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【本編完結】マッシヴ様のいうとおり  作者: 縁代まと
第五章

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第167話 初恋は一回だけなので

 サルサムが宿の外へと出ると、西の空の奥にうっすらと群青色が残っていた。

 その一角を残して周囲は暗く染まり、灰色の雲だけが浮き出て見える。


 リータは物干し竿に干してあった布を一枚一枚丁寧に回収しているところだった。

 暗いため正確な色はわからないが、手にした布は緑や青など数種類の色に染まっているようだ。

 その中の一枚が風に飛ばされたところをサルサムがキャッチする。


「サルサムさん! ありがとうございます、ちょっと風が出てきましたね……!」


 リータに片手を上げながらサルサムは手元の布を見る。

 これは藤色だ。ムラなく綺麗に染まっていると近くならよくわかる。


「これはなにで染めてあるんだ?」

「それは花ですね、一回じゃ薄いんでそれで三回目くらいです。でも布との相性が良かったんで、思ってたより濃く染まってるかも……」


 後でもう少し調整しようかな、と呟きながらリータは布を受け取った。

 こうして見ていると普段通りに思えるが――もし様子がおかしくなるのだとすれば、原因となっているものが絡む時だけなのかもしれない。


 サルサムは雑談をしながら探ってみることにした。


「あれを全部取り込むんだろ、俺も手伝おう」

「えっ、でもサルサムさんも用があって出てきたんじゃ……」

「一服しようと思ったんだが、あー……風があるからな。よその敷地まで煙が流れるのはあんまり好きじゃないんだ」


 そう言いながらサルサムは洗濯ばさみを外す。

 布の他に糸もいくつか染めてあった。単色からいくつかの色に分けられたものまで様々な種類があり、ここだけ手芸屋になったかのようだ。

 こっちは趣味の分です、とリータは笑いながら糸を回収する。


(趣味を楽しむ余裕は有り、か。あとは仕事関連でもなさそうだな……)


 リータの表情や言動、声音から機微を確認しサルサムは口を開いた。


「そういえば……トンネルの復旧工事、もう少しで終わりそうだ。壁や床面の補修をしないと通れないが、瓦礫はすべて撤去完了したらしい」

「ほんとですか! よかったぁ、じゃあもう少しでマッシヴ様やバルドさんとも合流できますね!」

「俺はまたあいつに目を光らせなきゃならないと思うと億劫だけどな、まあ首が繋がってればだが」

「――バルドさんのこと、やっぱり心配なんですね」


 サルサムはぎょっとしたが、顔には出さずに肩を竦めた。


「そんな要素あったか? 何度死にかけても戻ってきた奴だから心配はしてない。ここぞとばかりに聖女に言い寄って迷惑かけてるんじゃないかって心配はあるが」

「あー……ちょっと想像できました……」

「姉のほうは聖女を心配してたろ、合流できれば跳び上がって喜ぶんじゃないか」


 そうですね、とリータは宥めるのが大変そうだと笑った。

 ――聖女、バルド、合流できない件、トンネルの件。

 様子を見るに、これらはリータの異変に関係ないらしい、とサルサムは判断する。


「そうだ、こないだ街に魔獣が出たらしいが、後処理は終わったのか?」

「噴水広場の死体は街の有志の人たちが外へ運んでくれたみたいです。そのうち消えるっていっても、あそこに放置しておくわけにはいきませんもんね……。壊れた建物は補修中みたいですよ」


 ただし人手をトンネル補修に取られているため、被害を受けた街の補修は少しばかりスローペースだという。

 そう話すリータの様子に変わったところは見受けられない。

 相応の心配はしているようだが、ミュゲイラが気にするほどとは思えなかった。


(……こうなるとやっぱり原因はここにいる俺たち仲間内のことか)


 人間関係が関わってくるとなると、今後の旅に支障が出るかもしれない。

 慎重になり後回しにしていたが、時間は有限だ。

 そろそろそこにも切り込んでみよう、とサルサムは言葉を探した。


「その魔獣、イオリとヨルシャミが倒したんだろ。なんでワイバーンを召喚できたか聞い――」

「そう! そうなんですよ!」


 食いつきが。

 食いつきが凄まじかった。

 勢いと圧に一瞬固まったサルサムにリータは遠慮容赦なく語る。


「イオリさんによると今まで練習では失敗続きだったらしいんですが、前にニルヴァーレ……さん? がイオリさんの体で召喚した時に体がコツを掴んだみたいで。それで一発目でワイバーンって凄いですよね!?」

「あ、ああ」

「ヨルシャミさんも一瞬だけど帰って来てくれたみたいですし、消えてなかったんだってホッとしました! あー、私も魔法弓術だけでなく召喚魔法や回復魔法も使えたらいいのになぁ……。いや! 羨ましがってるだけじゃダメですね! ダメ元で練習から始めないと!」


 これはこのふたりが原因だろうか。

 ネロやヒルェンナ方面からも切り込んでみようと思っていたが、それが必要ないレベルで食いついている。

 たしかに空回りが心配になる勢いだ、とサルサムは心の中で咳払いした。


 そうしてしばらく熱く語っていたリータだったが、途中で失速すると僅かに俯く。


「けど、セラアニスさんはどうなるんだろうって心配もあって」

「それは――そうだろうな」

「もう私たちじゃどうもできない問題なのかもしれませんけれど、応援くらいはしてもいいですよね? でもやっぱりセラアニスさんもヨルシャミさんも両方応援するって外野がうるさいだけになっちゃうかな……」


 サルサムはほんの少し目を瞬かせる。


「応援?」

「ええ、恋の! ……あれ? サルサムさんも察してましたよね?」

「ああ……まあ、セラアニスについて話してる時になんとなくな。でもヨルシャミがイオリを好いてるっていうのは本当にそうなのか? 付き合いがそれほど長いわけでもないからわからないだけかもしれないが」


 研究施設を潰した後、指輪についてしどろもどろになっていた伊織を思い出す。

 あれを見るとむしろ気があるのは伊織の方では?

 そうサルサムは思うのだが、しかしあの時は恋をしているというよりも恋愛話にウブな反応を見せる少年という面が強かった気がした。


 その時リータが怪しげな笑みを浮かべて人差し指を立てる。


「ふふふ、サルサムさんもまだまだですね」

「……?」

「恋はある日突然落ちるものと、徐々に落ちるものがあるんです。後者は自覚してからが勝負ですよ!」

「その後者があのふたりだと?」

「そうです! ……なーんて、そんなこと語ってる私も恋の初心者なんですけれど」


 おや、とサルサムは手を止める。

 つまりリータも恋をしているということだ。

 ならば原因はそれでは、と考えるも、先ほどついた見当と照らし合わせて僅かに首を傾げた。


 リータが伊織かヨルシャミかセラアニス、その中の誰かに恋慕していたとしよう。

 そしてその相手と誰かが上手くいきそうだとしよう。


 ならなぜ落ち込むのではなくポジティブで元気になるのか。

 しかも応援しているとは。


「――リータさん、その、もしかしてそれは」

「あ、私が好きなのはイオリさんです」

「さらっと言うんだな!?」


 慎重に探りながら会話していたというのに、本人からストレートに口にされてしまった。

 サルサムは眉間を押さえて言う。


「あー……っと、それは嫌じゃないのか? 好きな奴が他の奴と上手くいきそうなのを傍で見ることになるだろ」

「もちろん変な気持ちになりますけど、私は応援するって決めたので。目標は自分で納得しながら諦めることです! 頑張らなきゃですね!」


 あと楽しみます! と笑みを浮かべるリータを見てサルサムはどう接していいのかわからなくなった。

 サルサムの知る『失恋した女性』もしくはそれに近い女性はこんなリアクションをしたことがなかったのだ。

 下手に引きずらないカラッとしたタイプの女性でもここまであっけらかんとはしていない。


 未知との遭遇。


 そんな気持ちが顔に出ており、しかもネロにもされた覚えがあったのか、リータは眉をハの字にしながら微笑む。


「サルサムさんもこの目標……おかしいと思いますか?」

「おかしい――とまではいかないが、まあ珍しいとは思うな」


 取り繕ってももう遅いだろう。

 なら素直に答えよう、とサルサムはそう口にした。

 リータはすべての布を取り込み、それを腕に掛けて夜空を仰ぎ見る。


「――私、もし恋をすることがあったら、それを目一杯楽しんでやろうと思っていたんです。失恋も含めて」

「失恋も含めて……」

「もしもこの目標が珍しいのだとしたら、みんながあまりしたことがないことを楽しんでるってことになります。それってとても……お得じゃないですか?」


 そう僅かに冷たい風を受け、ゆっくりと振り返った顔は笑顔を保っている。

 偽りのない、ただの笑顔だった。

 ぽかんとしていたサルサムは自分の口が半開きになっていることに気がつくと、それを閉じながらゆっくりと息を吐く。


「物好きだな」

「恋は何回でもできますけど、初恋は一回だけなので」


 粗末にせず楽しみきりますよ、とリータは宿の出入り口へと向かう。


「……ところで、もしかしてお姉ちゃんになにか言われました?」

「お見通しだったのか。ああ、様子がおかしいって心配してたぞ」

「お姉ちゃんの考えてることはなんとなくわかりますから。大丈夫です、空回って人間関係を搔き乱さないように気をつけますね」


 サルサムさんもありがとうございます、とリータは緩く頭を下げた。


(さて、ここでどうするのが正解かはわからないが――)


 年齢差、種族差はあれど『妹』の立場にいるリータを前に考える。

 そして、頑張りすぎないようにな、とサルサムは下げられた頭を軽くぽんぽんと撫でた。

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