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【本編完結】マッシヴ様のいうとおり  作者: 縁代まと
第五章

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第164話 重なる姿 【★】

 打算なしに、自己防衛の一種としてでもなく、善意を装った悪意でもなく。

 リータは真正面からなんの嘘偽りもなく、自分の恋を――恐らく初恋であろうその感情を諦めることを目標に据えていた。


 しかもやる気に満ち満ちた心境で、だ。


 恋を叶えることに前向きな姿勢で挑む者は多いが、諦めることに前向きな姿勢で挑む者をネロは初めて見た。

 諦める選択肢を選んだとしたら普通はもっと湿っぽくなるものなのではないか。

 ネロが思わずその疑問をぶつけてみると、リータはにっこりと笑って答えた。


「私、セラアニスさん――ヨルシャミさんとイオリさんには幸せになってもらいたいんです。それも自分の気持ちがわかって更にはっきりしました。だから諦めたいけれど、そうすぐにできるものでもないみたいなんで……」

「だからって、その」

「……後ろ向きな気持ちで諦めようとしてたら、多分ふたりにも伝わって心配させちゃいます。なら折角の初恋です、諦める過程も楽しみたいじゃないですか」


 リータも見た目相応の年齢の頃だったなら、もっと荒れていたかもしれない。

 伊織にもっと自分を見てほしい、自分の気持ちに応えてほしい、自分も一緒に生きたいと。

 しかし恋には不慣れでも、それ以外の人生経験は相応に積んできたのだ。

 長命種の感覚で積み重ねた年月のため、特別長い時間生きてきた自覚はリータにはないが――それでも。


 もちろんセラアニスとヨルシャミを同一人物として扱うのはどうかと思うため、ふたり同時に応援するのはリータ自身も引っかかっている。

 だがふたりの恋はふたりのもので、決断するのはふたりだ。

 そして選ぶのは伊織である。


 自分はその枠の外にいるのだから、同時に応援するくらいは大目に見てほしいとも思っているとリータは笑った。


「リータさんが良いなら、俺はなにも言わないけど……」


 しんどくないのかな、とネロは表情で語っていたが、リータはそういう気持ちが湧くことを含めて試行錯誤するつもりだった。

 どれだけつらくても、それは恋をしたからこそのもの。

 そう思えるなら楽しめる。

 もし耐えきれなくなったら姉に相談しますね、と言った後に「……でもお姉ちゃんにこういう相談は少し荷が重いかも」と真顔で続けたので、ネロはやっと少し笑うことができた。


 まずはこの感情のどこから諦めよう。

 そう考え始めた時――外が騒がしくなり、リータとネロは窓から様子を窺った。


 人々が流れるように逃げている。

 ざわめく声の間から聞こえる警鐘と避難を促す声、それらは街中に魔獣が現れたことを伝えていた。


「魔獣……!?」


 リータは窓から身を乗り出して耳を澄ます。

 そして細かな情報を拾い、その断片を組み合わせ終えたかと思えば慌てて宿の外へと走り出た。


「噴水広場で誰かが魔獣を足止めしてくれてるって……変な馬に乗ってたって言ってる人がいました」

「それってイオリか!?」

「恐らく……!」


 もしそうだとすれば、伊織個人の戦闘能力は低い。

 セラアニスも回復魔法を使えないはずだ。


「私たちも向かいましょう、広場の場所ならわかります!」


 そう先行して走るリータに頷き、ネロも走る足を早めた。


     ***


 どれくらい走っただろうか。

 疲労するほどではなかったが、逃げる人波に逆らって進むことになったため、想定よりも時間がかかってしまった。


 途中で事情を知らない門番や善意の人々に止められることを危惧し、細い裏路地から噴水広場へと抜ける。ここなら避難の邪魔にもならない。

 広場の周辺はひと気がなくなりがらんとしていたが、どこからともなく血生臭さが漂ってきていた。

 リータは魔法の弓を、ネロはダガーを構えて広場の中へと走り込む。


 血生臭さの正体は地面に伏した化け物――魔獣だった。


 硬い毛の塊に見えたが頭も足も付いている。足からは血が流れていたが、地面に広がる出血の大半は別の傷が原因だった。

 周辺には噛み千切られたと思しき魔獣の毛が散乱している。

 異様な風体だったが、すでに息はないと一目でわかった。


 そんな事切れた魔獣を背景に、誰かを抱いて歩いてくる人影がある。


 全身を血に染めた伊織が気絶しているセラアニスを横抱きにして歩いていた。

 遠目では魔獣の血か伊織自身の血は判別がつかなかったが、伊織がしっかりと足を進めていることを考えると前者だろう。そうであってほしいとリータは祈る。


 いくら軽いとはいえ人ひとりを抱え上げるのはそれなりの力が必要だ。

 抱えている対象が気絶しているのなら尚更のことである。

 しかし伊織はふらつくことなくしっかりとセラアニスを抱え、一歩一歩確実に足を進めていた。


 相手の体格によるが、ネロだって人を抱えることくらいはできる。

 伊織を背負って移動した時のように。

 だが伊織は男性ながら華奢であり、成長途上で非力だという思い込みがあった。


 ――それでも。

 彼が歩いてくる姿を見た瞬間、ふたりには伊織に静夏が重なって見えたのだ。


 伊織はリータとネロに気がつくと笑みを見せてふたりを呼ぶ。


「リータさん ネロさん!」


 来てくれたんですね! という声にふたりはハッとし、慌てて伊織に駆け寄る。

 念のため他の魔獣がいないか周囲を警戒しながら走ったが、不要なもののようにも感じながらネロは問う。


「あの魔獣、イオリが倒したのか? 他に魔獣の仲間は?」

「はい、見たところあの一体だけみたいですね。倒せたのは……セラアニスさんとヨルシャミが支えてくれたからなんです。それにバイクとワイバーンも」

「ワイバーン……?」

「それにヨルシャミさんって――」


 記憶が戻ったのだろうか。

 では、今こうして伊織に抱かれているのはどちらなのか。ネロとリータはそんな疑問が湧くのを感じながら、思わず伊織の手元に視線をやる。

 眠っている姿はどちらにも見えた。


 詳しいことは道中で説明します。

 伊織はそう約束し、四人はヒルェンナのいる病院を目指して移動した。







挿絵(By みてみん)

ヨルシャミと伊織とウサウミウシ(絵:縁代まと)


※イラストがリンクのみの場合は左上の「表示調整」から挿絵を表示するにチェックを入れると見えるようになります(みてみんメンテ時を除く)

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