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【本編完結】マッシヴ様のいうとおり  作者: 縁代まと
第五章

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第172話 恋の礎

 ロジクリアで夜を迎えたのは何度目だろうか。


 寝る準備をしていた伊織にヨルシャミが「夢の中で待つ」と耳打ちしたのが数分前のこと。

 夢路魔法を使うと入眠がとてもスムーズになる。

 だというのに夢路魔法の世界での意識ははっきりとしているため、伊織はいつも不思議な感覚だなと感じていた。


 召喚魔法の訓練だろうか。

 いくらワイバーンを召喚できたとはいえまだ一回きりである。

 他の召喚獣も喚び出せるかわからない。


 アドバイスを貰いたいな、とそう思っていると周囲の景色がいつもと違っており、伊織は首を傾げながら辺りを見た。


「ここは……?」


 普段は訓練に向いた草原や広場、勉学に向いた巨大図書館、もしくは伊織やニルヴァーレのイメージを投影した景色であることが多い。

 しかし今日は生活感のある書斎のような部屋だった。

 本は多いが夢の中の図書館でよく見かける召喚魔法や攻撃魔法に関する本とは違い、娯楽用の小説やただの図鑑も多く含まれている。


 机の上には重ねられた紙束とインクに羽ペン、飲みかけのマグカップまであった。

 壁には様々な走り書きが貼ってある。字はヨルシャミのものだ。


 伊織が視線を巡らせていると、背後のドアから入ってきたヨルシャミが伊織に声をかけた。


「昔私が使っていた部屋だ。隠れ家も兼ねていた故、狭くてすまんな」

「ヨルシャミの部屋?」


 なぜ今夜はそこを選んだのだろうか。

 そう思っているとヨルシャミは大きく円を描くように視線を動かした。――盛大に目が泳いだらしい。


「今夜は訓練のために呼んだのではない。あー……確認したいことがあってな」


 伊織がきょとんとしていると、ヨルシャミは簡潔に言った。


「途中からではあるが、セラアニスが見聞きしたことは私も傍で見ていたのだ」

「魔石の中のニルヴァーレさんみたいな……?」

「音に関してならばそれより良い環境であろうな」


 もちろん聞かないようにしたり見ないようにすることは可能で、プライベートは守っていたという。

 だからピンチに駆けつけてくれたんだな、と考えていた伊織は動きを止めた。


 それと同時に何をのんきに考えていたのだろうと後悔する。

 そうだ、そうだった。伊織はとんでもないことをセラアニスに伝えていたのだ。

 いっそ思い出さないほうが良かったかもしれない。伊織はそう更に別角度からの後悔を重ねる。


 あの時、伊織は自分でも驚くくらいはっきりと伝えたのだ。

 僕はヨルシャミが好きですと。


「……」

「……」

「……言っておくが、間接的に感情がバレた羞恥心は私にもあるからな」


 お前だけではないぞ、とあまり慰めにならないことを言いながらヨルシャミは呼吸を整える。


「とりあえず! まずはそれについて確認だ。嘘はつくな、良い結果にはならん。と、とにかくはっきりきっちり真実だけ答えろ。いいな? さあ返事をするのだ!」

「わ、わかった」

「いい子だ!」


 なんだろうこの状況は、と思っているのはふたりともだったが、止める人物がいないのでどうしようもない。

 ニルヴァーレもなぜか見当たらなかった。

 魔石を直接ヨルシャミが持っているのではなく、伊織の荷物に入れたままになっている影響だろうか。ただこれに関してはいても止めるどころか更なる混乱を招くだけなので、逆にありがたいかもしれないと伊織は思う。


 ヨルシャミは狭い部屋の中をうろつきながら問い掛けた。


「お前の言う『好き』というのは友愛とは別物ということでいいのだな?」

「ストレートに訊かれるのって凄く恥ずかしいな……。じ、自覚したのは最近だけど、間違いない、と思う」

「そうか、私もだ」


 その返事になんと返していいのかわからず、伊織は口をぱくぱくさせた。

 そこから質問が飛び出す前にヨルシャミは更に言葉を追加する。


「しかし私からお前への気持ちはさておき、お前が私を好く理由がさっぱりわからぬ。いや! まあ! これだけ天才で多才ならば少なからず惹かれはするであろうが! 私の中身が男ということくらいお前も知っているだろうしな!?」

「ヨルシャミ、もしかしてかなり混乱してないか……?」

「よくわかったな、事前に考えてきた質問が脳内で舞い散っているのだ!」


 不可思議なテンションを前にして伊織は逆に冷静になってしまった。

 そしてここではっきりさせないのもだめだな、と決意する。

 少なくともこういった会話をしやすい場所を作ってくれたのだ、それを無駄にはしたくなかった。


「多分、訊きたいのは外見のせいで惚れたんじゃないかっことだよな?」

「う……」

「もしそうならセラアニスさんの気持ちに応えてたと思うんだけど」

「うう……!」


 伊織はずいっと前に出て言った。


「そりゃ見た目は大切だよ、最初にヨルシャミを見た時も美少女だなって思った。そして僕は外見から恋に落ちるのを否定する考えは持ってない。けど……自分のこの気持ちは見た目から紐づいたものじゃないと思う」

「……本当か?」

「だって僕が初めて助けたのも、そして僕を助けてくれたのも、鼓舞して励ましてくれて戦う力を養ってくれたのもヨルシャミだし、それは外見に関係ない。性格もたまにびっくりすることがあるけれど好きだよ、……うん、好きだ。僕は中身が好きなんだ」

「今再確認するな! 余計に考えが纏まらなくなる!」


 ヨルシャミは頭を抱えて小さく唸る。

 いくら長く生きているとはいえ、惚れた腫れたのあれこれにはやはり慣れていないらしい。

 伊織はハッとして言う。


「……あ、今確信した。そういうところも好きだこれ」

「一旦やめんかー!」

「はっきりきっちり真実だけ答えろって言ったのはヨルシャミなんだけど」

「私の阿呆めッ!!」


 ヨルシャミは真っ赤なまま吐き捨てるように言い放ち、ふらついて壁に手をつくと呼吸を整えた。大仰なほど整えた。

 それでも整えきれないまま口を開く。


「と……とりあえず、お前が嘘をついていないのはわかった。私もそれを嬉しく思う。うむ、不思議な感覚だが」

「ヨルシャミはどうして僕を好きになったんだ?」

「……そうだな、そちらにばかり話させるのは不平等か」


 問われ、咳払いをしたヨルシャミはしばし目を伏せて言葉を探した。


「初見はなんと脆弱な子供だろうと思ったのだ、魔導師を探してコンタクトを取ったというのにズブの素人だったしな。しかしそれは伸びしろがあるということでもあった。日々成長するお前はとても眩しかったぞ、イオリ」


 ヨルシャミ曰く、それは初めは見守る親のような心境に近かったという。


 しかし旅路の中で重なっていった経験――慣れない『撫でられる』という体験、軽い気持ちで行なっていた接触、今まで向けられたことがほとんどなかった気遣う気持ち、女装姿に感じた可愛いという感情、成長し少年の域を越えつつある姿、努力する様子を見た時の気持ち。

 それらが少しずつ変化を与えた。


「感情の勢いに任せて抱きつくことはあったが、理性ある状態で可愛がること……まあ、撫でたりだな。それをしようと思うとストッパーがかかるようになって、なんとなく感情の名に気づき始めたのだ。それを第三者――セラアニス越しに観測したことで決定的になってしまった、という感じだ」


 話し終えたヨルシャミは両耳を下げた。


「恋に身を焼く者は何人も見てきたが、私にそんな経験はなかったし、その起因となる感情もないのだと思っていた。しかしこの有様だ。……恋とは恐ろしきものだな、思わぬ不安まで呼び寄せる」

「不安……?」

「先ほどイオリが言い当てた通りだ。もし見た目で好きになったのならば、きっと元の姿を見れば気持ちも離れてゆくだろうとな」


 あの自信満々なヨルシャミがそんな不安を? と伊織は目を瞬かせる。

 しかしそれだけ心動かす感情なのだろうと思うと、ヨルシャミには悪いが少し嬉しくもあった。

 あれだけ外見に由来しないと言い切っても不安は残るのだろうか。

 しばらく考えた伊織はひとつの単純明快な案を思いついてすぐさま口にした。


「ヨルシャミ、夢路魔法の世界でなら元の姿に戻れるのか?」

「ん、ああ、今はこちらのほうが楽だが、やろうと思えば――……む!? まさか見せろというのか!?」


 伊織の考えを察したヨルシャミは狼狽える。それもそうだろう、気にしている部分を伝えてすぐに晒せと言われたも同然だ。

 しかし伊織はあくまでライトな雰囲気のまま頷く。


「そう、その通り。この気持ちが外見に由来しないってはっきりさせられるし……それに、由来はしないけど今はヨルシャミ相手なら見た目ごと好ましく思うんだ。それが元の姿でも適用されるのか僕も確かめたい」

「そっそそそっそれでもし幻滅したらどうする! たとえばお前より随分年上のおっさんが出てくるやもしれんぞ!」

「多分大丈夫!」

「意外と剛の者だな!」


 か細く唸ったヨルシャミはきょろきょろと辺りを見回し、今一度ニルヴァーレがいないことを確認してから意を決したように言った。


「……わかった、イオリには私の姿を見せよう」

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