うぞ、それこそ酒で忘れたらどうだ?」

「うーん……」

「それでもスッキリしないなら、本人にそれとなく謝るとかな。……短い付き合いだが、あの子ならちゃんと聞いてくれると思う」


 そうだよな、とミュゲイラは小さく頷く。

 どれだけひとりでもやもやとしていようが、それだけで解決しないなら行動を起こさないといけない。


「……へへ、そうだ、そうなんだよ。良い妹だろ」

「ああ」

「あっ! でもまだ嫁にはやんないからな!」

「そこでお義父さん発言は台無しだろ……!」


 そうサルサムが突っ込んだところで注文した品が届き、テーブルの上が一気に彩られた。

 ジョッキを手にしてふたりはニッと笑う。


「とにかく、やらずに後悔するならやって後悔しろ。乾杯!」

「おう、そうする。かんぱーい!」


 カンッとジョッキを合わせ、そして。


「――そこでサリアがなんて言ったと思う? お兄ちゃんの下着は自分で洗って、だぞ。いや気持ちはわかるし配慮したいが当番制なんだけどな!? しかも他の男衆のは洗ってるんだぞ!?」

「いや、お、おお、そりゃヒデェな」


 一時間後。

 普段の面影のない酔いっぷりにミュゲイラは閉口することになったのだった。

 妹のひとり、サリアによるお兄ちゃん嫌いエピソードの披露はこれで四つ目だ。


「しかも兄弟喧嘩になると高確率でナイフを使ってくるんだよ」

「それはさすがにヤバくないか!?」

「だろ!? 研ぎが甘いから刺さると無駄に痛いし壁に傷は付くしノーコンだって叱ったら余計怒るし困った奴だよマジで……!」

「なんか家族像もおかしくないか!?」


 段々とサルサムの家庭がどういったものなのかわからなくなってきたところで、サルサムは今度はごんっとテーブルに額を打ち付けて唸った。


「お前ら姉妹が羨ましい。俺ときたら……うぅ……」

「今度は泣き上戸か!」


 ミュゲイラはビールは悪手だったかもしれない、と思いながら焼き鳥を口に運ぶ。

 やる後悔とやらない後悔の話をした後に新鮮な後悔をすることになってしまった。


「……とりあえず、出発当日は二日酔いだろうなぁ、サルサム」


 そして、明日たっぷりとするであろうサルサムの後悔に想いを馳せながら残ったビールを一気に呷ったのだった。

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