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【本編完結】マッシヴ様のいうとおり  作者: 縁代まと
第五章

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第163話 『私』のことが好きなんですね

 あれほど上手くいかなかった召喚魔法。

 しかし今は体が先にやり方を理解し、それをきっかけにして脳が一気にすべてを把握したような感覚だった。


 ネコウモリはニルヴァーレが伊織の体を使って呼び出したもの。

 それは伊織もネロから聞いている。

 実際に自分の体で上質な召喚魔法を行使したことにより、召喚魔法に支障が出るデメリット――回復魔法の効きと同じく、恐らく魂の力の強さ故に起こるデメリットを乗り越えるほどのコツを掴んだのだ。


(これが道ってことか)


 ヨルシャミの言っていた言葉を反芻しながら伊織はワイバーンと共に空気を切る。

 ワイバーンは強靭な顎で鋼鉄の毛に噛みつくと根元からむしり取った。

 その間にも他の毛は攻撃を加えてくるが、一本むしり取って二本目に取り掛かるのはあっという間のことで、攻撃に使える毛は瞬く間になくなっていく。

 もはや痛みすら感じているか定かではない。


 ついに攻撃用の毛をすべて引き抜かれた魔獣はワイバーンの片足に押さえつけられ、重い音と共に地に伏した。

 押さえつけるだけでなくみしりみしりと音をさせて骨を砕き、そのまま魔獣の命ごと打ち砕く。


 しばらく痙攣していた魔獣の体が動かなくなった頃、ようやく体の力を抜いた伊織は息を大きく吸い込んだ。


「……母さんたちがいなくても倒せた……」


 もちろん伊織ひとりで成せたことではない。

 セラアニスがいて、バイクがいて、ワイバーンがいて――そしてヨルシャミがいたからこそだ。


 伊織は様々な感情から震える手でワイバーンの背中を撫でると「ありがとう」とお礼を伝えて送還する。

 地面に降り立つと膝は笑っておらずホッとした。

 この後もやることが沢山あるのだ、腰を抜かしている暇はない。


 そうだ、勝ったことを自分からしっかりと伝えなくては。


 そう伊織は勢いよくヨルシャミのほうを見たが、いつの間にかヨルシャミは地面に倒れ込んでいた。

 ――伊織とワイバーンが勝利した瞬間、大規模で高出力の回復魔法が途切れた。

 きっとその時に倒れたのだ。


「っヨルシャミ……!」


 伊織は慌てて駆け寄る。

 膝の上に頭をのせて寝かせるとヨルシャミは小さく呻いた。


「大丈夫か? 腕の良いお医者さんがいるんだ、すぐ診てもらえば――」

「……イオリ、さん」


 伊織は瞬きを繰り返して視線を下げ、彼女の顔を見る。


 目覚めたのはヨルシャミではなくセラアニスだった。

 刹那の間しか戻ってこれなかったのか、はたまた幻覚だったのか。いいや、後者はありえないと思っているとセラアニスが青白い顔のまま柔らかく笑った。

 そのまま伊織の手を握って言う。


「イオリさんは『私』のことが好きなんですね」


 その『私』はなぜかセラアニス自身を指しているように思えなかった。

 伊織が答える前にセラアニス再び意識を手放し、全身から力が抜ける。

 その寸前の一秒に満たない間だけ、彼女はほんの少し伊織の手を握る力を強めた。


     ***


「なんだ。あのふたり、まだ帰ってないのか」


 少し早めに仕事から戻ったネロは部屋の中を見ながら言う。

 今日は仕事の進みが良く、予定よりも早く帰ることができたのだ。


 型紙に合わせて布をカットしていたリータはなぜか温かな笑みを浮かべた。


「わかります、わかりますよネロさん。大丈夫です」

「ん? んん? わかる?」

「イオリさんのことが大好きすぎて気になって仕方ないんですね……!」

「だい、す、……ォ、え、ええっ!? どういう意味だそれ!? どうしてそうなった!?」


 ついにリータの途方もない勘違いが伝わったが、それまでの経緯を欠片も知らないネロには寝耳に水だった。

 その戸惑いすら照れ隠しやそれによる取り繕いに見えたのか、リータは更に言葉を重ねる。


「だって、よくイオリさんに熱視線を送ってたじゃないですか」

「い、いやいやいや、まあ見てたこともあるけど、そういうことならそっちのほうが見てるんじゃ!?」

「それに気にかけてる回数も多いですし、優しいですし!」

「一番馴染みのある顔だからな、っていうかそれもそっちのほうがイオリを気にかけてるし優しくしてる気がするぞ?」

「えっ!? ……それは、その、イオリさんは病み上がりですし……」


 その前からに思えるんだが、とネロは半眼になった。

 ネロがリータをしっかりと認識したのはトンネル前の村で勝負を仕掛けてからだが、それでも察せるほどのわかりやすさだ。


 しかし彼女の姉も、他の仲間もあまり気にしていなかった。

 そのためノータッチなのには理由があるのかもしれない。それとも元からこういった気質なのだろうか、と考えつつ――ネロはこんな話を吹っ掛けられた仕返しをすることにした。


「その『好き』って友愛じゃない好きのことだよな。俺から見たらリータさんのほうがよっぽどイオリのことを『好き』に見えるぞ」

「……」


 思わぬ反撃を受けたリータは押し黙った。

 その両耳があまりにもしょぼんとしていたため、突っ込んで言いすぎたかとネロは慌ててフォローを付け加えかけ――あまりにも唐突に両耳が跳ね上がったので半歩引いた。


「やっぱりそうなんでしょうか!?」

「なんで訊く!?」

「憧れなのか判断がつかなかったんです。私、えーと……ネロさんたちより長生きしてるんですけど、恋愛のれの字とも縁がなかったので! 情報不足でして!」

「お、おう……」

「でも自覚しました、ありがとうございます。そして同時に目標も定まりました!」


 イオリに告白するのか?

 後輩のリア充度を上げる手伝いをしてしまったのか?


 ネロがそう身構えていると、リータは自身の大きな目標を掲げて言った。


「これからの私の目標は、イオリさんを好きな気持ちを如何にして諦め納得できるか探ることです!」

「なんでそうなった!?」


 恋する乙女の思考回路はまったく、本当にまったくわからない。

 ネロはそう痛感しながら疑問符を山ほど浮かべたのだった。

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