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【本編完結】マッシヴ様のいうとおり  作者: 縁代まと
第五章

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第165話 リベンジの誘い

 ――セラアニスは理解している。


 あの時、手を貸してくれた人物が触れた瞬間。

 それが誰で、何故このような状態になっているのか理解した。


 いや、これは理解というよりも記憶や情報の共有だ。

 結局自分が『死んだ』時のことは終ぞ思い出せなかったが、それ以外はよくわかった。


 手を貸してくれたのはヨルシャミという人物。

 あの時点で手を貸すことは本人にとって危ない橋を渡る行為だったが、セラアニスを助けに来てくれた。

 これまでも誰かが傍にいるような不思議な感覚を感じたことがあったが、意識が浮上しなくてもヨルシャミはずっとセラアニスの傍にいたのだという。


 共有は短い間で何日間も対話したような感覚をもたらし、ヨルシャミと『自分』の境界線が曖昧に感じるようになる副作用があった。

 この副作用は恐らく脳を占める割合の少ないセラアニスだけが感じていることだ。

 そんなデメリットがあっても、理解を深められることは嬉しいとセラアニスは感じている。

 ずっと釈然とせず、ぼんやりとしていた事柄への答え合わせができたのだから。


 そうやって対話を重ねたも同等だというのに知り足りないことがある中でタイムリミットを迎え、目が覚めた瞬間。

 視界に入ったイオリの表情。

 耳に届いたイオリの声音。

 その両方からセラアニスはもうひとつ理解し、思わず彼に言ってしまったのだ。


 『私』が。

 『ヨルシャミ』が好きなんですね、と。


     ***


 次にセラアニスが目覚めたのは薄暗い病室のベッドの上だった。

 どうやら再びヒルェンナたちの病院に運び込まれたらしい、と状況から予想する。


 広範囲をカバーしていた回復魔法は使用者にもある程度効いていたはずだが、頭痛も未だに残っており気分が悪い。

 その理由も戦闘中よりはっきりと察しがついていた。

 やはりいくら脳の一部がセラアニスでも相性の差は覆らなかったのだ。


(でも、これでも前より楽なほうだなんて……)


 セラアニスは鏡で己の顔を見る。

 どこも出血しておらず、顔色は戻りつつあった。

 しかし真実を知った後だとまるで他人の顔のように感じる。それが少し怖い。


(……でも)


 どこか受け入れている自分もいた。

 自分がすでに死んだ存在である、という点を真っ先に納得してしまったからだろう。ヨルシャミが体を使っていたことにも負の感情は湧いてこない。

 生きた者が死した者から奪うことはあれど、死した者が生きた者から奪うことは道理から反すると感じているからかもしれない。


 ただちょっとだけ、居心地が悪かった。


 だがそれも少しの間だけの我慢だ、とセラアニスは思う。

 なぜなら、そう、ヨルシャミの口から聞いたわけではないが――彼から得た知識と情報から察しがついたのだ。


 恐らく数日以内に『セラアニス』としての人格は消えるだろうと。


     ***


 セラアニスが入院したのと同じ日に伊織も再び検査を受けたが、やはり味覚は戻っていなかった。

 ヨルシャミの回復魔法も大規模なものだったが、セラアニスと同様に新しくできた傷を優先的に癒すようにしていたらしい。

 加えて味覚障害の原因は高熱による間接的なもの。

 更には長い時間が経過していることが理由かもしれなかった。


 なんにせよ、伊織本人はまだ焦ることはないと考えている。


 食の娯楽が減ってしまったのは残念だが、原因はもはや致し方のないことだ。

 それに一生このままだと決まったわけでもない。

 前向きでいて損はないだろう。伊織はそう自分に言い聞かせる。


(それに、肩の傷跡は少し薄くなってたんだよな、……)


 完治したものとして魔力が判断すればそれっきりだと思っていたが、セラアニスとヨルシャミによる大規模な回復魔法により僅かながら癒えたようだ。

 それでも毎日見ている伊織だからこそ気づく程度だが、今後これを重ねていけばもしかすると――と考えたところで伊織は首を横に振る。


 もし今後傷跡をすべて消すことができるようになっても、これは残しておこうと伊織は思った。


 人を助けた結果ついた傷。

 それを悪化させて人に迷惑をかけた傷。


 両方とも今後の教訓になる、そんな気がした。

 ならばその証として目に見える形で残しておいてもいいなと思ったのだ。


(べつに傷跡があるからって気にするところでもないし)


 多少引き攣ることはあるが、伊織は傷跡が残ること自体はさほど気にしていない。

 もし、もしも「これはそのままでいい」と伝える機会があるとすれば、セラアニスが本来の力をリスクなく使えるようになった時か――再びヨルシャミが戻ってきた時だろう。


(セラアニスさん……)


 ヨルシャミが戻ってきた時は嬉しかった。

 しかしその陰でセラアニスはどうなってしまったのだろう、という思いもあった。


 ああして再びセラアニスになっているということは、ヨルシャミと立場が逆転したような状態だったのかもしれない。

 しかしこんなこと本人には訊けないなと思っていると、セラアニスが宿の前の道から歩いてきた。手には布をかけたバスケットを持っている。


「イオリさん! 今お帰りですか?」

「あっ、はい。セラアニスさんは明日退院だったんじゃ……」


 セラアニスは少し悪戯っぽく笑って答えた。


「もうだいぶ元気になったんで、ヒルェンナさんたちに頼み込んで早めてもらったんです。時間は大切なものですから」

「そうだったんですか……でもよかった、たしかに顔色も良いですね」


 顔に視線を向けられ、頬を仄赤く染めたセラアニスは「お部屋に帰りましょうか」と照れ隠しのように宿の中へと足を向けた。

 伊織はその手の中のバスケットを見る。


「そういえば、そのバスケットは一体? 洗濯物ですか?」

「これは、その……裁縫道具と材料一式です」


 セラアニスは簡潔に答える。


 入院中も手芸に勤しんでいたのだろうか。

 ベッドの上でもできるので向いているかもしれない。

 伊織が興味深げにバスケットを見ていると、不意にセラアニスが「そうだ」と振り返った。


「あの、イオリさん。こないだのデート……結局最後までできませんでしたし、もしよかったら明日――いえ、明後日、終わりのところだけリベンジしませんか?」


 これはある意味、二度目のデートのお誘いではないだろうか。

 伊織は目を瞬かせて考える。

 ――あれから結局、セラアニスが気を失う寸前に口にした言葉の真意を訊ねることはできていない。伊織はどうしてもあの言葉が引っかかって仕方なかった。


 私が好きなんですね。

 そう言いながら自分自身を指していないような、そんな言葉が。


 あの『私』がもし『ヨルシャミ』を指しているのだとしたら、伊織はもっとしっかりと考えなくてはならない。

 セラアニスが自分の置かれている状況を理解しているかもしれないということと、伊織自身がヨルシャミをどう思っているのかということを。

 そんなまだ考えるべきことが多い中で再び彼女とデートをする、というのはどうなのだろうか。軽率なのではないか。


 そう答えあぐねていると、セラアニスは珍しく強気な瞳を向けて伊織の片手を引いた。


「……お願いします、イオリさん」


 なぜそんなにも懇願しているような、そして切羽詰まったような声音をしているのか。

 そう訊ねたくなるのをぐっと堪え、伊織は頷いた。


「セラアニスさんがいいなら……うん、またデートの続きをしましょっか!」

「!」


 セラアニスはぱっと表情を明るくし、はい、と嬉しそうに頷き返した。

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